第6話:長閑な町

 またしても、リデルは見知らぬ相手の言葉を額面通りに受け取った。


 引き続き彼女の先導に従って歩くアニエスとフィーネは思念を通じさせる魔法で雑談する。


(素直な子だねー)


(……はあ。こんないい子の心を盗み見たなんて。やっておいてなんだけど自分が嫌になりそう)


(おぉー。そこで完全に自己嫌悪しなくなった辺り、アニエスもちょっと大人になったのかな?)


(そうみたいね。きっと今にこの調子で最低最悪の魔法使いになるんだわ)


(あはは、拗ねないでよ)


 時折リデルと口頭での会話を交えつつ歩き続けると、やがて彼女とその同胞が暮らしているという町が見えてきた。


 建物にはいずれもアニエスとフィーネが知らない木材が利用されており、独特な形状も相まって二人の感覚からすると少し不思議な風景だった。 リデルはユニコーンから荷物を受け取り、二人を案内する。


 町に入って二人が最初に抱いた印象は『とても長閑なところ』。


 なにせ、放し飼いにされた山羊や羊がそこらを走り回り、それをリデルよりも幼い少年少女が追い回して遊び、大人達は作業をしながらそれを微笑ましそうに眺めている。


 歩く途中すれ違う人々はリデルと同じく獣と人の間のような姿をしていた。


 みなおおよそ似たような毛皮と尖った耳を持っており、少なくともこの町には同一の種族が暮らしているようだ。


 町の人々はリデルに連れられるアニエスとフィーネを見ては驚いた表情を浮かべる。


 中にはリデルに事情を尋ねてくる住民もいたのだが、彼女は『お客さまです。あとでおじいから説明させますから』と突っぱねてそのまま二人の案内を優先した。


 そして、町の中心辺りに着いたところで立ち止まる。


「少しだけお待ちください。族長にお二人のことを説明してくるので」


 そう言って他と比べて特段違いのない建物に入ったリデルを見送り、アニエスとフィーネは初めて訪れた異星の町について短めに言葉を交わす。


「ここ、人ってどのくらいいる?」


「辺りから流れてくる思念は千八百五十二人分。他の町もこれくらいの大きさだったの?」


「うん。ここ以外の三つの町も全部同じ感じだったよ。ってことは、この島にいる人は多くて八千人くらいかな。なんとなく数を調整している気がするね」


「でしょうね。この島以外に土地が無いわけだし、人口を増やし過ぎると今と同じような生活はできなくなる」


 そんな話をして待つ事数分、リデルが戻ってきた。


「お待たせしました。族長からお話がありますので、どうぞお入りください」


 様式こそこの星独特と言えたものの、ごく普通の民家らしき建物に招かれたアニエスとフィーネ。


 靴に関してはそもそもリデルの種族には必要無いようで、脱ぐよう促される事も無かった。


 ほんの数秒で族長が待つという部屋に通される。


「おお、本当に島の外から人が……! まさか私が生きている間にこのような日が来ようとは……ようこそ、よくぞ我が町へといらっしゃいました、旅する乙女たち」


 リデルからおじい、あるいは族長と呼ばれていた人物はアニエスとフィーネを見て心の底から驚嘆しているようだった。


 彼もまたリデル同様よそ者に対して特別な警戒心を抱いている様子は無い。


 他者の思念を読み取るアニエスからの心証は『平和な爺様』。


 フィーネ以外の他人に対して基本的に辛辣な彼女においては十分好印象と言える。


 アニエスは帽子を脱いで一礼し、自分達の名と目的を告げる。


「初めまして。アニエス・サンライトと申します。こちらは、フィーネ。私達は旅をしている途中、偶然この島に辿り着きました。もしよろしければしばらくの間の滞在と、ご迷惑にならない範囲で調べものの許可をいただきたいのですが」


「左様ですか。それは一向に構わないのですが……しかし、少々心配ですな……」


「と、言いますと?」


「我々は今まで同胞以外とは接してこなかったので、お二人を不快にさせたりはしないかと……そこのリデルから話を聞き、実は先ほどから私も失礼をせんかと緊張しっぱなしでしてな」


 族長の畏まった態度をフィーネは『面白いおじいさんだなぁ』などと思いつつ、異能により相手が何を考えているか把握しているアニエスに引き続き応対を任せる。


「お気になさらず。私達の方こそ至らない点があるかもしれませんので。その際、ご寛恕いただければ」


「おお、そうですか! でしたらこの爺、お二人にお聞きしたいことが――」


「はいはい、そこまでです族長! お二人はこの島に着いたばかりなんですよ? 休憩もさせずにいきなり質問攻めにする人がありますか! 町の代表として少しは自覚を持ってください! それから、あとでちゃんとみんなにもお二人のことを伝えておくように」


 リデルは好奇心に目を輝かせて旅人の話を聞きたがった族長を引きはがす。


 ぼそりと『孫が厳しい……』と愚痴をこぼした老翁をそのまま無視し、アニエスとフィーネを外へと連れ出す。


 二人が連れられたのは族長の家のすぐ筋向いにある、同じような民家だった。


「お気に召すかはわからないのですが……滞在中はこちらのお家をご自由にお使いください」


「いいの? ボクたち二人で使うにはだいぶ立派な気もするけど」


「来年くらいになったら夫婦が一組越してくる予定なのですが、それまでは空き家なので大丈夫です。むしろ、この町での生活がお二人にとって良いものになるのか心配です……」


「色々と気遣いありがとう。リデル、一つ聞いておきたい事があるのだけど」


「はい? なんでしょう?」


「さっきお会いしたお爺さん。あの人が町の長のようだけど、今年で幾つになったの?」


 アニエスは少し言葉を選びながら、先ほど族長と呼ばれていた老人と会った際に感じ取った疑問について確認を取る。


 リデルなり族長なりの記憶を読み取ってしまえば答えは出るが、あまり好む行為でもない点と、真っ当な方法で尋ねて知ったというやり取りを残すためだ。


 そんな含みのある当たり障りのない質問に対し、リデルは朗らかな調子で答えを返す。


「今年で百十三歳ですね。記録にある中で最長寿ということで、毎年みんなでお祝いしてるんですよ」

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