第4話 精鋭魔王討伐隊

『お姉さまへ


 ラーガルド国には勇者のためのパーティが組まれています。

 勇者が現れたらすぐにでも討伐隊として出発できるようにだそうです。

 あたしは元気ですので、心配しないでください。  メグ』



「ああ、みんな紹介しておくわ。黒魔術師のメグよ」

 メイド長があたしの肩書を「黒魔術師」と言ったのに驚いて横顔を見上げる。

 あたしはこの城でおおむね看護補助と洗濯係。

 王子の息子のお世話係をしている腰痛のジョン、調理場のラニおじさん、クエスト受付事務員のアリシア。三人とも微妙に笑っている。

「この国の勇者が見つかった日には、魔王討伐のためにともに戦う予定の我が国精鋭の皆さんよ。ジョンはそこそこの戦士だったのよ。三十年前はね。ラニは武闘家だったのよ。ああ、過去形にしてはいけないわね。二人ともごめんなさい。アリシアはこの国一番の白魔法使いよ。まあ、この国基準だけどね」

 極めて雑な、そしてちっとも褒めていない紹介をお互いどうやって流していいのか、正解を見つけられずにとりあえず男性は苦笑いしている。

 アリシアと紹介された大分ふくよかな女性はふぉふぉふぉと謎の笑い声らしき音声を漏らしながら近づいてきてあたしの両手をぐっと握った。

「勇者が見つかったら、私たちは魔王城に一緒に戦いに行くらしいの。みつかるまでは居候だから、いろいろお手伝いしないといけないんだけど、一緒に頑張りましょうね」

 白魔法使いだと紹介されたはずだが、触れた手のひらからほとんど魔力を感じない。静電気水準で「雷魔法」を言い張る感じ。

 仕事も看護班でもない。魔王城をめざす冒険者たちの生存状況と入国記録を確認する記録係。

 なんということでしょう。

 あたしは勇者パーティに抜擢されてしまったようだ。

 行くのか、この戦力で。 あの樹海を。

 多分死ぬ。樹海に入る前に。

「メイド長よぉ。姉ちゃんビビってるぞ」

 ジョンは腰痛がひどくて砦の階段も上がれない。子供達に教えるためのはずの模擬剣に縋り付いてしか歩行できない。このジジイならあたしの剣術でも倒せる。

「メイド長。夕飯の仕込みがあるんで、戻っていいっすかね」

 のっしのっし歩き去っていくラニおじさんの後ろ姿は肉厚。殴られたときの耐久性は確かにありそうだが、武闘家としての輝きの片鱗を感じられるほどの感受性があたしにはなかった。


「メイド長、言いたくないですけどあの三人より、警備兵のマンティスとかコベルカとかセンペスのほうが戦力になりそうですが」

 あの三人は多分ものすごく強い。

「警備兵の四天王」とか負傷者たちに呼ばれているが、四天王もなにもこの城の警備兵はマンティス、コベルカ、センペス、コクゾの四人しかいない。その四人で荒くれ者の冒険者を何気なく始末している。

 メイド長はちょっとまずいことを聞かれた、という顔をした。

 明らかにどう答えようかなあという感じに黒目が上瞼の縁をたどって左から右へぐるっと移動する。

「あんたが“あなたと一緒に人生の魔王城征伐に行きたいです”っていえばマンティスならついてきてくれるかもしれないわねえ」

「なんですか、その苦しまぎれ」

 あたしの追及をかき消すように、彼女はマンティスの名を空に向かって呼んだ。

 メイド長の声は腹の底から出ていて、谷向こうの山からやまびこが戻ってくる。

 瞬間、ふわりと音もなく、真上からマンティスが降ってきた。

「なんすか、メイド長」

 見上げた砦の高さは三階と同じほどある。砦の淵の下は崖、反対側は王城の壁。

 彼は、どこから現れた?

「ああ、マンティス。あんたのお姫様が、あんたと一緒に行きたいところがあるんだって。聞いてやんな」

 マンティスは満面の笑顔で、どこに行きたいのか聞いてくるし、どさくさまぎれてメイド長は姿を消すし、マンティスはめちゃくちゃ素敵だし。

 血止めの薬草を摘みに行くというベタなデートの約束を取り付け、押さえなければいけない大事なことを明らかに数点漏らしたことに目をつむった。



『お姉さまへ


 この国では勇者を探しています。

 魔王が復活するたびに「白い星」という存在が最もふさわしい者の中に入り込んで、その者を勇者たらしめるそうです。魔王が復活したら現れるそうですが、もう三十年ばかりみつかっていないそうです。

 勇者が現れたら一緒に戦う精鋭の仲間が選ばれていてずっと城に待機しています。

 先日、黒魔術師が七十二歳で死んでしまったそうなので、私が選ばれてしまいました。

 しばらく家には帰れないかもしれませんが、心配しないでください。  メグ』


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