魔道王国空虚奇譚

@senngoku

第1話

世界の果てには魔道王国と言われる魔法を生活の糧にしている国がある。誠密やかに魔道王国と伝えられている国や領土というのは実際に少なからず存在している。街道士(かいどうし)が生きる、サロペスタ魔道王国もその一つである。

東西、南北に走る国家主街道鉄道、「ナユタ」「カナタ」。それを守るためにサロペスタ魔道王国は街道士という存在を創り上げた。所謂、冒険者である。


「テリー………?テリー!?何処、テリー!!」

遡ること数十年前、ナユタ、カナタをめぐる大きな大戦の最中。彼女はハーフリングと呼ばれる小さきものだった。

前線で戦っていた彼女は、開戦と同時に降り始めた雨が激しさを増し、視界を覆う中、愛しの彼の名を叫び気味に呼ぶ。他の仲間の安否は確認出来ている。あとは彼だけなのだ。

しかし、帰ってくるのは無慈悲な雨音のみで。

髪から滴る水滴が雨なのか、魔獣のオイルなのか、そそれとも、……彼女の涙なのか。

もはや、それは誰にもわからなかった。


たった数世代前、肆十年にも満たない昔、戻って来ないモノを憂いた人がいた。喪ったモノを喜んだモノもいた。その戻って来ないモノも戻ってきたものも大戦と呼ばれる戦いに身を投じていた。開戦から参十年続いた「主街道奪還大戦」。通称大戦。どれは魔獣にもそれ以外にも甚大すぎる被害を及ぼして幕を下ろした。


それから子が親になるほどの時間を経て、復興とは名ばかりと言っていいほどに進められる主街道からなる開発は、サロペスタの端々にまで渡り、幾重にも重なる中継地点が出来、そこには大小さまざまな街が出来ていった。


その中の一つ、カナタを経由する街、トランジット。そこでは今帰ってきたばかりの街道士が首を傾げて困り果てていた。


「ギルドはどっちだったか……」

リベリアは困り果てていた。新しいギルドに顔出しがてら報告に行かねばならないが、この街は生まれ育った片田舎の村よりも大きく残念ながら慣れない。早急に誰かめぼしい人にこの街のギルドの場所を教えてもらわねば。

 街道士、リベリアの思う通りトランジットの街は大きすぎる上に道が入り組んでいる。旅人に近い街道士はなかなかギルドにたどり着けない街としても有名である。これ以上に大きいといわれている首都や第二首都を考えるとそれだけで気が狂いそうになるほどだ。そんな中きょろきょろと道を見渡すリベリアをとうとう見兼ねたのか、小さな影が声をかけた。

「その様子はこの街の新入りさんでちね?」

声を掛けたその人影は物騒な槌を腰に下げているが先ほども言った通り小さい。80センチほどあればいいほどの小ささで、更に2.5頭身ほどである。かの人はウクレレを弾き鳴らしながらゆらゆらと近づいてくる。

「え、あ、はい。そうだけど、気に障ったらごめん。おチビさんはギルドの場所わかるのか?」

リベリアはその小さな人影をじっと見つめる。どうやら嘘をついて居たり悪い人だったりということはなさそうだ。少々ゆらゆらしているところを見ると足取りが心配になってしまうが。

「とーぜんでしゅ!!なんせ、この街で街道士50年やってまちから」

えっへんと小さな体で胸を張る。50年と言ったがとてもじゃないが50年も生きているような見た目には見えない。

「んん。そうなんですが。えっ50年……⁉」

見えない、どう見ても50を超えてるようには見えない。そんなその人物に唖然とする。どう見ても若すぎる、というより幼すぎる。もっと老けていていいと筈だとリベリアは思う。

「こー見えてベテランなんでちよ。さあさ、ギルド行くなら着いてきてでしゅ」

テケテケと短い脚ですたこらと歩いていく。早い、思った以上に足が速い。

「ベテラン……すごい……やっぱりデカい街は違う、って、はい!」

慣れた様子ですたこら歩いていくその小さな背中を追って歩いていく。

確かに大きな街に入り組んだ道。しかしこの街にこなれた住民は最適な道順を記憶している。最適な通路を通ればものの数分でギルドの入り口まで着いてしまった。早い。慣れるとここまで早いのかとリベリアは舌を巻いた。

「ここでしゅ。さ、新しい場所だからって尻込みしないでいくでちよー」

 ぎぃ、と重厚な音を立てる扉を押し開く小さな背中をリベリアは見つめる。

一瞬で開ける視界には大きなホールと何人もの街道士であろう人が映り込む。食事をしているものや、クエストを受注する者もいれば、軟派にも受付嬢にデートの誘いをしている者もいるようだ。

「広い、デカい……村のと比べちゃいけないけど……」

緊張しているのかリベリアの右手であるピッグテールが震える。改めて自分は街道士としてきたんだと奮い立たせる。それでも呆然とその空間を見つめてしまう。本当に広すぎる。

「最初は緊張するでちよね。まあでももっとここでは気楽でいいでしゅ。牛乳くださいでち!!」

慣れた様子ですたすたとカウンター席に堂々と飛び乗り、大手を振って注文をする。どうやら牛乳が好きらしい。

「あいよー!」と元気な男性の声がギルドに響く。どうやらギルドで働いているバーテンダーらしい。彼が牛乳の準備をしている中、その様子を見た受付嬢であろう少女が声を掛ける。

「お帰りなさい!任務お疲れさまでした!」

「いつも通り湧いてくる魔獣をどうにかしただけでちよ。一息ついたらまた次のクエストでしゅ」

腰を改めて落ち着かせてはカウンダ―でのんびりと気を抜く。

「なかなか魔獣は居なくなりませんね。本当にどこから現れているんでしょうか。ご注文の牛乳と、支払いのバルドです。どうぞ」

牛乳が入った年季のあるカップとこの国の共通貨幣であるバルドが入った袋を受付嬢である、大きな羊のピッグテールを付けた少女、ベロニカが差し出す。

「はい、ありがとうでしゅ」

袋を受け取りカップの中の牛乳を一気に胃に流し込む。これが彼女の至福の時である。

「五臓六腑に染み渡りますよねぇ」

分かるわかるというように頷くベロニカに小さな影は頷く。

「あ、お兄さん、こっち、こっちでしゅよー」

未だに呆然と、またはきらきらとした目でギルドの中を見つめていたリベリアは我に返り彼女のほうに視線を向ける。

「あ、はい、ありがとうございます」

リベリアをここまで連れてきてくれた人が手招きしているのを発見し、そちらに足を向ける。

「……………っ〜!!」

どうにも手足が短過ぎるのか隣の席ポンポンが出来ない。それを見てかわいいなぁと思いながらも隣に座れということだろうと察し、リベリアは彼女の隣に腰を下ろした。

「……おほん。この子にも一杯。私のおごりでしゅ。何飲むでしゅ?」

「じゃあ、牛乳で。ありがとうございます」

「そういえばお兄さんはどこから来たでしゅ?こっちに来て日が浅いとみまちたが」

牛乳を飲みながら真面目な質問をする。

「ベガの方角にある小さ村から出てきたんです。街道士の仕事が欲しくて」

リベリアは真面目に答えた。たとえ面倒臭がりでも助けてもらった恩がある人の問いに答えないわけにはいかなかった。

「なるほどなるほど。確かに、街道士は危険な分実入りがそれなりにいいでしゅからね」

ふむふむ、というように何度か頷きながら彼女は言葉をつづけた。

「あっ、申し遅れました。カーラでち。よろしくでしゅ!」

カーラと名乗った彼女の笑顔はたしかに天真爛漫というべき素敵なものだった。が、先ほどの牛乳でだろう、白髭が出来ており、すべてを台無しにしていた。

「村にいるより、街に出て仕事を探したほうがいいといわれたんで……。俺はリベリアです。よろしく、カーラさん」

つられて温和な笑みを浮かべるも、牛乳による白髭で別の笑いが生まれそうになる。

可愛らしい人だ、とリベリアは思った。

「じゃあリアちゃんと呼ぶでしゅ。早速でしゅがリアちゃん。街道士やるならいい人とパーティーを組むでち。どんなに街道士のえらーい人でも一人じゃ限界があるでしゅ。なので、いい人と組むべし!!でちよー」

牛乳のまだ入ったカップを握りしめ、カーラは力説する。

力説しているものの白髭は消えていないが。

「リアちゃん……」

まさかのあだ名に一瞬ぽかんとするも、その流れでカーラの口から出た真剣な話に集中しようとするも、白髭が目に入って集中できない。

「カーラさん、お髭になってます、牛乳が……」

この現状で突っ込まずに居れるものがいようか、いや、いない。

「はい牛乳もういっちょ!」

とん、と小気味よい音とともに差し出される牛乳にリベリアはぺこりと頭を下げる。

「おっと、失礼しました」

どこからか取り出されたハンカチーフで口を拭うカーラに苦笑を漏らす。

「ふふ、いえいえ、ご馳走になります」

一口牛乳に口を付ける。ー美味。これは美味だ。故郷の村が頭をよぎる位には美味だ。牛乳に舌鼓を打っている中、二人の会話が途切れた間合いを見計らっていたのか、カウンターの向こうにいる大きな羊の角のピッグテールを付けた少女が口を開く。

「新しい街道士さん、いらっしゃいませ、私はこのギルドの受付をやっています。ベロニカと申します」

「あ、はい。宜しく、ベロニカさん」

ぺこりと頭を下げるリベリアに、ベロニカも釣られたように頭を下げる。

その様子を見た後、カーラはお勘定分のバルドをトンとカウンターに置き、席から飛び降りる。

「さてさて、そろそろ私は次の依頼にいくでしゅ」

「カーラさん、次はどちらに行かれますか?現在はカペラかポルクスのヴォリル退治が来ていますが……ちょっと難点がありまして……」

うむむ、と悩む様子のベロニカにカーラは首を傾げた。


「難点?いったいなんでち?」

普段着の上から大雑把に戦闘服らしきものを着込みながらカーラは問う。

もっとも、着込んでいるものはどこからどう見てもペンギンの着ぐるみにしか見えないので、何かいかついもの、というわけではない。

「それが、任務によっては人数の縛りがあるのはご存じだと思うんですが……」

煮え切らない様子の受付嬢、ベロニカの反応にカーラは納得する。これは複数面子でのクエストらしい。

「あー、ぼっちお断りの任務でしゅかぁ……そりゃ適当な奴でも無理矢理つれてきましゅかね……」

きょろきょろと周囲の暇そうな男でもいないかと探すも、街道士という仕事をしている者の大半は固定のメンバーを組んでいる者が多かった。

「……どいつもこいつも固定組んでる奴しか居ないでしゅね」

ぽりぽりと後頭部を掻くカーラ。ふと振り返るとある男の姿が目に入った。リベリアだ。そうだ、リベリアがいるじゃないか、とカーラは思うより先に口を開いていた。

「ねえリアちゃん。これからの用事どんなかんじでち?」

その言葉に、話題を振られるとは思っていなかった為リベリアは目を見開いた。雅が自分が指名を受けるとは、という気持ちもあるのだろう。特に急ぎの用事はないことを思いだして、口を開く。

「特に何もないですね。依頼は受けようかと思っていましたが……」

その返答に安堵したのか、ホッと息をつく。これで最低条件は達成だ。

「じゃあ私とパーティー組んで私の任務に来て欲しいでち。

大丈夫!!お姉さんがばーっと全部薙ぎ倒しちゃうでしゅから!」

やたらとカーラは自信があるようだ。しかし彼女の左耳についているストラップ、街道士のランクを示すストラップと言われるアクセサリーの色は見間違いでなければブロンズ。ましてやこの小さい体躯にそんな力があるようにはとてもじゃないが見えない。

「え、でもそんなふうには見えませんけど……カーラさんのストラップはブロンズのようですし……」

何か秘策でもあるのだろうか、こんな小さな体躯の彼女が大きな相手をなぎ倒すだけの力があるというのなら見てみたいところだ、とリベリアは思う。

その反応がわかっていたようにカラカラと小さい体躯でカーラは笑った。

「私こう見えて50年やってるといったでちよ。まあまあ、ちょっと失礼」

「え。あぁ、言ってましたね。そういえば」

ガサゴソとバックパックからメイスのようなものを取りだし、ひょい、と差し出す。軽々と扱っているカーラの姿を見る限り軽いのだろうか、と思いながら手渡されたものを頷いて受け取ると、ズシ、と途端に重さが片手に広がり取り落としてしまった。

「重いっ…!」

「おっとと」

地面につく住んでのところで拾うカーラはそれを再び重さなど感じないように扱い始める。

「まあ、こんな見た目でしゅがそんじょそこらの男に膂力じゃ負けないでち。……それに、ここだけの話でしゅがコレ。実はあの伝説のパックのひとつなんでしゅよ」

後半は周りに聞こえないようにとの配慮だろうか、声を小さめに絞って話したものの、耳に届いた言葉はとんでもないものだ。

その言葉にこの人、本当にブロンズランクなのか、本当はとんでもなく強いんじゃないかとリベリアは呆然とする。

「たしかに、ごめんなさい。ちょっと侮っていました。伝説のパック…ってえぇっ…!?」

伝説のパックと言われる武器の一つにリベリアは舌を巻く。こんなものが本当に存在していたのか、現実では見たことなどもちろんなく、あったのかと感嘆の息を漏らした。

その様子をみていたベロニカが二人ならクエストに行けるのでは、と口を開く。

「どうします……?推奨は四人ですが二人でも可能ですよ……?」

「リアちゃんさえ良ければ二人でいくでしゅよ。不安になる必要はないでち。先輩にドーンと任せるでちよ!」

先ほど取り出したメイスをバックパックにしまい、カーラは着実に出発する準備を整え始めている。

しかしリベリアは悩んでた。できることならパーティーは多いほうがいいのかもしれない、と。

「四人推奨なんですよね?」

「はい」

こくりとうなずくロベリアにリベリアは口を開く。

「四人推奨ってことはそれだけ苦戦する可能性がある、とも取れるんですよね。もう一人か二人集まるまで待ってみませんか?カーラさん」

「まぁ確かに。安全マージンを取るのは大事でしゅね。うーん、改めて暇そうな子さがしましゅかぁ…」

また周囲を見渡す。一歩歩くたびにしっぽがぷりぷりと揺れて可愛らしい。と思いながらリベリアは倣って周りを見渡す。

何度見てもとても戦闘服には見えないのである。

「では人数が集まり次第お声がけくださいね。お待ちしてますのでゆっくりで大丈夫ですよ」

先ほどと違いニコニコと笑みをこぼすベロニカに頷くリベリアは再度口を開く。

「はい、ベロニカさん」

とりあえず周囲を見渡す。固定のグループを組んでいる雰囲気のない単独の誰かはいないだろうか。

「は〜いお疲れ様〜!

………はぁ…。また巻き込まれた…。今日だけでもう二件目。まぁこれで家具買えるからいいけど。報酬お願いしま〜す」

先ほどまで組まされていたのであろう、パーティーと別れカウンターに向かう男が一人いた。

「リアちゃん、アレでしゅ!!」

「確保!!」

その男に近づいて、リベリアはこう叫んだ。

「突然ですみません!パーティー組んでくれませんか!」

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