最終話 法廷
「オキシオ」
ハッとオキシオは目を開いた。
「ここは…?」
白い壁。木目調のテーブルが3つ。振り返ると、ずらりと並んだ椅子。
そして…オキシオが立っているのは、証言台。ここは、法廷だ。
「なんだこれは…」
「あなたが6度の再生を完了いたしましたので、スキル【裁判】が発動しました」
そういったのは、裁判官席の前に立つ、悪魔だ。
「あんた…」
「今まであなたの再生を行ってきたのは私です。ですので、あなたには本当のスキルを隠していました。【裁判】その名の通り、あなたに判決を下します
」
白い壁に、今までのオキシオの再生の人生、そしてそれを取り巻く被害者達の映像が流れていく。
「エッグニクト王国は、そのすべてがあなたを裁く“法廷”でした」
「なんだと」
「被害者達はあなたに対し何を思うのか、あなたはどのように罪を償うのか、どのような罰を与えるべきなのか。それを見定めるための国。歴史はなく、法律もなく、最初の人“レイ”と呼ばれる存在もありません」
レイ、エッグニクト王国で“守護神”と呼ばれる最初の人。なぜ、ずっと気が付かなかったのか、レイは、悪魔そっくりだ…。
「嘘だろ…俺を裁くためだけにあんな…なんで、なんで被害者達まで巻き込んだ!」
「被害者達の言葉も、あなたを裁く判断材料です」
「そんな…俺を強く憎んでいたマティスはともかく、ユーリィやエリシア、ラティスにワイト…ジュナインももしかしたら…俺のことなんて忘れて、生きたかったかもしれないのに!」
「勘違いしないでください。彼らを巻き込んだのは、あなたです」
オキシオはグッと下唇を噛み締めた。
それに、と悪魔は続ける。
「被害者は彼らだけではありません」
「え?」
「あなたが運転したバスは、高層ビルに突撃しました。そこで亡くなった方々も、被害者です」
「まさか…」
スクリーンに、エッグニクト王国の人々が映し出される。
「そう、彼ら国民皆が、被害者です」
オキシオは愕然とする。
「無理だ…そんな…こんなに多くの人に償うなんて…」
「どのような判決を受け、どのような罰を与えるかは、今から申し伝えます」
オキシオはうなだれたまま、顔を上げない。
悪魔は気にする様子もなく、言葉を続けた。
「判決を言い渡します。オキシオ、否、花村 厚彦、あなたは…」
「その判決、待ってもらおうか」
法廷に響く清らかな声。
女神が振り返る。裁判官席に、マティスが、座っている。
「マティス」
悪魔がつぶやいた。
「驚きました、まさか、あなたがここに干渉出来るとは…」
「これはオキシオのスキルで出来た場所なんだろ?オキシオ自身が受け入れたんだ。俺達を」
気づけば、裁判官席には被害者6人が、そして後ろの傍聴席には国民が座っている。
項垂れていたオキシオは顔を上げ、ぐるりと法廷を見渡した。
「これは…」
「この方が、“法廷”らしいだろ」
マティスが言い放つ。
さて、とマティスは悪魔を見下ろした。
「女神様、いや、オキシオは悪魔と呼んでいたかな?まさか私達が必死に生きてきた転生先が“法廷”だったとは驚きだよ…それで?なぜあなたが判決を下すのか?被害者は俺達なのに」
「どのような裁判も、判決を下すべきは第三者です。それはあなた方が生きてきた世界でも同じでしょう?」
「なるほど、裁判において、俯瞰的に捉える立場は確かに必要だ。でも、この場において、あなたは必要ない。俺達…いや、私達は、6度の再生の中で、花村 厚彦がどのような人間か、十分見させてもらった。私達で花村 厚彦に裁きを下す」
「なりません。あなた方はそのような立場にありません」
「それじゃあ私達被害者が納得しないと言っているの!この裁判に至るまで、どれだけ苦しんできたと思っている!足掻いた者、殺人を犯した者、苦しみ死んでいった者。ここにいる誰も、あなたが判決を下すことを認めない!許さない!判決を下すのは!私達だ!」
マティスの身体がふわりと輝いた。
悪魔は目を見開いた。
「まさか…そうか」
女神はオキシオを睨んだ。
「マティスが“法廷”において新たな法を作った。そしてオキシオ、あなたがそれを無意識に認可した。マティスは6度の再生の中で、何度もオキシオを裁いてきました。故に、マティは【最高裁判官】のスキルを得たのでしょう。オキシオの法、そしてマティスの権限があれば、私ははじき出されるのも頷けます。まぁいいでしょう。見届けさせていただきますよ、あなた達の【裁判】を」
女神は振り返り、被害者達をゆっくりとみる。
「この【裁判】終了後、オキシオ以外の魂は、あるべきところに帰りますのでご安心ください」
悪魔は微笑む。
「オキシオ、これは救いではありません。きっと、私が下す判決より、過酷な判決が言い渡されるでしょう」
オキシオは、少し考えたのち、言い放つ。
「いいさ、あんたが下す判決より、受け入れられる」
「そうですか、では、皆さん、さようなら」
フッと、悪魔が消えた。
さて、とマティスがオキシオを見た。
「花村厚彦、ただいまより、お前の裁判を始める」
マティスは左右を、同じ被害者達を見た。
「何か、進言したい者はいるか?」
はい、とユーリィが手を上げる。
「えっと…最終決定権はマティス様にあるんですよね?」
「そのようだが…」
「話し合いは確かに必要だと思います。でも先ほど、オキシオも申した通り、裁判に立ち会いたくない者もいると思うのですが」
「そうだな、私としては、被害者達の意見も聞きたいんだが…強制はしない。立ち去りたい者はいるか?」
マティスの問いに、誰も答えなった。
「これで良いか?ユーリィ」
「はい」
「他には?」
はい、とラティスが手を上げる。
「っていうか、判決って言っても色々あるだろ?俺達はそもそも俺達は死んでるわけで、終身刑とか死刑とかはないだろ?どんな罰があるんだ?地獄落ちとか?無罪なら天国に行くとか?」
「それを含めての話し合いだ」
「なるほどね」
ラティスがオキシオを睨む。
「ここにいる被害者は、皆前世の記憶も、6回再生した記憶もあるんだよ、オキシオ」
「そうなのか!?」
「そうだ、俺は、記憶がある状態でお前と対面するのは始めてだったな…どの再生においても、俺の記憶が戻ると、俺はとんでもないことをしでかしていた」
「お前の所為じゃないだろ」
「まぁ、その話はいい。いつかウィズリーが言っていたな…“憎悪”すら抱いたことのない俺が、大したことを言うと…彼女の言い分は最もだ。お前を見る目が変わってしまった。俺も、お前を許せない。俺は記憶を取り戻す中で、何度も何度も切り刻まれ、業火に焼かれ、苦しみもがいてきた。正直、記憶も取り戻したくなかったし、裁判なんてどうでもよかった。でもお前を許したくはない」
オキシオの瞼に、ラティスとの日々がよみがえる。彼の存在が、どれほど支えになったことか…。もう、この背を支えてくれる人は、いないのだ。
「僕も…思い出したくもない、あの日のことを」
そう言ったのは、ワイトだ。
「ママ!話し合いなんかしなくていいんだよ!こいつは地獄に落ちればいい!みんなそう思ってるだろ!」
「ワイト、俺はそう思っていないんだよ」
そう言ったのは、ジュナインだ。ワイトがジュナインを睨む。
「君も、俺を殺したから…オキシオを無罪にしたいのか…殺人と言う罪から逃れるために!」
ワイトが立ち上がり、叫ぶ。
「僕は思い出した!お前に殺された時のことを!痛くて苦しくて!どれだけ叫んでもママに声は届かなかった!最期の言葉すら伝えられなかった!お前だって裁かれなきゃいけないんじゃないのか!なんでそんなところに座ってるんだよ!なんで…他の再生であっさり仲良くなっちゃうんだよ!あのまま殺人犯でいてくれたら…僕はこんなに苦しまないですんだのに!なんで友達になっちゃったんだよ!」
ワイトの頬に涙が伝う。
「もういいだろ!みんな死んじゃえ!消えちゃえ!」
「ワイト、落ち着いて」
取り乱すワイトに、エリシアが声を掛ける。
「エリーだって同じだろ!」
「え…」
「最後の最後に…ジュナインの犠牲になって殺された…君が何をしたっていうんだ?6回の再生の中で、前世で、何も悪い事してないだろ?そうだよ…僕たち二人はまだ未成年で、やりたいこともいっぱいあったのに…前世で人生を奪われた挙句、こんな“法廷”なんかに立たされて…」
エリシアが立ち上がり、叫ぶ。
「そんなにここが嫌なら、さっきユーリィ様が進言した時に逃げればよかったじゃない!」
「ママが残るのに逃げるわけないだろ!」
マティスはワイトを見る。
「ワイト…いいのよ、あなたも、エリシアも、無理しなくていいのよ」
「逃げないよ…僕も見届けたい。ママがどんな答えを出すか、花村 厚彦がどんな罰を受けるのか…」
ワイトは、涙を流しながら、ゆっくりと座った。
それと入れ替わるように、ジュナインが立ち上がる。
「ワイトの言う通りだと思う。俺も、受けるべき罰がある。花村 厚彦に関して、俺が言えることは何もない…俺も彼と同じ立場なんだからな」
ジュナインが裁判官席から離れようとする。
「待ってよジュナイン!」
エリシアの声に、ジュナインは答えない。
「あなたのあの狂気は、あの世界にいた所為なんでしょ!」
「引き金はそうだったかもしれないが、あの狂気は前世から備わっていたものだ」
「それでも前世では、あんなことにはならなかった!ジュナインは狂ってなんかいない!だってあんなに…私が死んだ時、悲しんでくれたじゃない!」
ジュナインの足が止まる。
「前世のあなたが抱えていた気持ちは、正直難しくてよくわからない…でも、私は、私を好きになってくれたあなたを、殺したいほど憎む気持ちはないの」
エリシアはオキシオを見る。
「私はジュナインがワイトを殺して、ワイトに恨まれていようと、ジュナインを守る。背負った罪は許されると、この裁判で証明したい。あなたは6度の再生で、花村 厚彦は十分罪を償ったと思し、あなたもたくさん苦しんできたと思う。許されていいと思っているわ」
エリシアは席に座る。
「ジュナインも座って、何も言う気がないのは構わない。でもこれは花村 厚彦の裁判でしょ?同じ立場だというなら、なおのことちゃんと進言すべきよ」
ジュナインは、ゆっくりと席に戻った。
そして、彼も進言する。
「オキシオとしての君の人生は、十分称えられるべきものだったと思う。最後の再生で君を傍で見てきたからこそ、わかる。君は許されていい。でも、だからこそ、君が誰よりも罰を受けたいと思っていることも知っている。俺は、君の意見も聞きたい、君はどうしたい?」
「俺は…やりなおしたい。前世のあの時から…」
オキシオがうつむき、涙を流す。
「あの時、何もしないままバスを下りればと、何度も思った。それが叶うならそうしてほしい…」
「それは無理だな、裁判で時間が戻ることはない」
マティスは冷たく言い放つ。
「ユーリィ、後は君の意見だが…」
マティスはちらりとユーリィを見る。
ユーリィはゆっくりと立ち上がり、裁判官席から離れ、傍聴席の前に立つ。
「私も、ジュナインやエリシアと同じく、彼はオキシオとして、十分罪を償ってきたと思っていました…でも、被害者は私達だけじゃなかった。ここにいる全ての人が、被害者なんですよね」
オキシオも傍聴席を見る。そこに座る人々は、皆、オキシオを睨みつけている。
「ここにいる全ての人が、炎に包まれ死んでいった。私達6人の声を聞くというのなら、彼らの声も聴くべきです。私は、彼らの意見に賛同します」
「君がそれでいいなら、ユーリィ、彼らの声を代弁してくれ」
「私達の人生を奪った花村 厚彦を許さないと」
「わかった、こっちに戻ってきてくれ」
ユーリィはうつむきながら、ゆっくりと裁判官席に戻った。
「有罪が3票、無罪が2票か…結果は出たな」
マティスが立ち上がる。
「花村 厚彦、判決を言い渡す。君が救われることはない。その魂が朽ちるまで、地獄で苦しむがいい」
その判決が出た直後、オキシオの足元の床が崩れた。それを中心に、法廷が崩れ去っていく。
床が無くなったオキシオは、落ちていく。落ちていく最中、崩れた傍聴席に座っていた国民が、光となって空高く飛んでいくのを見た。
「オキシオ!」
ジュナインが叫ぶ!
「すまない…俺も裁かれるべきなのに…俺は!」
「いいから!最期の言葉をかけるべき人がいるだろう!」
「ジュナイン!」
エリシアが叫ぶ。走ってくる彼女をジュナインは受け止めた。エリシアの手首に付いている、ブレスレットが揺れている。
「私、嬉しかったよ、前世で恋したことなかったから、あなたと好き同士なれて、ありがとうジュナイン」
「俺も…ひねくれた性格のせいで、嫁も子供もいない人生だった。君がいてくれたから、ジュナインとして幸せに生きられた。ありがとう」
二人の魂は、連れ添うように天高く飛んで行った。
「オキシオ!」
ラティスが叫ぶ。
「きつい事言ったが、オキシオとしてのお前は、やっぱり好きだったよ。もし生まれ変われたら、また双璧になろう!罪を償ってこい!」
「あぁ、ありがとうラティス!」
ラティスも天高く飛んでいく。
「オキシオ!」
ユーリィが叫ぶ。
「ごめんなさい…みんなの意見を聞くといったけど…あなたを一番許せなかったのは、きっと私だった」
「いいんだ、今まで俺を支えてくれてありがとう」
「さようなら」
ユーリィも天高く飛んでいく。
「結人」
「ママ」
「一緒に帰りましょう」
マティスとワイトが手を取る。ワイトはオキシオを一瞥したが、何も言わず光となった。
「さようなら、オキシオ」
マティスも光となり、二人の魂は天高く飛んでいく。
光へ導かれる魂たちを見ながら、オキシオは闇に落ちていく。
「長かったな…これが本当の終わりか」
オキシオは目を閉じた。
「香澄…」
彼女は、被害者ではない。あの裁判にはいなかった。本当に、彼女の存在はイレギュラーだったのだろう。
イレギュラーでも、狂ったままでも、例えなかったことになっても、彼女が子を持ち、幸せだと笑える人生があってよかったと、オキシオは思う。
あぁ、最後に脳裏に浮かぶのが、幸せそうな君の姿だ。
花村 厚彦は目を覚ました。
揺れるバス。
静かな車内。
椅子に座る5人の乗客と、運転手。
「これは…いったい…」
その呟きに、答えるように、眠る男の子を抱いた母親が花村 厚彦の隣に座り、声を掛けた。
「勘違いしないで、これからが地獄の始まりよ。あなたは、あの狂った奥さんの元に帰らなければならない。あの奥さんと、生涯連れ添わなければならない。ここが、あなたの牢獄よ」
言って、母親は降車ボタンを押した。
「次の駅で、何も言わず、何もせず降りて、これであなたの【裁判】は終わりよ」
母親は、ゆっくりと花村 厚彦から離れて行った。
バスが停留所で止まる。花村 厚彦は呆然と立ち上がり、ゆっくりと歩いた。
それを止める者も、話しかける者もいなかった。
花村 厚彦がバスを降りると、バスがゆっくりと発進した。
花村厚彦は、左手を見る。その手には、傷跡があった。
了
異世界殺人 秋山 拾 @5945
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