異世界殺人

秋山 拾

第一話 傷の戦士

 とある日、エッグニクト王国のリンゴ農家で子供が生まれた。

「まぁなんて可愛らしい女の子なんでしょう」

「本当にかわいいね、母さん、よく頑張ったね」

「ありがとうあなた」

 母親の腕には、可愛らしい赤子が抱かれている。

「それにしても、この左手の痣は何かしら」

「痣というより、傷跡みたいだね…女の子なのに、生まれつきこんな跡が…かわいそうに、大きくなったら消えるといいんだけど」

「そうね、何より…健康に育ってくれればそれでいいわ」

「そうだね」

 夫婦が幸せに包まれていると、部屋の戸を誰かが叩いた。どうぞ、と父親が言うと、父親の兄、子供の叔父が嬉しそうに入って来た。

「産まれたって聞いて走ってきたよ、良かった、二人とも無事で」

「あぁ、俺も安心したよ」

「そういえば、さっき国王の子も産まれたそうだぞ!男の子だってよ!同日なんてすごいな!」

「本当か!なんとめでたい日だ!」

 父親は喜び、母親に笑顔を向ける。母親も微笑んだ。

 しかも、と叔父は続けた。

「その子の左手には傷跡があるらしくてな!ほら、昔、親父からお伽話をよく聞かされただろ?7人の戦士の話!」

「あぁ、三ヵ国から攻められたけど、この国を守り抜いた7人の戦士の話だな…あぁ!」

 父親は思い出した、その戦士たちは己の左手に傷を付け、同士であることを誓った。彼らは『傷の戦士』と呼ばれた。

「王子にもあったんだって!傷が!だから戦士の生まれ変わりじゃないかって、もう町…いや、国中大騒ぎだよ!」

 その会話を聞きながら、母親は子の左手をギュッと握った。


 嫌な予感が、胸を、押しつぶしてしまいそうだった。










 エリシアと名付けられた少女はすくすくと成長し、やがて17歳となった。後に産まれた妹の世話をしながら、両親の手伝いとしてリンゴ農園で仕事をしていた。エリシアは収穫したリンゴを一つ持ち上げる。

「今年の出来、最高!色つやもいいし完璧!お父さん…頑張ってたもんなぁ…」

 仕事熱心な父、それを支える母。エリシアは両親を尊敬していた。

「お姉ちゃん!もうすぐ朝ごはんだよ!さっさと仕事すすめてよ!」

「はぁい!」

 ちょっと生意気だけど可愛い妹。

 エリシアの人生は、ありきたりで平和で、幸せな人生であった。


 エリシアと妹は朝の仕事を終え、食卓の席に着く。家族がそろったところで、父親が両手を組み、皆も同じようにした。

「守護神様、今日も家族と食卓を囲める幸せに感謝いたします。いづれ我々も守護霊としてお仕えするまで、どうぞ我々をお守りください」

 この国では“守護神”という、最初の人と呼ばれる“レイ”を祀っている。死ねばみなレイの元に帰り、守護霊となり、先祖の元に帰って次の世を守ると言う使命が与えられると、昔から言い伝えられている。


 エリシアには、その守護霊が見える力がある。


 それに気が付いたのは3歳頃だ。両親にはそれぞれ、いつも一緒にいる人がいた。それが誰なのか両親に尋ねたところ、他の人には見えない存在であることに気が付いた。両親はそれが『傷の戦士』として産まれたことによる、なんらかの影響ではないかと推測した。

『傷の戦士』であることも、「守護霊が見える」ことも、エリシアが特別な子である動かぬ証拠である。両親は、それを隠して生きるようエリシアに教えた。外を歩くときは必ず手袋をするように言った。守護霊が見えることを、家族以外の誰にも言ってはいけないと約束した。


 マティスに仕える兵士が2人いる。彼らは「双璧」と呼ばれ、マティスに仕える『傷の戦士』として、戦で数々の実績を残している。この事実から、国民は『傷の戦士』を称え、特別な存在であるという認識を持っている。

 両親から見れば、エリシアは普通の女の子である。戦う術がないのはもちろん、戦う意志すらない。しかし、エリシアが『傷の戦士』と知られてしまえば、戦に連れて行かれるかもしれない。エリシアの両親はそれを恐れているのだ。故に、エリシアを守るため、『傷の戦士』であることと「守護霊が見える」ことを、知られてはいけないと説明した。


 小さいころはよくわからなかったが、大人になるにつれ、エリシアもこれは誰にも言ってはいけないと自覚する。

「双璧」が戦果を挙げる度、国中が沸き上がった。前国王が崩御した後は、戦争を嫌うマティスのお陰でずいぶん平和になったが、少し前までは、返り血を浴びた兵士がその辺を闊歩していたのだ。

 今はなくても、戦争で勝つために、いづれは『傷の戦士』が徴集されるかもしれない。そんな日が来た時、戦に赴かなくてよいように…家族とずっと一緒にいられるように。エリシアは密やかに生きていた。


 各々食事をすませると、母親がそそくさと食器を片付ける。

「そろそろ家を出ないと、戴冠式に間に合わないわよ」

 今日はエリシアの誕生日であり、同じ誕生日であるマティスの戴冠式だ。人が多いところに行くと、その人たちの守護霊も見える。よって、エリシアには大群衆に見える。エリシアはどうしてもそれが苦手で人混みを避けているが、マティスの戴冠式には興味がある。今日ぐらい大丈夫だろうと、家族と一緒に戴冠式を見に行くことにした。

「お姉ちゃん!手袋忘れちゃだめだよ!」

「はぁい、はい」

「はいは一回!」

「はい!」

 姉妹のやり取りを、両親は微笑ましく見ていた。











 両親と妹、親戚と馬車に乗り合わせて中心街へと行く。高い城がそびえたつ町は、活気がありにぎわっている。とくに今日は人が多い。

「お姉ちゃん、顔真っ青だよ?大丈夫」

「うん」

 覚悟はしていたが、やはり守護霊であふれている…気持ち悪い。戴冠式が終わったら早々に帰ろうとエリシアは心に決めた。

 馬車を降り、戴冠式が見える大通りへ向かう。城門には、数人の兵士が立っている。ちょうど始まるころだろう。

 ラッパの音が響く。おぉ、と周りがどよめいた。続いて太鼓が響き、戴冠式の始まりを告げる。

 まるで貴族の一軒家のような正門。そのフールバルコニーに王子…マティスが現れる。歓声が上がった。

 マティス王子、母親は早くに病気で崩御、父親も4年ほど前に戦争で亡くなった。4年の王位空白。マティスは大人と認められる18歳までは、仮の王様であったが、きょう正式に、マティスが王位を継承する。

 この日を国中が待ちわびた。容姿端麗、文武両道。さらに、『傷の戦士』の証もある。まさに国王になるべくして産まれてきた子である。


 戴冠式は、華やかに行われた。本来なら現王妃から王冠を授かるのだが、すでに亡くなっているため、マティス王子の伴侶であるユーリィが務めた。公爵のご令嬢である彼女は、地位はもちろん、これまた容姿端麗、文武両道。文句なしの女性である。マティス王子の婚約者になるため、公爵である父親が色々やらかしていると黒い噂も絶えないが、きっとどこもそんなものだろう。

 特に問題なく戴冠式は終わった。マティス王子、否、マティス国王は、初めての言葉を述べた。

「国民達よ、よくぞ集まってくれた。国王が崩御され、不安な日々を送っていたであろう。しかし今、この瞬間から、このマティスが国を治める!国をより平和に、豊かにな国にしてゆこうぞ!」

 高らかで、清らかな声。戦争好きだった前国王とは真逆だ。その言葉に安堵したのか、国民達は安堵の声を上げる。


 そして、と続けながら、マティスは左手を高々と掲げた。

「私と同じ日に産まれた、選ばれし『傷の戦士』達よ」

 心臓が高鳴った。思わず左手を握る。エリシアの両親が彼女を抱きしめ、妹は服の裾を握った。

「『傷の戦士』達には皆、平等に力を与えられている。私は神よりそうお告げを賜った」

 おぉ、と周りから声が上がった。

「有り余る力は、いずれ『傷の戦士』自信を打ち砕いてしまうだろう。私の元に来てほしい、私の元で仕官し、能力の使い方を学ぶがよい」

 マティスがそういうと、ユーリィが一歩前へ、そしてマティスの傍らに立っていた二人の兵士も一歩前に出る。そして、三人が左手を掲げた。傷だ。マティスと、エリシアと同じ傷を持っている。

「私の伴侶であるユーリィ、そして双璧と名高いラティスと そして、と続けながら、マティスは左手を高々と掲げた。

「私と同じ日に産まれた、選ばれし『傷の戦士』達よ」

 心臓が高鳴った。思わず左手を握る。エリシアの両親が彼女を抱きしめ、妹は服の裾を握った。

「『傷の戦士』達には皆平等に力を与えられている。私は神よりそうお告げを賜った」

 おぉ、と周りから声が上がった。

「有り余る力は、いずれ『傷の戦士』自信を打ち砕いてしまうだろう。私の元にこい、私の元で仕官し、能力の使い方を学ぶがよい」

 マティスがそういうと、ユーリィが一歩前へ、そしてマティスの傍らに立っていた二人の兵士も一歩前に出る。そして、三人が左手を掲げた。傷だ。マティスと、エリシアと同じ傷を持っている。

「私の伴侶となるユーリィ、そして双璧と名高いラティスとオキシオである。私を含め、ここにいる4人は『傷の戦士』であり、私と同日に産まれ、能力を持っていることが確認されている」

 マティスがもう一歩前に出て、両手を広げる。


「『傷の戦士』よ!私の元に集え!その力、国のために施行せよ!」



 どうしよう。これ、どうしたらいいの…エリシアの額に汗が浮かぶ。ずっとエリシアと家族が恐れていたことだ。いつかこんな日がくるのではと思っていた。城の中は国家秘密だらけ。一度仕官すれば二度と城を出ることは出来ない。つまり、『傷の戦士』としてエリシアが仕官すれば、もう二度と家族とは会えないのだ。

 まさか、こんな、唐突に、覚悟を決めなけらばならない日がくるなんて…。

「いいのよエリシア、行かなくて」

「そうだよ、このまま静かに黙っているんだ。お前のことは俺達家族と、一部の親戚しか知らないんだ。俺たちと一緒に、これからもリンゴを育てよう」

「お姉ちゃん…」

 そうだ、こんな能力、役には立たない。戦士として名乗り出る必要など…。


「すげぇなエリシアちゃん!ほら!前に出なよ!」


 叔父が突如、エリシアの左手を引っ張り上げる。

「おじさん!」

「この子!この子『傷の戦士』ですよ!」

 親戚では、偶然傷を見ていた叔父が、エリシアの左手を高々と上げる。エリシアの周りにいた人々が距離を取る。エリシアと家族は、その真ん中で取り残されてしまう。

「あ、普段は隠してるんだっけ、早く手袋を取りな」

「やめろ!なんてことするんだ!俺達はエリシアを国王に元には…」

「こっち!ここにもいますよ!ワイト、前に出な!」

 叔父が無理やりエリシアの左手の手袋を剥がしていると、別の場所から手が上がる。気弱そうな少年が、ガタイのいい両親に押し出されてる。

「やめてよ!」

「お国のために役立てるんだよ!うちじゃ役立たずなんだから、仕官しておいで!」

 少年はあからさまに嫌がっているが、両親はぐいぐいと手を引っ張る。

「じゃあ、俺も言うとこっかな」

 少し離れたところで、別の少年が手を上げる。

「左手見えます?傷、ありますよ」

 城に4人。ここに3人。7人…そろっている。マティスの後ろでユーリィが頷いた。マティスはそれを見て微笑む。

「よくぞ名乗り出てくれた。歓迎しよう。さぁ、城へ参られたし!」

 エリシア、そして少年二人が兵に囲まれる。

「そんな…エリシア」

 母親がその場に膝をついて泣きだした。妹はその場で震え、父親は下唇をかみしめている。こうなっては…逆らえないだろう。エリシアは小さく息を吸う。

「…みんな…今までありがとう…」

 大丈夫だ、戦争に行くとは言っていない。きっとまたかえって来られる。エリシアはそう信じ、兵士たち、そして少年たちと共に城に向かった。









 自室に戻ったマティスはソファにドカリと座った。その傍にユーリィが立つ。

「意外とすんなり集まったな」

「はい、あの場で手を上げたものに、嘘を言うものはありませんでした」

「わかっている、余計なことを言うな」

「はい」

 ユーリィは少し頭を下げた。

 マティスはニヤリと笑う。




「ようやくこの時がきた。必ず、私を…息子を殺した犯人を探し出し、私が、この手で殺してやる」

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