第46話 インスタントハッピー
「ひさしぶり」
完全に一か月というわけではないが、ほとんど逢えなかったし、メッセージの既読も今朝、ついたばかりなのに、あまりに美しい顔でニコニコ言うので、友里は茫然として、同じ言葉で返した。
バイキングスタイルで、自分で作るタイプのソーキそばなのに、よそい方がうまいのか、お店の物のようで友里は「おいしそー」と覗き込んでしまう。
「たべる?」
優はそう言うと、一度自分の席にそれを置いて、あっという間にソーキそばを取りに行くと、友里に暖かいものを渡して、また収納されたように座った。
「優ちゃんかわいい…天使…」
「ソーキそばの天使か、いいね」
優は暖かいうちに食べようと、食べ始めた。
「友里ちゃんとお昼食べるの、憧れてたんだ」
言われて、確かに高校に入ってから初めてだと思った。そして、ハッと気付く。優の妖艶でおそろしい取り巻きがいない!どう言うことだろう!?
「みんな、彼氏ができちゃったんだって!ふられちゃった」
優は極上の微笑みで、ジャジャーンと効果音でも付いているかのように、背中に後光が刺している。取り巻きの皆さんに対する感想として、今までで一番嬉しそうだ。
「えっえ…!すごい!そんなことあるの?」
「みんなかわいかったからかなー、スゴいよねえ」
うふふふとそばを食べる優が、かわいすぎて震えた。(日常でごはんを食べる優ちゃん、あと何度見れるんだろう)友里は途方もない、その数すら少ないと思ったほどかわいすぎて、すべての瞬間を保存したかった。
「全員ずっと、永遠に、恋人と幸せに生きていってほしいなあ……」
うっとりと優が言うので、友里は素敵なお願いなのに呪いのような気持ちがして苦笑してしまう。
幼馴染みだからか、離れていた1ヶ月なんて、なかったような空気だ。
友里だけが、優が避けていたかもしれないとチクリと胸は痛むけど、本当に忙しそうだったし、気にしないことにしようと思った。
(そもそも「1ヶ月もわたしを放っておいてそんなかわいい顔して」とか、言うの??それこそどんな仲?と思うし……)
友里は、気持ちを例えるなら、キャッシュクリアをしたようだった。想いや記録は残っているが、よけいな澱だけは捨てていこう。
「そうだ、全国コンクール銀賞おめでとう!」
メッセでも送ったが、5日前のことなので直接伝えた。
「松原先生大号泣で、専属コーチつけてあげられなかったことを悔やんでたよ。銀賞は…全国って壁が厚いよね」
数が決まってるので仕方ないことだけれどもろ手をあげて喜べる賞ではないのか、優はお礼を忘れた。優は2年生でやめるので、この賞が最後になる。友里はそれでも全国はすごいと告げて、ねぎらいの言葉を重ねた。
「ありがとう。忙しくて、あまり逢えなくてごめんね。スマホも見てなくて……あの……寂しかった」
テーブルにおかれた手のひらを、優がそっと包むので友里はボッと体の体温が一気に上がる気がした。
食堂には、2学年が全員いて、優が注目されてるのはいつものことで……つまり衆人環視のなかで、手を繋がれたことになる。
(いつもより接触が多いような)またも余計なキャッシュがたまっていく気持ちで、友里はドキドキしてしまう。
(嘘でしょ、優ちゃんも、沖縄のなにかにあてられてるのかな?)
「わ、わたしもさみしかったよ…」
ボソボソ言うと、優が微笑んだ。
修学旅行中は制服と体操服しか着ることができない。普段、優が着ているおしゃれジャージと比べれば、相当ださい学校指定の体操服も、優が着るとおしゃれに見えるので不思議だ。
「友里ちゃんは萌え袖にしてもかわいいかも」
友里は、長そでを着ていた。この後、鍾乳洞へいくので、けが予防のための長袖だ。冷房が効いているのでちょうど良かった。体操服の袖をそっと引っ張って下ろすと、指先だけちょこんと出されて、友里にかわいい演出をする優がかわいくて、友里は優に目線をあわせた。隣に座っているので、ほとんど目線は一緒。瞳がキラキラと輝いていて、とても可愛い。思わず抱き締めそうになって、人前ではよくないかなと、指を引っ込めた。
「優ちゃん、今日もほんとにかわいい…!」
「友里ちゃんは環境に左右されない持続型で尊敬しちゃうなあ」
「そんなことないよっ抱き締めたいの我慢したもん」
優は意味深に軽く笑って、友里の肩を叩くと、友里の分まで使った器を片付けてくれた。もう一度戻ってきて、お水を置く。
「このあと、友里ちゃんってもう出かける時間?」
「そうかも、13時集合」
なんとなくよそよそしくそわそわしている優に、友里は突然、気付いた。(もう少し一緒にいたいってこと!?)
こちらから誘うべきなのだ、相手は淑女なのだから。
「良かったらお部屋まで、送り届けてもいい?」
「……!」
嬉しそうな優に、友里はほっとして心が躍った。
色んなもやもやも、笑顔を見るだけで、幸せになってスキップしてしまう。
告白なんて、ましてや、キスなんて、遠いもののように思った。
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