第十八話 第五生 前編
前回と同じ人生を歩めば大丈夫…これもリセットされるが、6回目、より確実に惨劇が起こらないよう、足元を固める。繰り返してきた惨劇は無駄にしない。前回以上のことは求めない。被害者たちが幸せな生涯を全うできるように…。
8歳のころ、マティスと5回目の顔合わせをする。
オキシオは絶望した。
「あえて嬉しいよオキシオ。同士。君の才には期待している。存分に戦場で腕を振るってくれ。僕と一緒に生きてほしい」
そう、マティスがオキシオを笑顔で出迎えるのは、これで二度目。2回目以来。
このマティスは…香澄だ。
顔合わせが終わり、オキシオは私室で一人になると、頭を抱えた。
「どうしてまた香澄が…クソ!」
今回はいい。だが次…最後の再生で香澄がマティスに転生したら…。
どうすればいい?転生前のマティスは無能。記憶を取り戻しても香澄は狂ったまま。どちらにしても良い道筋が見つけられない。
諦めるな、考えろ。最後の再生で最悪の事態を想定しなくてはならない。
条件を変えるのだ。ジュナインがそうであったように、何かが変われば自体が好転することは大いにあり得る。
前回、マティスが香澄だった時、彼女は記憶を取り戻していた。なら記憶を取り戻さない状態でオキシオが傍にいれば…それだけではだめだ、一人の力はあまりに微力だ。例えばここに、記憶を取り戻したユーリィがいれば、彼女も知恵を貸してくれるはずだ。
それらを実行するためには、まず【触れた人の前世の記憶を蘇らせる】スキルが必要となってくる。マティスがあの母親ではないということは、いま彼女は…。
机上の空論は意味がない。行動に移さなければ。またみんな死んでしまう。オキシオは頭を上げ、一歩、踏み出した。
ウィズリーという少女をようやく見つけた頃、オキシオは10歳になっていた。
彼女は公爵家の娘であった。幼いころ、『同じ傷の戦士である』ということを口実に、ウィズリーの父親は、王家と接点を持とうとして、娘が『傷の戦士』であることを言いふらした。
しかし彼女は妾の子であった。本妻である義母はそれを決して許さなかった。
ウィズリーの母親の死をきっかけに、彼女を引き取り、家に軟禁し、『傷の戦士』であることを口外しないよう強く言いつけた。逆らうことは許さなかった。
「妾の子のくせに生意気な」
「掃除も満足に出来ない癖に『傷の戦士』を名乗ることを許さない」
「お前も売女だ。汚い臭い。近寄らないで」
そういった言葉は日常茶飯事であった。
前世の記憶を引き継ぎ、なおかつ妾の子として虐げられて育ったウィズリー。前世の犯人への憎悪が、誰にも止められないほど膨らんでいくのは明らかであった。冷静な判断が出来ない。香澄に騙されるのも仕方ないことだと思う。
ウィズリーの殺意を抑える必要がある。彼女の殺意は、惨劇の引き金になってきた。まず、彼女を救うことが先決である。
オキシオは父親に相談し、ウィズリーを家の住み込み女中として受け入れることを承諾してもらった。当初、義母は拒否したが、城に直接仕えるわけではないこと、傷を隠すことを条件に、ウィズリーをオキシオ家に預けることを了承した。
ウィズリーを預かってから、義母が何かする様子もない。とりあえず、ウィズリーを義母から引き離すことには成功した。毒親から引き離すことが重要であるのは、すでにジュナインやワイトのお陰で学んでいる。
「オキシオ様」
「なんだ?」
ウィズリーを招き入れて数日、オキシオの身の回りの世話を言い渡された彼女は、文句ひとつ言わず、仕事をこなしている。そんな最中、オキシオとウィズリーが二人きりになった時、彼女はオキシオに問いかけた。
「あなたが私を引き抜いてくださったと伺いました。なぜそのようなことを?」
「同じ『傷の戦士』だし、可哀そうと思った。それだけだ」
「それだけで、国民を受け入れてしまうのですか?」
「君は仮にも公爵家の娘だろ?」
「母は私を、人でもないゴミ屑と言っていました。人でなしの売女とも」
10歳の少女にかける言葉ではない。これが彼女の日常だった。
オキシオはゆっくりと息を吐き出した。
「ウィズリー」
「はい」
「僕には前世の記憶がある」
ウィズリーは目を見開いた。
「バス事件の記憶が…僕は運転手だった」
すまない、今はこのうそを見逃してくれと、オキシオは目を伏せた。
「私以外にも記憶がある人が…」
ウィズリーは手を震わせた。
「まさか、同じ『傷の戦士』である、マティス様やユーリィ様も?」
「いや、二人にはない。前世の記憶は、君に触れることで戻るようだ」
「どういうことですか?」
「君の父上が、君を利用して王家に近づいたことがあるのは知っているかい?」
「はい、母親から何度も聞かされました」
「あの頃、君の父上と僕の父上は会ってるんだよ。僕らを腕に抱いて『傷の戦士』の証を見せ合ったらしい。その時に君に触れて、僕は思い出したんだ。前世の記憶を」
「あなたと私が合うことで、なぜあなたが記憶を取り戻すの?」
「君はそういう力を女神に授かったんだ。【触れた人の前世の記憶を蘇らせる】というスキルをね」
「…にわかには信じがたいわね…なぜその話を私にするの?」
ウィズリーはオキシオを睨んだ。
「正直、僕は前世のことなんてどうでもいいと思ってる。僕は今、この国を豊かにしたい。戦争を終わらせて、誰も戦わなくていい世の中を作りたい」
「それが何よ?私には関係のない話だわ」
「関係あるさ。国が豊かになれば、君にとっても住みよい国になる」
「そんなことはどうでもいいって言ってるの。私は、私と息子を殺したあのバス事件の犯人が憎い…あいつが今も、のうのうとこの世界で生きていると思うと、悔しくて悔しくて仕方ない…今すぐにでも殺してやりたいの」
「君の気持ちはよく分かった。だから手を組まないか?」
「どういうことよ」
「犯人探しに協力する。だから僕にも協力してほしい」
すべてが終われば、必ずウィズリーにこの首を差し出す。どんな苦しい死も受け入れる。
「無理よ、あなたが嘘をついているかもしれない。あなたが犯人かもしれないのに」
「そうだね。けど、信じてくれとしか言うことが出来ない。どちらにせよ、僕の傍にいることで、君は僕を監視できる。犯人だと思ったら殺してくれて構わない」
どうせやり直す人生だ。途中でウィズリーに正体がばれても構わない。
オキシオはウィズリーに右手を差し出した。
「君の力が必要だ」
「…いいわ、協力者がいた方が、私にも都合がいい」
ウィズリーも右手をだし、オキシオと握手を交わした。
「へぇ、ウィズリーと言うんだ。可愛らしい子だね」
ウィズリーを見て、マティスは微笑む。
後日、オキシオは父親を通して、『傷の戦士』であるウィズリーを家に受け入れたことを、マティスに伝えた。するとマティスは「すぐに会ってみたい」と言った。
記憶があるないに関わらず、マティスは『傷の戦士』に拘っている。それを利用しない手はない。オキシオの狙いい通り、マティス、オキシオ、ウィズリー、そしてユーリィの4人は、茶会と称して集められた。
ユーリィは不貞腐れているようだ。彼女の記憶が戻ってないことは明白である。この場でユーリィとウィズリーを接触させなければならない。
「なぜユーリィ様だけ記憶を戻す必要ああるの?マティス様も戻せばいいじゃない」
茶会の前日、ウィズリーはオキシオの提案に、疑問を持った。
「マティス様はダメだ。左手にある『傷の戦士』の証は偽物なんだ」
「どういうこと?」
「現陛下が付けたのさ。国民が、マティス様を『傷の戦士』と思い込ませるためにね。マティス様の傷跡をよく見てもらえばわかる。僕たちの傷跡は生まれつきだから、ミミズ腫れがないし、傷跡と皮膚も綺麗に繋がっているけど、陛下は産まれた後で付けたような傷跡になってる」
「なるほど…それは明日陛下にお会い出来ればわかることね。でもなぜユーリィ様の記憶を戻すの?彼女が犯人かもしれない。記憶が戻れば、その場にいる人を殺すかもしれないのよ」
「4人だけで茶会をするわけじゃない。近くに兵士がいる。10歳の少女を取り押さえるなんて簡単なことだ。一応僕も訓練を受けているし、仮に彼女が犯人であっても問題はないよ」
「確かに、犯人を特定するなら、力のない今がチャンスなのね」
「そういうことだ」
ウィズリーはマティスの左手を見た。それに気づいたマティスが左手を上げる。
「君の証も見せてくれ、ウィズリー」
マティスの傷は、オキシオの言う通り、ミミズ腫れしていて、色も赤く、新しい傷であることは明らかだった。
ウィズリーは言われた通り、マティスに左手を見せた。
「御覧の通り、私も『傷の戦士』です」
「確かに、君は本物だ。そうだねユーリィ」
「そのようですわね」
「ユーリィはね、【嘘を見破る】力があるんだ。だから君が嘘を付いて傷を作ったとわかったら捕えなきゃいけなかったけど、嘘じゃなくて良かった」
マティスは微笑む。
「未だにいるんだよ。傷をわざと作って「この子も傷の戦士だ」って連れてくる親が。ユーリィの力を使えば全部見抜けるけど。それを罰するのにも苦労するよ」
「罰するとは…?何をしていらっしゃるんですか?」
ウィズリーが手を下ろしながら尋ねる。
「そりゃ、殺すってことだよ」
ウィズリーの顔が一気に青ざめる。
「僕に嘘ついたんだから、当然でしょ?親子共々ね」
「でも、子供は無理やり親に傷をつけられたんですよね?」
「そうだけど、その子だって、親の所為で一生嘘ついて生きることになるんでしょう?可哀そうじゃない。今殺してあげないと、一生苦しむことになるよ」
ユーリィがため息をつく。
「というか、一般国民如きが、いい暮らしをしたいがために『傷の戦士』などと、うそぶいているのよ。私達に嘘を付いてまで、死刑確定でしょ?」
そういって、ウィズリーを睨んだ。
「あなた、侯爵令嬢らしいけど、母親は売春婦だったそうじゃない」
ウィズリーが息をのむ。
「次期陛下にお目見えするのに、私達が何も知らないと思ったの?下調べはちゃーんとしているのよ。良かったわね、本物の『傷の戦士』で。これからは良い生活が出来るわよ」
ふふ、とユーリィが笑う。
「ユーリィ、ここは楽しい席にしたいんだ。そういう話はやめよう」
「申し訳ございません陛下。しかし釘を打っておかねば、陛下に取り入ろうとするかもしれませんので、なんといっても、売春婦の娘ですから」
マティスとユーリィの恐ろしさを、ウィズリーは理解する。オキシオが「何とかしなければ」と言った理由がやっとわかった。
だめだ、めまいがする。この場にいることが苦しくて仕方ない。
ウィズリーは口元を抑えながら立ち上がった。
「申し訳ございません…少し外の空気を吸ってきます」
「あら、一般国民には、この部屋の空気が合わなかったのかしらね」
ユーリィの嫌味に言葉を返す余裕はない。
ウィズリーは、ユーリィの脇を通り過ぎる際、こっそりと彼女の背に触れた。
「う、何…」
ユーリィは眩暈と吐き気を催した。
「ユーリィ様!」
オキシオが駆け寄る。
「おや、大丈夫かいユーリィ」
ユーリィは椅子から転げ落ち、地に伏せた。
女中や兵士たちも駆け寄ってくる。ウィズリーは少し距離を取った。
ユーリィから返事はなく、しばらく吐き気に見舞われたあと、ゆっくりと上半身を上げた。
「私は…私は、殺された?」
記憶が戻っている。オキシオは安堵した。
「あはは、どうしたんだいユーリィ?白昼夢でも見たかい?」
「産まれ…変わったの?どうしよう、私…今まで酷いことばかりして…」
ユーリィの眼から涙が落ちる。
「おやおや、酷い白昼夢みたいだね。このまま茶会を続けるのは無理かな?ユーリィを私室に運んであげなさい」
マティスは女中に命令すると、はい、と返事をし、女中はユーリィの肩を抱いて立ち上がらせ、ゆっくりと歩き始めた。
「オキシオ、ウィズリー、申し訳ない。また改めてゆっくり話そう。兵士の中にも一人『傷の戦士』がいるらしい。ラティスと言ったかな?いつか彼も交えて、皆で仲良く食事をしよう」
「はい」
オキシオは返事をしたが、ウィズリーは何も言えず、身体を小刻みに震わせていた。
ウィズリーの腕を引き、オキシオは二人きりになった。
「これで分かっただろ?君の力が」
「えぇ…あなたの話を信じ切れていなかったけど。ユーリィ様の姿を見てわかった。確かに、私には前世の記憶を蘇らせる力があるのね。…それで、これからどうするの?」
「ユーリィ様と話をしたい。前世の記憶が戻ったばかりで、彼女も混乱しているだろう」
「どうやって?ユーリィ様の私室に、私達が入ることを許されるとは思えない」
「忍び込む」
「どうやって」
「いるだろう?俺達の家にもう一人『傷の戦士』が」
「まさかこの力を使ってユーリィ様の部屋に忍び込むとはね」
その日の深夜、オキシオはジュナインを連れ、ユーリィの部屋に近づいていた。
「ばれたら殺されるんじゃない?僕たち」
「ばれないようにお前を連れてきたんだろジュナイン。君の力を使えば、そうそうばれないよ」
ジュナインを受け入れていて良かったと思う。彼のスキルはこういう時に大いに役立つ。
「まぁ、城の中をこうやってこそこそ歩き回るのは、結構楽しいけどね」
ジュナインはにやりと笑う。
「一人でこんなことするなよ?」
「わかってる。さすがに一人でこんないたずらはしないよ」
「そろそろユーリィ様の部屋だ。音を消せ」
「はぁい」
ジュナインは靴先を鳴らした。
警護の兵士に見つかることなく、難なくユーリィの部屋に近づくことが出来た。城の塀を伝い、窓から彼女の部屋を覗き込む。彼女はベッドの淵に座り、項垂れていた。彼女の部屋から少し離れた踊り場に、二人は足を付いた。
オキシオはジュナインの肩を叩く、音を出していい合図だ。ジュナインは靴先を鳴らす。
「お前はここで待ってろ」
「はぁい。危なくなったら勝手に音消すから気をつけて」
「わかった」
オキシオは一人、ユーリィの部屋に向かった。
「ユーリィ様」
声を掛けられ、ユーリィは顔を上げる。
「誰?」
「オキシオです。少しお話がしたいのですが」
「オキシオ、どこにいるの?」
「窓の外です」
ユーリィが窓に駆け寄る。塀にしがみついているオキシオを見て驚いている。
「あなたどうして…」
「前世の記憶のことでお話があります」
ユーリィは、目を見開いた。
ユーリィはオキシオを部屋に招き入れた。そして話をする。
「そう…私の記憶が戻ったのは、ウィズリーが触れたからだったのね」
「はい、申し訳ございません。このような手段を取ってしまい、ユーリィ様にこのような苦しみを強いてしまいました」
「いいのよ。むしろ思い出してホッとしているの。あの性格のまま生きてたら、きっと誰かに恨まれて殺されるか、国外追放されてたもの」
話が飛躍しているように思ったが、オキシオは聞き流すことにした。
「改めて、ユーリィ様に申し上げたいことがございます」
「なんですか?」
「あなたにこの国を救っていただきたい」
「この国を…」
ユーリィはゆっくりとオキシオを見る。
「私もいずれ、陛下の隣に立てるよう精進してまいります。しかし、それにはまだ時間がかかります。その間、ユーリィ様に陛下を導いていただきたいのです。この国が、平和になるように」
「待って…無理よ、私、元はただのOLだったし…学生の頃は成績も良くなかったし、生まれてから今日まで、威張ってきただけで何もしてこなかったのよ」
「ユーリィ様は先ほどおっしゃいました。思い出してホッとしていると。この先、ユーリィ様として生きるために、何かを変えたいと思ったのではないですか?」
ユーリィは唇を引き締める。
「私も一緒に考えます。ウィズリーもいます。どうか…」
オキシオが頭を下げる。
「頭を上げてくださいオキシオ。私の人生を変えるうえで、あなたは力になってくれそうですね」
オキシオが顔を上げる。ユーリィは微笑んでいる。
「頑張りましょう、オキシオ」
ユーリィの言葉に、オキシオは安堵した。
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