歴史を紡ぐ 作:クラリオン
追い出し号。四年生の追い出し号。つまり名目上私は追い出される側だ。不甲斐ないことに、一つ下の後輩達と共に。とりあえずの五年間の集大成になるだろうかと、自分の創作の切っ掛け、とか、作品、とか、何でこんなの書いてるの、とかについてつれつれと思考を辿りつつ書いていくことにする。多分とっちらかった文章になるだろうがご容赦願いたい。
さて。私、つまりペンネーム・スピリットあるいはパーサヴィアランスは、大学に入る少し前に創作に手を染めた。最初に文字として出力したのは二次創作だったように記憶している。ただ、一片の資料でも創作とするのならば大量に抱えているよく分からない設定資料の最初の一枚が始まりという事になるだろうか。時々面白そうなものが転がっているのでいつか活かしたい。
何を書いているのかと言えば、架空戦記というものを書いている。大体の人はこれで首を傾げる。二次大戦で日本が南北に分断されないような物語だと、歴史を絡めて答えればそこでようやく理解に至る。真珠湾、フィリピン、珊瑚海、ミッドウェー、ガダルカナル、レイテ、沖縄、北海道。日本の勝利、日本の敗北、あったはずの選択肢、取られなかった選択肢。
それらを拾い上げて、歴史を編み直す。大きいものもあれば小さいものもある。零戦、烈風、橘花、陣風、五式十五糎、キ94Ⅰ、メッサー、コメート、モスキート、モンタナ級、ベアキャット、ライオン級、ソビエツキー・ソユーズ。八八艦隊計画、ダニエルズ・プラン。作られなかった兵器達、使われなかった兵器達、活躍しなかった兵器達。
非常にこう、らしくない趣味嗜好である事は把握している。私と同じ年代・性別で、純粋に架空戦記だけを読み書きするタイプの人間というのはそこそこ稀少人種であるらしい事はSNSでも分かった。
仕方ない、祖父と父親とそういう趣味で、私も読書が好きだったから、私が父の蔵書に手を出してサクッと趣味に染まったのも必然と言うべきだろう。ちなみにトドメを刺したのは祖父だった。
戦艦〈榛名〉。つい先日記念艦となったこの軍艦の初陣は第一次世界大戦である。ほぼ一世紀に渡り現役であり続けたこの戦艦は、現在に至るまで幾度もの大改装で以て近代化され続けた。巡洋戦艦から高速戦艦、一度海防戦艦を経て再び戦艦へ。
と、つらつらと簡易的な経歴を並べ立ててみたが、祖父が私に見せたのはこの戦艦が最後に参加した大演習の映像だった。つまり恐らくは最後に主砲を発射したときの記録映像である。
この時既に父親の蔵書に手をつけていた私は、本でしか読んだことのない情景が目の前にある事に興奮した。想像した事しか無い轟音が、閃光が、火焔が、水柱が、破壊が、力が、目の前に映像という形で存在する。脳内でピタッと何かがはまった気がした。
そこからもう、狂ったように読み漁った。歴史上で取られなかった選択肢、未完の兵器群、存在しなかった戦場と戦闘。故にあり得なかった歴史。
そこには一種の幻想があった。憧れ、ロマンと言い換えても良いかもしれない。勿論、取られなかった選択肢には、取られなかった理由がある。
それでも、それらが全てひっくり返っていたら、果たしてどうなっただろうとワクワクした。使われなかった兵器は使われなかったから、性能も活躍も分からない。取られなかった選択肢は取られなかったからこそその先がどうなったのか検討も付かない。現実感という枷は付くが、基本的には作者の思うまま、好き勝手にやってしまって良い。
だから一年生の時に部誌に出した作品は、本当に好き勝手やった記憶がある。日本が独伊とではなく米英と組んだ世界。『第四次大戦の顛末』。耐えきれなかったドイツ軍人が、滅亡の引き金を引いた話。祖国の為にと呟くその瞳は白く澱む。
ああ、連合国では無く枢軸国が勝利した世界も書いた、当てつけかのように祖国の代わりに北米を東西で分断したっけ。『北米戦線の一日』。飛べなくなったパイロットの話。この目が治ったならば、また空を飛べるのに。ウィングマークは戻らない。
そういえば米英と組んだ世界はもう一つ書いた。『天空を駆ける』。最新鋭の戦闘機とそれを操るパイロット同士が激突する話。亡霊と稲妻を迎え撃つ、流星と暴風。
ここまでは大分話を盛った作品だったと思う。
日本が分断されない──『南溟の雷』シリーズの一作目を出したのは一年生の追い出し号だった。シリーズ化するつもりはなかったので粗が目立つ上に時間をかけたが、とりあえず最後までは書いてみた。いくつか眠っている作品はあるが、多分眠ったままに終わるだろう。
緊急発進発令。中国機による領空侵犯だ。南の島に轟く雷鳴が如き爆音。『南溟の雷』。防衛軍、ではなく、自衛隊なる組織が国防を担う日本で、対中国の最前線にある航空隊のパイロット達の話。戦禍から隔離された状態で順調に復興を遂げた日本の話。立ち位置すら不安定な組織。決して良いとは言えない環境。それでも彼らは鋼鉄の翼を駆る。祖国を護る為に。
遡ること七〇年以上。一九四五年四月七日、彼らは最期の戦いに臨む。『最後の艦隊』。史実より絶望的な戦いに挑んだある人々の話。上空援護も不十分な中、戦艦大和は海を征く。ただひたすらに南を──沖縄を目指して。皇国ノ隆替繋リテ此ノ一挙ニ存ス。
戦争が歴史の一角となった頃。老人は港で不思議な少女と出会う。奇跡かただの幻覚か。『ある夏の日に』。残されたモノの話。彼らはあの日、戦場に居た、頼れる戦友達と共に。彼らはこの日、祖国に居る、たった一人で。あの日後にした港、あの日飛び立った飛行場、あの日仲間を喪った戦場。全ては遙か、記憶の中。
その翼に、最期に許された空は僅か四五分だった。『届かぬ翼』。終戦の年、異形の翼で遙かな高空に挑んだ人々の話。史実では五式局戦の名を振られ、終戦後も系譜を残した傑作機震電。されどその世界の其れは許されなかった。十八試局地戦闘機、迸る事を許されなかった電の物語。
祖国を救う為の作戦は敢えなく失敗に終わった。『戦死者を選ぶ者』。一九四四年、滅び行く祖国を崖の上に踏み留まらせる為、軍人は反旗を翻し、独裁者の暗殺に挑む。気付きを得られなかった英雄の末路。
シリーズものを最初から意図したものも書いた。初出は二年生の新入生号か。『ENGAGE』シリーズ。地球によく似た世界で戦う海軍軍人と、彼の支援を行う戦闘艦統合人工知能の話。これは最初からシリーズ化するつもりで居た。好きなアニメの台詞から取っていて、台詞順がそのまま時系列だったりする。主力兵装スイッチ・オン、目標捕捉、交戦開始、追跡装置・起動、捕捉──ミサイル発射。引き金を引くのは君だ、我が艦長。
スピリットは本当に架空戦記しか書いてないな。
別に、戦争が好きだったり人死にを書きたかったりするわけじゃない、というのは多分『ある夏の日に』を見てもらえれば分かると思う。まあ仮にそうだったとして、創作する事に文句を付けられても、だから何、以外に返しようがないのだが。
私は、兵器が好きなだけだ。極端かつクサい言い回しをしていいのならば、私はずっと『あの日観た榛名に囚われている』。だから主体は兵器だ。しかしながら兵器はひとりでに動く事はない。少なくとも第二次世界大戦の時代では。
だから人を描き加える。生き残ってしまった戦艦と生き残ってしまった兵士。喪われた翼と翼を喪った人。密林で朽ち果てた戦車と二度と帰る事のない人。これを正確には何と呼ぶか知らないが私が選んだ語彙は『エモーショナル』である。
それでも私が書きたいのは兵器だ。人は脇役でしかない。戦争の経過、戦闘の勝敗、戦場の趨勢を指し示す一つのパラメータだ。轟沈する艦、爆散する飛行機、砲塔が吹き飛ぶ戦車、それらの中にきっと居るであろう人々を主役にする事は、まあ滅多に無い。
そしてきっとそれは今後も変わらないはずだ。私の脳内では砲声が轟き、爆炎が躍り、海水が渦巻き、閃光が煌めくだろう。そしてその影で、あるいはその結果として、死んでいく人々の事を描写する事はほとんどない。それで良いと思っている。
ああ、そうだ、つまり、私のスタンスはこうだ。英雄を書くのに、雑兵一人一人の背景を詳細に描くのは蛇足ではないか。ああ、すっきりした。
繰り返すけれどもこれは創作だ。歴史を題材にした創作であって、断じて歴史そのものではない。少なくとも私は、私の知る未完の兵器に、私の知る創作の兵器に活躍して欲しいから、私も知らない『歴史のような何か』を紡ぎ続けている。特にお前の事だよ『南溟の雷』。
最後に。
この五年間、お世話になった先輩・同期・後輩各位へ、ありがとうございました。院進しても創作は続けていくつもりなので部誌でも再びこのペンネームを見る事でしょう。その時は作品をご笑覧いただければ幸いです。
一個下の後輩及び、一つ上の先輩方、卒業おめでとうございます。院進される方、これからもどうぞよろしくお願いします。就職される方、今後益々のご活躍を祈念しております。
あ、本当に最後に一つ。卒業おめでとう、『クラリオン』。君が私ならつまり君も院進するのだろう。院進してもお互い頑張ろうね……
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