ある深夜の夫婦の会話
夏緒
ある深夜の夫婦の会話
「おまえ器用だな」
と、夫は妻に言った。ソファに涅槃像のように寝転びながら。時刻は深夜。夫婦が唯一落ち着いて会話できる時間帯である。
「へ?」
と振り向いた妻は、目から涙をぼったぼったとこぼしていた。手にはスマホ、テレビ画面にはアニメ映画。
妻は、スマホでソリティアをしながらアニメ映画を観て泣いているのである。ソファを背もたれにしながらホットカーペットの上で脚を投げ出して号泣している。
「それは映画に泣いてるの? それともまったく揃う気配のないソリティアが悔しくて泣いてるの?」
「映画に決まってるでしょ、なに言ってんの、ソリティア揃ってるし」
と言ってまた前を向いた妻の目線はスマホに戻った。とても映画を観ているようには見えない。傍から見ればソリティアをして泣いているようにしか見えないのだが、彼女は間違いなく映画を観て泣いているのだ。
「どうやって観てんの、泣くなら集中して観なよ」
夫は呆れていた。スマホ画面に淀みなく指を滑らせる妻が
「ちゃんと観てるよ、観てるからこんなに泣いてるんでしょおおお」
などと鼻声で言うものだから。
「よく遊びながら観てそんなに号泣できるね。おまえこれ観るの何回目?」
「え、わかんない。20回目くらい?」
「うわあ」
夫は本当は違う番組を見たいのだ。同じ映像ばかりで正直飽きた。でも妻が一昨日も観ていたこの映画をまたしても泣きながら見ているので変えるに変えられないのである。だからせめて、観るなら集中して観てほしい。
「そういえばおまえさあ、こないだ漫画見て泣きながらドラマ観て爆笑してただろ。あれ本当どうなってんの、同時進行すんなよ、見てて怖いわ」
「時短よ、時短。わたしは二刀流の達人なのよ」
「情緒不安定かよ」
「うるさいなあ、今良いとこなんだからちょっと黙っててよ、あの人もうすぐ死んじゃうんだからね」
「スマホやめたら?」
「なぜ」
「死ぬとこちゃんと観てやんなよ、推しなんだろ」
「観てるじゃない」
いや、視線はスマホだろう、画面の中のトランプが高速で動いている。
と、その顔をよく見れば妻は確かに映画を観ていた。スマホ画面を見ていない。
「え、待ってそれどうなってんの怖い怖い怖い」
「うわあああああわたしの推しが死んでしまうううううう!!!!」
「一昨日も死んだだろ、っていうか20回目だろうが、それよりおまえ今どっち見てんの!?」
「なんてこと言うのよ!! 再生するたびに死んでしまうんだからこんなのどうしたらいいのよ!! わたしは推しを観てるに決まってるでしょ!!」
「スマホのトランプめっちゃ動いてる!! 凄いぞ!! それ泣きながらやる必要あるのか!?」
「指が暇だから……」
映画がエンドロールまで終わって、妻はすんすんと鼻を啜りながらテレビの電源を切った。そしてまたスマホのトランプをつつき始める。
夫はその姿を斜め後ろから眺めた。
「なあなあ、二刀流の達人」
「なあに」
「今度は推しの代わりにおれにかまってよ」
夫は最近妻が推しに夢中で構ってくれないので寂しいのである。
「二刀流の達人だろ、ゲームしたままでいいからさ、もうちょっとおれともいちゃいちゃしよ」
「え、それは無理」
「なんでだ!」
「だって今ゲームしてて忙しいのよ。あなたには構えない」
「二刀流どこいったんだよ」
ここから夫婦は深夜にも関わらず喧嘩をし始めるのだが、妻は二刀流の達人なので喧嘩すらもスマホゲーム片手である。
夫は思った。せめて二刀流でもいいから相手をしてほしい。推しではなくどちらかといえばせめてソリティアには勝ちたい、と。
おわりっ。
ある深夜の夫婦の会話 夏緒 @yamada8833
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