二刀者は一刀も怨ず

名苗瑞輝

二刀者は一刀も怨ず

「二刀流やりたくね?」


 体育の授業の最中、大城戸おおきどが言った。

 別に藪から棒というわけでもない。授業の内容が剣道だからだ。


「ええやん。俺の竹刀使うか?」

「サンキュー。んじゃ矢嶋やしま、勝負しようぜ」


 佐倉さくらから渡された竹刀を携え、大城戸は俺に向けて声をかけてきた。

 互いに剣道については初心者同士。勝てる気はしないが、負ける気もしない。俺は二つ返事で勝負を受けた。


「始め!」


 佐倉の合図で試合が始まる。

 早速大城戸が右手に持つ竹刀が振り下ろされる。それを竹刀で受け止めるが、すぐにもう一方の竹刀が胴を狙おうとしているのが判った。

 得物が二つあるというのはやはりアドバンテージである。ここまで来てようやく勝てる気がしなくなってきた。

 ……いや。


「おらメーン!」

「どーう!」


 半ば自棄やけでの面打ちは、大城戸の右手の竹刀に当たりこそしたが、それだけではない手応えを感じている。

 しかしもちろん、大城戸の左手の竹刀も俺の胴を捉えている。だからこそ審判役の佐倉は判定を迷っている。

 俺も大城戸も身動き一つせず佐倉の答えを待ち続け、やがて佐倉はこう答えた。


「矢嶋の勝ちやな」


 辛勝したことが判り、俺はホッとした。

 まあこんなお遊びにマジになっていたわけでもないんだけど。


「うっそだろ」

「ちゅーか大城戸、竹刀の振り遅いし矢嶋の面打ち防ぎ切れてへんし、二刀流が見かけ倒しでダサすぎるわ」

「片手で竹刀振るのムズいんだよ」


 そう言って大城戸は佐倉に竹刀を返した。なのでこの件はこれで終わった。


* * *


「ちゅーわけで、二刀流三銃士に来てもろたで」

「二刀流三銃士?」


 昼休み、いつメンで集まったときに佐倉が突然そう言いだした。まさか二刀流の話がまだ生きているとは思わなかったし、多分大城戸もそう思っていただろう。しかし気にはなるというか、面白そうだといわんばかりに話を促した。

 というか二刀流三銃士って、刀なのか銃なのか、二なのか三なのかハッキリしないが狙って言ってるのか?


「まずは色んな女を股にかけるくそ野郎、佐藤さとう

「おいなんだいきなり」

「こいつの場合、二刀ってか二股、いや何股だ? お前一本の刀で何人切りした?」

「馬鹿なことに巻き込まれてるのは解った」


 やれやれといった風な素振りを見せる佐藤は、この件に関しては完全に巻き込まれである。だが同情はしない。日頃の行いもあって、もはやこの立ち位置で定着しているからだ。

 まあもちろん、完全にネタで選ばれただろう佐藤は実際に二刀流について語れるはずもないと思いつつ、次の紹介を待った。


「次はお嬢様キャラとギャルを使い分ける椿本つばきもと

「おっ、アタシ?」

「椿本は二刀流ってか、武器を使い分けてるだけじゃね?」


 これも大城戸の言うとおりで、椿本は別に二刀流ってわけじゃない。

 まあ三銃士とやらの数合わせだろうな。多分次が本命だろう。……残った顔ぶれに期待は出来ないが。


「最後は男も女も行ける穂積ほづみや」

「いやお前、そういうのは両刀って言うんだろ」

「大城戸くん、両刀って言うのは太刀と脇差のことを言うんだよ。まあ……本来の意味の二刀流じゃないけどね、もちろん」


 別の意味で両刀ということを否定しないのが穂積らしいし、それについて揶揄うつもりは俺たちにはない。

 ないはずだが、しかしこのネタは少し踏み込みすぎな気もする。

 傍目に少し焦った俺だが、穂積は意に介さずといった雰囲気で話を続ける。


「剣道で二刀流がやりたいって話でいいかな?」

「おう。まさかの矢嶋に敗北だぜ? ありえんくね?」


 何故俺を引き合いに出すのかと思ったが、まあ事実ではあるので「雑魚かったぞ」と煽っておいた。

 しかし穂積はそれに乗っかることはせず、真面目に訊ねてきた。


「ちゃんと二刀流用の竹刀使った?」

「二刀流用?」

「ほら、さっき太刀と脇差の話したでしょ? 剣道の二刀流って基本はその二本を同時に振るうことだよ」


 そう言われて想像して、確かに武士が持つ刀は片方が短かった気がしてきた。武士の剣術が源流ならそれは納得だ。

 そして一方が短い脇差だというのなら、その扱いは変わってくるに違いない。


「二刀流の難しいとこって剣の振り方だよな」

「何だ、佐藤もやったことあるのか?」

「無いけど、なんとなく解るだろ? 一刀なら上手を支点、下手を力点としたの原理で振れるけど、二刀流はそうもいかないからな」

「あー」


 確かに大城戸の振りキレが無かった。それに片手では受けきれなくて最後は押し切れたのも思い出した。

 そのことを伝えると、今度は椿本が提案する。


「なら受けるのは小刀が良いくない? 受けた時もてこの原理は働くし、だったら短い方が無理なく受けれるんじゃね?」

「そうだね。それに小刀はリーチも短いから有効打には欠けそうだしね」


 まあそんな具合で思いのほか話は盛り上がり、大城戸への二刀流講義は進展していく。


「なんだよ、ホントに二刀流三銃士って感じじゃん」


 口出しせず聞き専となった俺は、言いだしっぺの佐倉を称えるつもりでそう声をかけた。


「そらあの三人は賢いでな。ちょっと考えたらなんとかなるやろ思うて」

「当てずっぽうかよ」

「当たり前やろ。マジでやるなら剣道部に声かけるやろ、普通」

「そりゃそうだ」


 まあ所詮はお遊びというわけだ。

 次の授業でまた相手させられるんだろな。そう思っていたが、事態は別の方向へと転がった。


「じゃあ佐藤、勝負するぞ」

「は? 何で俺なんだよ。大体クラス違うから授業も別だろ」

「一刀で百人切りしたお前に勝てれば完璧じゃね?」

「いや、切ってないからな」

「うるせえ、日向ひむかい一人で百人分じゃ」


 とまあいつも通り大城戸は佐藤を目の敵にして難癖を付ける。もちろん本気じゃない……と思う。


「やるなら融通するけどどーする?」


 大城戸の無茶振りを止める者などいなかった。それどころか椿本は同情を使えるようにすると言い出す始末だ。いいぞ、もっとやれ。

 だから佐藤もやれやれといった具合に観念した。しかし、これは最近気づいたことなんだが、こんな素振りを見せてはいるが、たぶん佐藤は勝負事が好きに違いない。それでいて、勝算のない勝負はしない。そう言う奴だ。


* * *


 そして次の日の昼休み。俺たちは道場に集まった。

 椿本曰く、昨日の放課後にでもやりたかったのだが、流石に剣道部が使っているし、俺たちも部活があるからとこのタイミングになった。


「それじゃあ、始め!」


 今度は穂積のかけ声で試合が始まる。

 まずは互いに様子をうかがう。違うのはその構え。ジッと上下に竹刀を構える大城戸に対し、佐藤はゆらゆらと剣先を動かす。

 先に動いたのは佐藤だった。ずっと剣先が動いていたから予備動作が判りにくかったし、勢いがつくからかその動きは素早かった。

 しかし大城戸は小刀でそれを受けた。すぐさま太刀で胴へ斬りかかるが、佐藤は手元のほうで受けてやり過ごす。

 今度は大城戸が動き、それに呼応するように佐藤が動いたが、すぐに大城戸は動きを止めた。フェイントで出来た隙を大城戸は見逃さなかったが、しかし佐藤はそれより早く面に打ち込んだ。


「勝負ありだね」

「くっそ! マジかよ」

「惜しかったね。けど拓真くんが思ったより強かったね」

「ホントだよ、何なのお前」

「普通に授業で教わっただけだぞ」


 サラッとそう言う佐藤に対して大城戸は怨嗟の声を漏らす。

 授業だけでそう上手くやれるかはともかく、まあ二刀流とかって遊んでた俺たちが悪いのは確かだ。

 まずは剣道そのものをしっかりやらないと二刀流は難しいのかもしれない。まさに二兎追うものは一兎も得ず。……この場合は急がば回れか?

 まあ何にせよ、大城戸がこれで諦めてくればいいんだけどな。

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二刀者は一刀も怨ず 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

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