二頭龍探偵 龍野士竜
まっく
二頭龍探偵登場!
マンションの前には警察車両と思われる車が数台。
たまたま訪れたマンションの目的の部屋の前に刑事とおそらく管理人、そして、分かりやすいまでに肩を落としている男。
開けっ放しにしてある部屋のドアから、鑑識が忙しく出入りしている。
どうやら、俺には事件を嗅ぎ付ける能力が生まれつき備わっているみたいだ。
やはり根っからの探偵体質なのだなと思いながら、俺は刑事に声を掛けた。
「こんにちは、刑事さん」
「なんだ、あんたは」
刑事が
「俺は、名前に二つの龍を持つ男、二頭龍探偵の
「え、何探偵だって? あんたどう見ても、宅配ピザの配達員じゃないか」
確かに俺は、某宅配ピザチェーンの制服を着ている。アルバイト中だ。
この部屋にピザを届けに来た。
「そうなんですが、ピザの配達員と探偵の二刀流でやらせてもらっています」
俺は探偵の方の名刺を刑事に渡した。まあ、探偵の方の名刺しか無いんだけど。
「龍野……、モグラって言うのか? 変わった名前だな」
「いやいや、さっきシリュウって名乗りましたよね。土じゃなくて士ですから! ちゃんと下の方が短いでしょうよ」
「ああ、わし老眼がずっと酷くってな」
刑事はそう言いながら、名刺を目に近づけたり離したりしている。
俺は「耳の方も悪くなってるんじゃないですか」と言いたい気持ちをグッと堪える。
今後、長い付き合いになるかもしれないからだ。
「これ字を間違えてるだろ。二頭龍じゃなくて二刀流だよな」
「違うんですよ。名前にほら龍と竜が計二つ入ってるじゃないですか。だから、二頭龍探偵」
「いや、意味が分からん」
そう言って、刑事は雑に名刺をポケットに入れる。
スーツの内ポケットじゃなくて、ズボンのポケットに入れたということは、こいつ後で捨てる気だな。
こんな細かい所に気が付くのは探偵として優秀な証だと思うが、とにかく今はムカつく。
捨てるなら、名刺を返してほしい。あんたらは会社から貰えるからいいけど、こっちは個人発注だから自腹切って作ってるんだから。
しかし、この刑事は歳も結構食ってそうだし、会話していても、いかにも頭が切れそうにない。
このままではこの事件は、迷宮入りしてしまうだろう。
ここはやはり俺の出番だ。
「この事件の謎、二頭龍探偵の龍野士竜が、四つの竜眼で見通し
よし決まった!
やはり、探偵たるもの……
「おい、うるさいぞモグラ!」
だから、シリュウだよ!
もう少し口上の余韻に浸ろうと思ってたのに。
こうなったら、探偵としての実力を見せつけるしかない。
「刑事さん。この部屋、密室だったんじゃないですか」
「なぜ、そう思う」
「まず、中で倒れてたのは奥さん。そこの男性は旦那さんってことでいいですね。そっちが管理人さん」
俺は順々に指し示していく。
「まあ、そうだが」
やはり、見立ては間違っていなかった。
「なぜ密室だと分かるか。答えは簡単。ドアのU字ロックが切断されている」
刑事は無言で頷く。
それくらいは普通だろうという顔か。
「ベランダの鍵も当然……」
俺は部屋の奥を覗き込む。
「掛かっていたよ」
「したがって、事件性は無いと」
「当たり前だろ、ある訳がない」
これだから日本の警察は。
「ベランダを見て下さい。不自然だとは思いませんか」
「何がだ」
「洗濯物が干してあります」
「それがどうした」
「干したなら、それを取り込まないといけない。それなのに、わざわざ鍵を掛ける人がいるでしょうか。これは作られた密室です」
「あの、うちの妻は開けたら、鍵を閉めるのが癖みたいになってまして」
今まで、黙りを決め込んでいた旦那が口を開いた。
これはあらかじめ考えていた言い訳か。
「最近は、物騒ですからねぇ」
と、管理人も聞きもしないのに答える。
まあ、それはいいだろう。
そういう人もいると言われれば、それまでだ。
U字ロックのトリックの方は、殺人の動機にも関わる部分なので後回しにして、次はどうやって自然死に見せたのかのトリックを解き明かしていこう。
「では、次に奥さんに起こった
刑事は足をトントンと鳴らしている。
自分の見立てを引っくり返されそうで少しイラついているようだが、話を続ける。
「テーブルの上に、食べかけのケーキがありますね」
「モグラのクセに目が良いんだな」
モグラ呼ばわりも今のうちだ。
「俺は老眼じゃなくて、竜眼ですからね」
俺の鋭い切り返しに刑事は黙り込む。
「あのケーキ、パティスリーMIYAMOTOの黒糖ロールケーキで間違いないですね。旦那さん」
「確か、そんな感じだったかな」
旦那は手を頭にやり、分かりやすく動揺している。
「このロールケーキは、その名の通りの黒糖と、もう一つ上に振りかけている白い
俺は刑事、旦那、管理人と順に目線を巡らせる。
「調べれば分かると思いますが、その粉糖の中に巧みにアーモンドパウダーが混ぜられています」
誰も言葉を発しないので続ける。
「奥さんはアーモンドアレルギーだが重度ではない為、アナフィラキシーショックで殺害は出来ない。しかし、以前誤ってアーモンドを口にした奥さんが意識混濁に陥ったことを利用しようと考えついた。反撃出来ない奥さんの首に手を掛け、文字通り真綿で首を絞めるがごとく、ゆっくりとゆっくりと死へと誘う。それにより、縊死の所見もアナフィラキシーショックの所見も誤魔化せるはずだと」
俺の推理を聞く三人は、その鮮やかさに言葉が出ないようだ。
「果たして、それは上手くいき、見事に自然死だと判断されました。おそらくは自殺に偽装することも考えていたのでしょうが、奥さんは殺される直前に宅配ピザを注文していたのですから、犯人は運が良かったと言えるでしょう。これから自殺しようとする人がピザを注文するはず無いですからね」
ここで、俺は手に持っていたコーラの蓋を開けて、口を湿らせ一呼吸。
「しかし! 派遣された配達員が、ピザ配達員と探偵の二刀流、二頭龍探偵の龍野士竜だったのが運の尽き。神妙にお縄を頂戴せーいっ!」
ビシッと決まったところで、さらに推理を畳み掛ける。
「最後にU字ロックによる密室のトリックですが、粘着テープと紐により、外からU字ロックを掛けることが可能です」
俺は細かい手順を、三人に説明した。
「U字ロックの先端部からテープの粘着物質が検出されるでしょうから、調べてみて下さい」
刑事は諦めに似たような表情をする。
自分の見立ての甘さを後悔しているのかもしれない。
「そして、この手口こそが、犯行動機にも繋がっているのです」
そこで俺はコーラをもう一口飲む。
「この手口、この界隈を
それを聞いた旦那の目から、光が失われたように見えた。
「何を隠そう私がピザを配達に来たこの部屋こそ
旦那は観念したように言葉を発する。
「いえ、私は田中です」
え、田中?
俺はゆっくりと表札に目をやる。
あ、マジで田中だ。
「おい、モグラ。仁藤さんはお隣だ」
刑事の言葉なんて聞こえないふりをして立て直す。
「か、もしくは……、か、もしくは!」
「なんだよ『か、もしくは』って」
「お、俺は二頭の龍の四つの竜眼で謎を解く探偵。自ずと導き出される答えは二つ。二答流だ!」
こうなったら勢いでいくしかない!
「管理人のふりをした隣の住人の仁藤さん、あなたが伝説の居空き師ニトウです!」
管理人と名乗っていた男は、冷静に名刺を取り出し、俺の方へと突き出す。
「
うわー、変わった名前。
全然、仁藤さんじゃない。
「モグラ、もう観念しろ。お前の推理はこれっぽっちも当たってない」
刑事が俺の肩に手を置く。
「そもそも奥さんは貧血で気を失ってただけで死んでないから」
確かに俺、死体見てない。
「たまたま電話した旦那が電話に出ないのを心配して帰ってきたが、チャイムを押しても反応がないので、大事になってはいけないとレスキュー呼んでU字ロックを切断したわけ」
一番ありそうだね。
「一応、警察も形だけ現場検証しないといけなくてね。旦那さんも奥さんが心配だろうが、戻って来てもらったんだ」
皆様、ご苦労様です。
「あと、わし盗犯係が長かったから分かるんだが『伝説の居空き師ニトウ』なんていないからな」
ですよねー。
「セコい空き巣の
あー、ちょっと惜しかったんだ。
「ところでモグラ。ピザの配達はいいのか」
ヤベ、隣の仁藤さんピザ待ってるんだった。めっちゃ待たしてるわ、これ。
そして、俺、仁藤さんのコーラ少し飲んじゃってるし。
あー、これ完全に刀一本失ったな。
まあ、短い方のやつだからいいか。
と、精一杯強がっておく。
二頭龍探偵の龍野士竜のデビュー戦、惨敗!
二頭龍探偵 龍野士竜 まっく @mac_500324
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