幼馴染は王子ではなく淑女です

梶井スパナ

一学期

第1話 駒井優は淑女

 荒井友里あらいゆりは怒っていた。


「それでね、駒井こまい先輩がわたしのグリスを拾ってくれて、これ君の?って。私、思わず「はひ!」って言っちゃったんだけど、花が咲くように微笑んで「じゃあ、ここに置いておくね」ってハンカチをひいて置いて行ってくれたの!!」


 人口の少ない田舎なので新宿や東京のような満員電車とはならない。ただ、この7時40分発の車内は、荒井友里が通う私立大ケだいがはら短期大学付属高等学校の部活動の朝練習に向かう人々で、いつもの乗車率と比べたら1200%。椅子に座れない程度のものだが、友里にとっては、そう感じていた。


 友里も部活をしてないがある事情で、乗車していた。ドア付近に寄り掛かることは出来たが、うっとおしいとおもいながら田舎の国道沿いを通過する車窓をながめていた。

 部活が同じ人たちで人の塊ができている。ちょうど声の聞こえるあたりに吹奏楽部の生徒が10名ほど固まっていた。その10名が全員女で、10名が口々に「私だって駒井先輩に優しくされたよエピソード」を話している。

 多分全員1年生で、これは、2年生のトランペットリーダーの駒井優の話なのだ。女が3人寄れば、かしましいというが──10名だ。3倍以上。それはそれはヒートアップする。

「花を飾ったら「美しいね」とほめてくれた!」

「そばによったらね、すっごいいい香りするの!」

「髪型をすこし変えただけなのに「似合っているね」とほほ笑んでくれた」

「細やかな気遣いで、先生からも信頼が厚いから、パートごとに楽譜をおこしているのは駒井先輩らしい!」

「ダンスも完ぺきで、マーチングの振り付けを先生方と決めているのよ!」

「所作がキレイ!指先まで光ってて、ケアに何を使ってるんですか?ってお聞きしたら詳しくお手入れ方法を教えてくれて、放課後が最高に輝いた!」

「いつもきれいなハンカチを貸してくれて、お返しするときに新品をお渡しするのが吹奏楽部の習わし」


「「「「「ほんと、王子様だよねええ」」」」」」


 荒井友里は怒っていた。


 今の、エピソード!!!完全に!!!

 淑女のエピソードじゃないですか!?!?!?!!?!?!?


 細やかな気遣い!いつもいい香り!微笑み!優しさ!うつくしい所作!!!

 貴族か?!

 いや田舎の一般人ですけど!??!?!


 なんで王子って結論になるの!?!?!?


 ────……わかってる。


 駒井優は身長178cm、体重52kg の瘦身で、髪は黒色のサラサラショートヘア。ひとみは黒目勝ちで切れ長、長いまつげ、鼻筋、Eラインを保持。唇は薄い桜色。歯並びは幼稚舎の頃から最優良児として表彰をされるほどの美しさ。

 一度ならず、何度も新聞に載ったことがある。

 小学生の時には川に落ちた幼児を助けた。作文と詩で大臣賞を受賞した。水泳大会で全国優勝。中学の時には、書道・水泳で。高校に入ってからは、助っ人にもかかわらずバスケの全国大会でのピンナップ的に掲載された。地方紙だか「がんばれ吹奏楽部」なんてものにも。

 細々としたものから大きな賞までまんべんなくとれているのでは…?と思う程、もちろん成績も優秀。この高校では、国内全学年一斉テストがあるのだが、必ず上位10名に選ばれている。文武両道…という学校の目標に一番沿っていて、先生からの期待も熱い。


 表彰をされるとき、壇上で名前を呼ばれ、駒井優が歩み出ていく様は、まるで映画のようで、さわがしい体育館が静まり返る。その様子は、最上に美しくて、友里の怒りは収まるのだけど。


 でも、絵は壊滅的。バスケ、水泳、トランペット……なんでもできるが、縄跳びが下手。ピーマンとニンジンが食べられなくて(土の味がするらしい)スプラッタは平気なのに、お化けや幽霊みたいなふわっとしたものが苦手。煙とかも苦手。とってもかわいい。


 駒井優は完ぺきに美しくて完ぺきに見えるけれど、完璧じゃないところも可愛いとおわっておけばいいのに、そこで「完璧王子だよね!!」という同調へもっていこうとする世間の風潮が起こることに、荒井友里は怒っていた。

 2歳からの幼馴染で、駒井優のことを淑女だと思っている荒井友里は、駒井優王子ムーブを止めたかった。 


 ::::::::::::::::::::::::::::::


「どう思う!?」

 そう、荒井友里が食って掛かるのは当の本人である駒井優。

 1日の終わり、放課後4時半までに吹奏楽部に行くまでの15分。帰宅部の友里と優は誰もいない教室で、のんびり(?)と会話をする。

 日頃の教室では優が大勢に囲まれており、なかなか友里と話が出来ないからと、優が申し出てくれた"放課後15分"だ。


「どうって…どうしたら?」


 困惑してへにゃりとほほ笑む優。粗忽物の友里の、ジャケットのボタンが取れかけていたことに気付いてくれ、その繕い物をしている。可愛い。王子様ではない、友里の生粋の大推薦のお姫様だ。

「優ちゃんはお姫様なのに、みんなが「「王子」」っていう感じがむっかつくの。こんなに可愛くて、清楚で、おしとやかなのに」

「別にわたしは、性別なんてどうでもいいし…王子って思っている子は王子って思ってくれてもいいよ。どうせ、今だけだよ。20歳過ぎたら、きっとわたしの事なんて「いたな~」ってかんじになるでしょう」


 ふふと、ほほ笑みながら、優はパチリと縫い糸を切った。

「じゃああとなん年かは王子ムーブに耐えなきゃなの??」

「友里ちゃんがいやなら、離れててもいいのに」

(はなれる!?やだやだ!!!)友里は首を降る。


「そんなこと言ってないじゃん!優も髪の毛を伸ばすとか…、そういうのは?」


 ボタンを縫い付けてもらったジャケットを着なおしながら、友里は探るように言ってみた。ジャケット付きのジャンパースカートの制服のリボンも一緒に直し、友里は優を上目遣いにのぞき込んだ。


「うーん、髪伸ばしたことないから面倒だな。友里ちゃんみたいにふわふわの茶髪なら憧れちゃうし、ケアもがんばりたいけど、きっと洗いざらしのストーンとした感じになっちゃうだろうし、某おばけみたいで怖いよ、白い服着れなくなっちゃう…」

「さだこ?かやこ??」

「名前を言ったら!!くるかもしれないでしょう!?」

 優の”お化けこわい”ぶりにニコニコ友里が笑う。

「それこそ、淑女!ってかんじになると思うんだけど!白い帽子とワンピースが似合って~~」

「もうじき180cmになろうとしている身長なんですけど…。尺なんとかとか??絶対都市伝説のやつだもん…こわい……!」


 優はひとしきり怖がったあと、友里に微笑む。友里の無茶な発言も怒らず聞いてくれている。幼馴染の気安さで、怒らないでいてくれるのは重々に承知している。


「しかし!!あえて!!!!ここで変わっておきたいのだ!!!!

 16歳の今は!今しかないのだから!!!!」


「あえて言おう!””優・淑女計画””である!!!!」


 なんだかわからないけれど、握りこぶしを高く掲げる友里に、優は拍手をした。

「だからさ、まずはこのウイッグを…」

 ずるりとトートバックから、土日に美容院で仕込んだ美しい黒髪を出した。少し怖い。怖いものが苦手な優が「ひ」と小さく声を出した。

「たぶんサイズもあってると思う…これをね、つけてね、過ごしてみてほしいの!!絶対みんな、優の淑女ぶりに気付くと思うんだ……実は月曜日から持ってたんだけど、言い出せなくて、木曜日になってしまったから、ちょっと直すね、きれいなんだけど…!」

 友里はそういうと、一生懸命ウィッグにブラシをかけ、いい香りのする髪用のフレグランススプレーを吹きかけた。色々察してきた優は、ようやく口を開く。

「あー……だからこの間、わたしのサイズを測ってたのね、納得。……お金大丈夫??わたしのための計画なら、わたしもお金払うけど」

 まずは友里の懐の心配をした。

「大丈夫、14歳の時からこの計画は進んでいたのよ。今もバイトしてるし!それにこれは自己満足だから…!!!」

 ふふんと胸を張る荒井友里。

「…え、お疲れ様…??でもそれは、わたしに一言くれても良くない???」

 至極当然のことを、駒井優はつぶやいた。ウィッグの用意を終え、優の頭部にてきぱきと装着しながら、優に承諾を得て、友里は背面に回って少しだけ照れながらその理由を告げた。

「だって、優ちゃんは淑女で可愛いから、世間が先に気付くかもしれないって思って…そうじゃなかった時の、切り札で。わたしはずっと優ちゃんが可愛いって世間に知らしめたいだけなの!!!」


「………」


 沈黙が流れた。幼馴染の二人には当たり前の沈黙だった。

 放課後──、今日は一段と赤い夕焼けの光が教室に伸びていて、影の輪郭を青と赤と黄色で作り上げている。

 遠くでソフトボール部の掛け声、早めに始めている吹奏楽部員のパート練習の音がしている。いつもはざわついている教室で、友里とふたりきりで、ブラシの音だけが響くこの瞬間ごとが、優にはくすぐったく感じた。


「わたしは、友里ちゃんが、わたしを可愛いって思っているだけで充分なのになあ」


「できたー!!」

 友里の大きな声が響いた。


「きいてた?」

「なにが????」

 優が友里に振り向くと、友里がピッカピカの笑顔で達成感で震えていた。こちらを見もせず、手に持ったブラシなどを片付けて、周りを綺麗にしている。

「いいけど…」

 優が少しだけ拗ねた時に、唇を突き上げるのは癖だ。「あれ?なんか聞き逃したのならもう一回言って」とお願いしても「もう口は開かないよ」と…──友里にだけ見せるわがままな癖。

 もしかしたらお母さまには見せるかもだけどお家でも完璧淑女なので、友里にだけかもしれない。だから、その癖を見ると「かわいい!!!!」と思ってしまって友里はそれ以上踏み込まないのだ。

 ──今日は踏み込んでもいいのにと、優は少しだけ思った。



「かわいいいいいいいい~~~~!!!」

 高校生には、渾身の16000円のウィッグは、美容院でさらに9800円の磨きをかけたおかげもあって、優の卵型フェイスラインを的確に押さえ、美肌小顔はさらに小顔になった。その長身を生かしたロングストレートは長い首を際立たせ、良く知りもしないけれど、トップモデルかと思わせるようなハイクオリティな仕上がりだった。


「どうしよう!!!化粧とかする予定だったのに!!めっちゃきれい~~~!!」

 友里はその仕上がりに満足そうだったが、優はまだ少し甘えたい気分で

「そう?自分的には、髪が増えたな…という感じなんだけど…」などと毛先を遊ばせたまだ拗ねていた。しかし、その髪のサラサラ具合にハッと驚く。(ウィッグってこんなに手触りが良いんだ?)友里の頑張りを感じて、甘えたわがまま心をおさえようと一つ息を吐いた。


「んもう!!水差さないで!!!今日はそれで吹奏楽部に行ってね!!あ!!やばい!!もう電車乗らなきゃ!!!さいっこうにかわいい!!!あとで絶対みんなの様子教えてね!!!バイト終わったら連絡する!!!じゃああまたあしたねええ!!!!!」


 優の心などお構いなしに、一息で言って、友里はダッシュで教室を後にしてしまった。時間は16時25分。15分の約束なのに、今日は10分しか遊べなかった。


「勝手なんだから…」


 優はウィッグを外そうとして、しばらく考えて──友里の計画にのってあげてもいいかな、と思った。

 だってそう、かわいい友里の計画なんだから。


「わかってるのかなあ、わたしの気持ち。……わかんないんだろうな」


 はじめてのロングヘアーは少し重い。毛先で遊べるのはかなり気に入っていた。友里のヘアコロンの香りがして、優は、しかし、壊してはいけないと思い、そっと髪に絡ませた指をほどいた。

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