ただ刺激が欲しいだけ
紗久間 馨
ある夫婦
「いってきます」
「いってらっしゃい」
朝、玄関で口づけを交わす若い夫婦。出勤前のキスは一緒に暮らし始めてから三年続いている習慣である。始めた時には軽い程度であったが、ここ一年ほどは濃厚なものになっている。夜の営みも盛んで、夫婦仲はとても良い。子どもはまだ授かっていない。強く望んでいるわけではないが、いつか欲しいと考えている。何度も何度も夫から放たれる熱を妻は受け入れてきた。まだ縁はないようだ。
月に一回ほど、妻は人目を忍んで外出をする。住まいから離れたラブホテルで夫以外の男に会うためだ。男は妻の元カレで、既婚者である。妻と男の間には恋愛感情はなく、ただ互いの利益のためだけに関係を持っている。
一年半前に同窓会で再会し、酒に酔った勢いでその日に交わった。我に返った時には罪悪感でいっぱいだった。日付が変わる前に帰宅し、起きて待っていた夫に抱かれた。男との情事を忘れるように激しく求めた。その時の快感が忘れられない。
妻には男と会う時のルールがある。ホテル以外では会わない。ボディソープ類は持参する。キスマークは絶対に付けさせない。避妊具の使用は言うまでもない。
不倫をしていても夫を愛している。失いたくない。夫に不満はない。ただ、刺激が欲しいのだ。夫がいる身でありながら、他の男に抱かれる。その背徳感によって夫との夜が激しく燃え上がる。
夫は妻の不倫に気づいている。妻の髪から知らない香りがすることがある。その香りがした夜の妻は激しく乱れる。そんなことが数回あって、悟った。妻は隠せていると信じているが、男が密かに香りをつけているのだ。シャワー後の後頭部に指先で少しだけ香水をつける。
妻はいつもより積極的になり、よく鳴く。夫は興奮のあまり一晩で何度も注ぎ込む。妻が力尽きるまで。他の男に抱かれる姿を想像すると止まらない。
不倫しているのを知っている、と言ったらどんな反応をするだろうか。恥ずかしそうな顔や困ったような顔で抱かれるのだろう。隣で眠る妻を見ながらそう考えるとゾクゾクする。
責めるつもりはない。妻との関係が刺激的になったのだから。
ただ刺激が欲しいだけ 紗久間 馨 @sakuma_kaoru
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