第7話 四天王 その3
私は、方向音痴ではない。
山に入れば一発で道なき道を覚えられるくらいには、記憶力がいい。
なのに魔王の部屋は、記憶した場所に存在しなかった。
それどころか、昨日はなかったはずの壁やら通路やらができている。
魔王の間までの道は基本的には一本道だったはずで、さっき、サンル兄さんと分かれた分岐以外に道はなく、特になんの変哲もない洞窟だったはずなのに。
今、目の前の道は、二つに分かれて伸びている。
一体どういうことなのか。
もしかしたら、この洞窟では、魔王もしくは他の誰かが壁を作ったり壊したりできるのかもしれない、と仮説を立てる。
それなら魔王の間が無くなっていたことにも説明がつく。
ただ、そうなるとサンル兄さんが心配だ。
元々、サンル兄さんの進んでいった方にはキッチンしかなく、行き止まりだった。
だから、敵が来たとしても背後を取られることなく、各個撃破できると踏んでいたのだ。
それに、四天王は魔王を守ることを優先するはずだから、魔王の間に向かう私たちに立ちはだかることはあっても、キッチンにいるサンル兄さんが襲われる可能性は低いと楽観視してしまっていた。
サンル兄さんは強い。
でも多勢に無勢で斬りかかられたら、かなり不利な状況に陥るだろう。
そこまで考えて、兄弟三人に私の見解を伝えると、三人は険しい顔になった。
「すぐにサンルのところに行く」
イチノー兄さんがそう即決して歩き出した。
私は急いで四天王ニッチを魔封じの縄で縛り上げ、幻覚を解いた。
ニッチは悪夢にうなされているようでなんだかちょっとだけ可哀想になったけれど、ニイラン兄さんがすかさず安眠の
放置しておけば、魔王側の誰かがニッチを解放するかもしれないし。
危険の芽は摘んでおくに限る。
そうしてニッチの処理を終え、ヨンスと私はイチノー兄さんの後に続いた。その後ろに騎士たち、そして最後尾にニイラン兄さんがつく。
先程溺れたことが原因か、すっかり大人しくなっていた騎士たちは、イチノー兄さんの判断に異を唱えることなく整列して進みだした。
そうして、足早に、けれど油断なく通路を進んでいくと、キッチンのある方向から激しい戦闘音が聞こえてきた。
剣戟を振るう音を聞くに、相手は相当な手練れだ。
私たちは全速力で走り出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「わたくしは四天王第二位のバーバラ! あなたを美味しく料理して差し上げるわ!!」
「……料理なら負けない」
サンル兄さんの元に到着したとき、すでにサンル兄さんは敵と戦っていた。
そして私たちも参戦しようとしたその時、四天王バーバラが名乗りを上げた。
助太刀しようにも、通路が狭い。
サンル兄さんは小回りの利く短めの剣、否、出刃包丁と牛刀を使って戦う双剣(?)使いの速度重視の軽戦士タイプだ。
だから下手に介入して動きを阻害するのはまずい。
やきもきしながら戦闘を見つめていると、肩にイチノー兄さんの大きな手がポンと乗せられた。
「サンルは強い。もしやられそうになったらその時に助けに入ればいい」
そうして私は、武器を構えながら、サンル兄さんと四天王バーバラの戦いを見守ることにした。
サンル兄さんは実力者だけど、それでもやっぱり心配で、私は、剣の柄に手をかけながらハラハラとその戦いを眺めた。
四天王バーバラは肉感的な美女で、少々目のやり場に困るきわどい衣装に身を包んでいる。
けれど、イチノー兄さんもニイラン兄さんもヨンスも、全く気にするそぶりを見せずに観戦していて、うちの兄弟は余すことなく戦闘狂だな、と改めて思った。
バーバラはさすが四天王第二位というだけあって、目にも留まらぬ速さで剣を繰り出すが、サンル兄さんもその速度に対応し、剣を受け流しながら戦っている。
サンル兄さんのリーチは短い。対するバーバラはレイピアを持っていて、戦いの主導権を握っている。
サンル兄さんも時に反撃に回るものの、四天王バーバラはなかなか隙を見せない。
「ふふふっ! 私の剣を受け止めるとは、なかなかやるわね! でも、防戦一方では私を倒すことはできないわよ?」
四天王バーバラは馬鹿にするように笑うと、サンル兄さんへ突きを放つ。
サンル兄さんはそれもきちんと
バーバラの攻撃を間一髪でくぐり抜けながら、サンル兄さんはすり足でゆっくりと移動し、攻撃の機会を伺っているように見える。
しかし、いつまでたっても、サンル兄さんは防戦の姿勢を崩さない。
私は剣の柄をギュッと握りしめながら、深い呼吸を意識して、サンル兄さんに危険が迫ればすぐに動けるように、油断なくその戦闘を見つめた。
「料理包丁などという玩具で私に立ち向かえるとでも思ったの? これ以上遊びに付き合う暇はないの。私を見くびったことを後悔するといいわ!」
「……玩具? …………遊び?」
サンル兄さんがピクリと反応を返した。
「料理は、遊びではない。後悔するのは、お前の方だ」
ようやく返ってきた反応に、四天王バーバラは眉をひそめる。
サンル兄さんは、そこまで言うと、一瞬で魔力を練り上げ、バーバラに向かって『水魔術:水柱』を放った。
四天王バーバラはそれを剣で斬りつつサンル兄さんに接近、サンル兄さんのがら空きの喉元にレイピアを突きつける……はずだった。
バーバラは気づかなかった。
その『足元』に展開した巨大な魔法陣に。
サンル兄さんは地面に描かれた巨大魔法陣に魔力を注いでいく。
バーバラはようやく状況を把握し、ステップを踏み魔法陣から離脱しようと跳躍するが、魔法陣の外に出ることは叶わず、バーバラを取り囲むようにして出現した無数の料理包丁で全身を切り裂かれた。
「ガハッ!」
バーバラは、血を吐きながらも素早く身を翻してサンル兄さんへ向き直ると、『火魔術:火炎柱』で無数の火柱を出現させ、それらをサンル兄さんに向けて放った。
しかし、それらはサンル兄さんが空中に撒いたサラダ油に弾かれ、霧散した。
「『料理する』といったはずだ」
冷え切った目でバーバラを見つめるサンル兄さんは、独自に編み出した『火魔術:揚焼』を高温のサラダ油と掛け合わせ、バーバラの肌を業火で焼く。
「きゃぁぁぁぁ!!!」
四天王バーバラから悲鳴が聞こえ、勝負がついたかと思われたその時。
バーバラが炎の中で笑った。
そして、次の瞬間。
バーバラはその炎を肌にまとい、サンル兄さんにせまり、その手で直接サンル兄さんの出刃包丁を握った。
高温でも溶けないように作られているはずの出刃包丁は、四天王バーバラの手が触れた場所から溶けだし、液体となって地面に落ちていく。
「うふふふっ! なぜ私が四天王第二位に上り詰めたか教えてあげるわ。私は炎そのもの。切りつけられても、焼かれても、痛くはないの。水も氷も一瞬で溶かし蒸発させられる。『最適温度』さえ調整できるの。……もちろん、人体を溶かす温度にだって調整できるわ。だから、私の、勝ちよ!」
そう言うとバーバラはその手をサンル兄さんの顔面目掛けて突き出した。
「サン兄!」
思わず叫ぶ。
あたりに高温の熱風が渦をまき、私は思わず腕で顔を覆い隠し、うずくまった。
ニイラン兄さんの張った結界によって、一定以上の熱風は入ってこないものの、かなり高い温度の空気が肌をかすめ、結界の外の惨状を想像させる。
「イチ兄! サン兄が!」
「落ち着け、アン。見ろ」
熱気が過ぎ去り、イチノー兄さんに声をかけられてようやくサンル兄さんに向き直ると――サンル兄さんは平然とその場に立っていた。
そして逆にバーバラは苦しそうに小さくなっている。
比喩ではない。
文字通り、体が縮んでいた。
「竈に火を入れる時は、空気を送るんだ。逆に、空気がないと火は消えてしまう」
サンル兄さんが幼い子供に言い聞かせるようにバーバラに話しかける。
「料理は遊びではない。命のやり取りだ。いただく命に敬意を払う、神聖な儀式だ。軽視するのは許さない」
よく見るとサンル兄さんの体にはピタリと張り付くように防火結界が張られている。
「お前は炎を自在に操れるようだが、俺は風と水も操る。野外料理の時に、山火事を起こすわけにはいかないからな」
サンル兄さんは、まともなことを言っている。
確かにまともなことを言っている、が、ズレているように感じてしまうのは私だけだろうか?
「このまま鎮火されたくなければ、料理に謝るんだ」
「クソがっ!」
「口が悪いな」
サンル兄さんはさらに空気をバーバラの周囲から抜き去っていき、大きな水の塊を空中に出現させた。
「再度警告する。鎮火されたくなければ、料理を馬鹿にしたことを謝れ」
今にも消えてしまいそうなくらい小さな炎となり、人型すら取れなくなった四天王バーバラが悔しそうに呻く。
「くっ! ……………………ったわ」
「もう一度」
「悪かったと言ったのよ! だから私を早く元に戻しなさいっ!」
四天王バーバラはそう叫び――そうして戦闘は終りを迎えた。
それからは、早かった。
サンル兄さんが四天王バーバラの周りを防火結界で包み込んで拘束した上、近くに転がっていた
「そんじゃ、魔王の間まで案内してもらおうか」
「その前に答えなさい! 魔王様をどうするつもりなの!? あの方の幸せを奪うつもり!?」
四天王バーバラは必死な表情でイチノー兄さんを睨みつける。
「んー、そうだなー」
イチノー兄さんが肩を回しながら私たち兄弟の方を向く。
「お前らはどうしたい?」
イチノー兄さん、考えるの面倒臭くなったんだろうな……。
「なんか、話聞く限り、魔王もただのんびりしてるだけみたいだしね~?」
ニイラン兄さんがのんびりと言う。
「ボクはみんなが決めたことに従うよ?」
ヨンスはなんでもいいみたいだ。
「魔界の食材を食べたい」
サンル兄さんは平常運転だ。
……魔界の食べ物って人間が食べていいの?
「とりあえず、話し合いをしてみない?」
私も無難に意見を言ってみる。
そうして全員の意見を聞くと、イチノー兄さんが頷いた。
「んじゃ、とりあえず、魔王と話すか」
そうイチノー兄さんが声を上げた瞬間、イチノー兄さんがフッと頭を横に倒した。
鋭利な刃が、さっきまでイチノー兄さんの頭のあった場所を通り過ぎる。
「痛ぇなー」
頬を少し傷つけられたイチノー兄さんはのんびりとそう言って拘束していた四天王たちをポイっと放り投げる。
そしてゆったりと、けれど隙なく構えの姿勢をとったのだった。
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