第二十話 最終生 手を貸すだけ
「最悪の結末を迎えましたね。あなたの死後、マティス暗殺の疑いを掛けられたユーリィ、エリシア、ジュナイン、ワイトは捉えられ、処刑されました。5度も同じ人生を歩んでいたのに、ここにきて皆を苦しめて、苦しめて死なせてきましたね」
「あんたは悪魔なのに、閻魔様みたいなことを言うんだな」
オキシオは項垂れている。
「どうしたら良かった…最初に香澄を殺しておけば…ウィズリーも、ラティスも…ジュナインも放置しておけばよかったか?そしたらエリシアとワイトだけでも、誰にも関わらずに生きられたかもしれない」
「私は閻魔様ではないので、その答えを知りません」
「そして、これ自体が罰だったな。悪魔さん、さぁ、最後の再生をしてくれよ」
「良いのですね」
「最後の最後に尋ねるのかい?今まで強制的に再生したくせに。もう、終わらせてくれよ」
「わかりました、あなたと会うのもこれが最後です。さぁ、いきなさい」
「なに黄昏てんだよオキシオ」
オキシオの前に顔を出したのは、10歳のジュナインだ。オキシオの家に引き取られてすぐは何も話さなかったが、最近は年相応なやんちゃっぷりである。
「俺も黄昏ていいか?」
「好きにしろ」
オキシオの家の庭で、二人は並んで座っている。
「お前んとこの女中が話してたんだけど、マティス様が戦争を辞めるよう陛下に進言したんだって。あの戦争好きの陛下だから聞き入れないと思われてたけど、案外あっさり承諾したらしい。子供が生まれたら親っていうのは変わるもんなんだな」
「お前も子供だろ?子供が出来た親みたいなことを言うな」
「まぁそうなんだけど、あーあ、それよりお前の家は本しかなくて退屈だな、ゲームやりたい」
「お前も黄昏に来たんだろ?少し静かにしてろ」
「嫌だね、俺にとって黄昏はお前とくだらないことを話すことなんだから」
ジュナインはなぜかケラケラ笑っている。
今回のマティスはあの母親であることは間違いない。6回繰り返してきた経験からして、確実だ。オキシオにとって、それは希望であった。
しかし、その希望はすぐに打ち砕かれた。
ウィズリーという少女が、マティスに奉公するため、女中として雇われたのだ。今までにないパターンだ。香澄は被害者ではない。転生するかしないかはその世界次第。聞くところによると、ウィズリーの左手に傷はないものの、マティス達と同じ『傷の戦士』の誕生日に産まれてきたらしい。マティスの中身があの母親であるとすれば、ウィズリーが香澄である可能性が高い。
たとえ立場が変わっても、香澄が関われば悲劇につながる。
見えない闇に突き落とされた気分だ。
「なーオキシオ、明日は何するんだ?俺、勉強苦手なんだよなー」
「ジュナイン、今考えことをしているんだ。少し黙っていてくれ」
「嫌だね、俺はお前と話したい」
「じゃあここで独り言でもつぶやいていればいい」
オキシオは立ち上がり、その場を去ろうとした。
「…オキシオ」
「なんだよ」
「お前、前世の記憶があるだろ」
オキシオは、息を飲みながら振り返る。ジュナインが、真面目な顔でオキシオを見つめていた。
「なんで…」
「さっき、俺、ゲームしたいって言っただろ?この世界にはゲームなんてないのに、なんで何も反応しないんだよ?」
「あっ…」
「んで、左手の傷は『傷の戦士』の証じゃない。前世で起こったバス事件の傷跡だ。お前は、俺と同じ被害者か、加害者だ」
「そんな、ことまで…」
「一応前世は刑事だったんだ。憶測だけなら数えきれないほど出来るよ。それが真実かどうかは、こうやって確かめるしかないがな」
ジュナインの視線が鋭くなる。
「お前、加害者だろ?あの時、俺たちを殺した犯人だ」
オキシオの手が震える。
「違うなら違うと言ってくれ。俺は憶測でしか話してない」
地面に膝をつき、手を付き、ジュナインに頭を下げる。
「すまなかった…俺が、君たちを殺した」
「そうか、あの時の君は異常者に見えたが、今の君とまるで印象が違う」
「ここに転生するときに正常な頃の俺に戻された」
「なるほど、それで?被害者の俺に頭を下げて、許してもらえると思っているのか?」
「思っていない。ここで死ねと言うなら死ぬ。けど俺は自殺出来ない。それも俺に与えられた罰だ」
「よくわからんが、なるほどな…俺なら罪の意識に耐えかねて飛び降り自殺すると思っていたが、それが許されないわけだ。なんとも重い罰だな」
ジュナインはため息をつく。
「教えてほしい、どうして君は俺を救ったんだ?どうして俺に関わった?」
「救ったわけじゃない。これが救いだとは思っていない。けど、君の人生において、こうすることが、少しは救いになることを知っていた。ただそれだけだ」
「普通さ、まともな加害者は、必要以上に被害者に関わろうとしないんだ。「どうしても謝りたい」「許してほしい」というバカもたまにいるが、君は前者だと思う。だけど君は俺に手を差し伸べた。そうすることで、君は被害者たちを“何か”から救おうとしてるんじゃないか?」
ジュナインが立ちあ上り、オキシオに手を差し伸べた。
「君を許すつもりはないが、もし君が、被害者たちに降りかかる火の粉を払うつもりなら、手を貸す」
オキシオは顔を上げた。ジュナインは微笑んでいる。
「さっきも言ったが、こう見えて元刑事だ。お前よりいい働きが出来る自信がある」
「助けてくれるのか?」
「助けない、手を貸すだけだ」
いいのか、この手を取っても。
オキシオの脳裏に、再生を繰り返す中で、苦しんできた被害者たちの顔が浮かぶ。
「…ジュナイン、全てが終わったら」
「なんだい?」
「いや、なんでもない」
殺してくれと言おうとしてやめた。もうこれ以上、君に人殺しはさせない。例えこれから起こりうる“何か”で生き残り、何百年と生きながらえ苦しむことになろうとも。もう君の手は汚させない。
オキシオはジュナインに手を伸ばす。
「手を取ったな。ならば全て教えてくれ。これから起こりうる“何か”を」
「長くなるぞ、本当に、途方もない、長い長い話だ」
一旦二人はオキシオの私室に戻った。そこでオキシオは全て話した。バス事件のこと、それか6回、オキシオとして再生していること、過去5回で何が起きたかということ、今回が最後であること。
「なるほど、俺は全く身に覚えがないから、おそらく被害者は前世のことを思い出しても、繰り返してきたことまでは思い出せないようになってるんだな」
「お前…あっさり信じたな」
「証明できないことを疑い続けるほど時間の無駄はない。例え嘘でも、突き詰めれば暴かれる。お前の話が本当か、信じるかどうかは、この先のお前の行動次第だ。話をまとめるぞ」
ジュナインは紙とペンを取った。
「まず前提として、俺達が与えられるスキルは、毎回同じなんだな?」
「あぁ、違ったことはない」
「なら、俺の記憶がある時点で、今のマティス様は母親であることは確定だろう」
へたくそなマティスの似顔絵の下に、ジュナインは“母親”と書いた。
「そして俺が刑事、スキルは【音を消せる】、あとのメンバーは確認しないとな」
「マティス以外は中身が変わったことはない」
「マティスが変わったと言うことは、他の奴らも最後の最後に中身が変わっている可能性は多いにある。確認を怠ったら“何か”が起こるぞ、特に…」
描かれたウィズリーの顔の横を、ジュナインはトントンとペンを叩いた。
「ウィズリーがあんたの妻なら、早く対処しないと最悪の結果を招く可能性が高い。あんたの妻は過去二回、被害者たちが殺し合う惨劇を引き起こしてる」
オキシオは、描かれたウィズリーを見て、目を細めた。
「どうした?」
「いや、事実とは言え、自分の妻に対して酷いことをいうなと…」
「酷いことをやらせないために、今話し合っているんだろう」
「そうだった」
オキシオは苦笑する。
とりあえず、とジュナインは続ける。
「ワイトとエリシアに接触しよう。被害者たちのスキルと前世の姿の確認。この二つがそろって確定と言えるだろう。あの二人の力は必須だ。お前の話だと、早くても出会うのは18歳だが、今から関係を築いておくのは問題ないだろう。むしろ、信頼関係を深くすることは重要だ」
「そうだな、特にワイトに関しては早いに越したことはない。あいつは早くあの家から出た方がいい」
「となると、エリシアが先だな。エリシアと関係を持たないと、ワイトをリンゴ農園に置くことが出来ない」
「あぁ、しかしどう接触したものか…戴冠式のように自然に皆が集まる場がない。現陛下が生きている限り、『傷の戦士』が徴集されることもない」
「ごちゃごちゃ考えるな、事件解決の秘訣は、関係を作ることに躊躇しないことだ」
ジュナインは立ち上がった。
「早速行くぞ、リンゴ農園に」
「わかった…あ、あぁ、ジュナイン」
「何だ?」
「ちょっと良い恰好していった方がいい、お前は」
「エリシアと結ばれるからか?記憶がある今はありえない。お前らと同じ年だが、中身は初老のおっさんだ。前世の俺は、昔っから熟女が好みなんだよ。だからこればっかりは変わっちまうかもしれんな」
確か4回目の時は、記憶がある状態でエリシアと結婚して子供まで授かっていたはずだが…。まぁ、二人が今後幸せになれるなら、必ずしも二人が結婚しなくてはならないわけではない。それぞれに良い相手が出来れば、それでいい。
二人はすぐにリンゴ農園に向かった。『傷の戦士』である証を見せ、エリシアに会いたいと彼女の父親に頼んだ。父親は「他言無用」という約束の元、渋々承諾してくれた。
エリシアは父親の背に隠れながら、オキシオとジュナインを見ている。
「…どうしようオキシオ」
ジュナインが小声で話しかけてくる。
「なんだ」
「すっごく可愛い、俺、ロリコンだったのか?」
「前世はともかく、同じ10歳としてみてたら、エリシアは可愛い方だと俺も思う」
「可愛い方じゃない、可愛いだ」
「お前…毎度一目惚れしてたんじゃないか」
「そんなこと、覚えてない」
「あの…」
エリシアがか細い声で話しかける。ジュナインの背筋が伸びた。
「な!何?」
「何って、聞きたいのは私なんだけど…何しに来たの?」
「き、君と友達になりたくて…『傷の戦士』ってだけで、他の子供に避けられちゃって、俺友達いないんだ、オキシオ以外」
「僕もそうだ、エリシア、友達になってほしい」
オキシオとジュナインがそれぞれ手を出す。エリシアは不安げに父親を見上げる。父親は笑顔で頷いた。それを見て、エリシアは二人を交互に見ながら、父親の後ろから出て、二人の手を握った。
11歳になるころ、ジュナインは家を出て靴屋の子として受け入れられることとなった。エリシアとも関係を深め、ワイトとも交流し、無事ワイトはエリシア家に住み込みで働くこととなった。
たまにリンゴ農園に4人で集まり、遊ぶまでの仲となった。
「『傷の戦士』のスキル?」
ある日、ジュナインはそれとなく、スキルの話を持ち出した。
「あぁ、俺にもあるんだ、俺は【音が消せる】なんだけど、二人はどんなスキルがあるんだ?」
ジュナインがエリシアとワイトに尋ねる。先に答えたのはエリシアだ。
「私は昔から守護霊が見えるんだけど、それがスキルってやつなの?」
「え、違うよエリシア」
ワイトがすかさず言った。
「僕は【スキルが見える】力があるんだ。エリシアは【人の前世の姿が見える】だよ」
エリシアが目を丸くした。オキシオとジュナインは顔を見合わせて頷いた。
「違うの!というか…前世って何?」
「さぁ、僕もそこまでは」
「昔、本で読んだことがあるよ」
オキシオが説明する。
「人の魂は、死んだら別の人として生まれ変わるんだ。僕たちも前に生きた人生があったんだよ。エリシアの力は、前に生きた人の時の姿が見えるってことじゃないかな?」
「へぇ…オキシオは小太りのおっさんなんだ」
「僕はどうなの?」
「ワイトはねぇ、可愛い男の子、何歳くらいかな?6歳とか7歳辺り?ちなみにジュナインは…ふっ…禿げかけのおっさんよ」
「エリシア、今、笑い堪えてるだろ」
ジュナインが言うと、あっはっは、とエリシアが楽しそうに笑った。
夕方になり、ジュナインとオキシオはリンゴ農園を後にした。
「ようやくエリシアとワイトは確定したな」
「あぁ、あとはどうやってマティスとユーリィとラティス、そしてウィズリーを二人に見てもらうかだな」
「国民は基本、奉公する以外に城に入ることは出来ない。かといって、戴冠式がある18歳までは時間がかかりすぎる。マティスとユーリィは公務で外に出る時見てもらうしかないだろうな、ラティスはオキシオ、君が家に招けば問題ないだろう。意外と厄介なのがウィズリーだ」
前のように、早々にウィズリーをオキシオの家に招ければ良かったのだが、彼女の存在を知った時、すでに彼女は城の女中として住み込みで働いていた。会うのは難しい。
「最悪、ユーリィに協力を仰ごう。彼女にもすでに前世の記憶があるはずだ。彼女なら、全てを話しても、大丈夫だと思う」
記憶のある彼女は、良識ある優しい女性であった。4回目に関して、皆が惨劇に見舞われなかったのも、彼女の助力あってのことだ。
「そうだな、それもユーリィの中身がOLと確定してからだ」
「そうだなジュナイン。ラティスには今度声を掛けておく。あいつはずっと『傷の戦士』を気にしている。問題はないだろう」
「わかった、俺は引き続きエリシアとワイトと仲を深めておくよ」
「頼んだぞジュナイン」
「任せろ、被害者の懐に入るのは手慣れたもんだ」
「あの子達はまだ被害者じゃないぞ」
「そうだったな」
ジュナインは苦笑する。
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