ガイアの腕を辿って
イシヤマ マイマイ
[第一話]始まりのレール:王の目覚め
とても濃く、暗い霧の中を二本のレールが平行に貫いている。レールの間は500メートル程で、それらはどこからか、そしてどこまで続いているのかも想像できないほどに長く続いている。
そのレールがそれほどの長さでも弛むことなく一直線に伸びているのは、その材質によるものだろう。石とも金属ともとれる材質で出来たそのレールは太さが5メートル程、断面が『工』の字を逆さにしたようなそのレールは凹面部分が薄く、そして青く光を放っており、辺り一面を覆っている濃霧の中でもレールがある程度の距離まで視認できるようになっている。
そしてその2本のレールの片方にぶら下がりながら、一つの『箱』のようなものが進んでくる。分かり易く言うならば、16の貨物コンテナを4つずつ縦に積み上げ、互いにそのまま連結したような…そんな無骨な物体。
その『箱』の中で、一人の男が目を覚まそうとしていた。
『箱』の中は暗く、微かに揺れている。そして温度と湿度は快適に保たれ、人の住環境としては、狭いことを除けば理想的に思えた。部屋の一面は透明で外側へと少し出張ったガラスの窓で占められ、窓の右手側には大きなカプセルが置かれ、その中で一人の若い男が黒い服を着て眠っている。窓の反対側には部屋のドアと、さらにちいさな部屋(トイレと浴室だろうか)が分けられている。窓から左手側の壁には備え付けの白い机と椅子、机の上には小さめのモニターが、机から生える様に置かれていた。
そしてカプセルのような寝台に入り死んだように眠っていた男が、ゆっくりとその胸を上下させ始めた。それと同時に机の上のモニターの電源が入る。そこには人の顔を模しているのだろうか、白い背景に目のように黒で二つのマルと、その下には口のように一本の横線が映し出されている。
〔起床の時間です〕
画面の口が動くと同時に幼さの残る女性の短い言葉が部屋に流れ、それに続いて部屋の明かりが点いてモニターから電子音のアラームが響き渡り、男の眠るカプセルが開いた。男は微かに瞼を動かすと、数秒の後に上半身を起こした。その目はまだ半開きだが、体は十分に目覚めているようで、寝台から立ち上がるとしっかりとした足取りで電子音を発し続けているモニターへと近付き、その画面に触れた。
電子音が消え、モニターの表情が微笑む。
〔おはようございます、『テン』様〕
目覚めた痩せ気味の男、テンはその言葉に微笑み返すとその口を開いた。
「もう何度目の目覚めかも忘れたな…『ツウ』、いつも通りに過去の『国』の記録の引継ぎと、この『国』を最寄りのタワーまで、全速力で頼む」
〔了解しました〕
ツウと呼ばれたモニターの中の顔はそう答えると画面から消えた。次の瞬間、微かな振動と同時に加速する慣性が働き、テンの体がよろけた。この部屋を含む箱…このテンという男の『国』がレールを伝う速度を上げたのだ。
テンは机の前の椅子に座るとモニターに手をかざす。すると今度は顔のようなものは表示されず、黒い背景に高速で光の文字が上から下へと流れて行く。
〔生活必需品の権利とデータから優先して取得中です。しばらくお待ちください〕
ツウの声だけが響き、テンもその声に頷きながら起きたばかりの体を慣らす様に伸びをする。
「またあの食生活か…今度は味変の研究でもするかな?流石に辛い・・・」
そこまで言ったテンの横顔に、部屋の白い明かりとは違う、黄色味のある光が差した。窓からほぼ真横方向に差し込んでくるその光にテンは目を細め、椅子から立ち上がると窓へと歩み寄りそこからの景色を眺めた。
遥か彼方まで広がる海と空、そしてその水平線から微かに顔を出す太陽。そしてこれまで辿ってきた、国の後方に伸びているレールが突き抜けて来た、天から海面までを覆い尽くしている霧の壁。国はたった今、この霧の壁を抜けたのだ。
そしてその反対、国の進む先にはどこまでも続いている2本のレールと、その先に微かに見えるレールが入って行く巨大なタワーが見えた。
「本当にどの線域でも景色は変わらないな…ここはどこの線域だ?」
テンはモニターへ振り向きながら尋ねた。ツウが声だけで答える。
〔『始まりの線域』です。前回訪れた際には治安が安定していた線域ですので、国の準備は十全に整えられるでしょう〕
その返答にテンは安心したように頷き、視線を窓の外へと向け直す。そしてしばらく考えた後、再び口を開いた。
「それじゃ…俺はまた『ガイア』を目指すか、ツウもそのつもりでいてくれ」
〔了解しました〕
ツウの短い返事を受け、テンは満足そうに部屋を出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます