第45話・憎しみの理由
話は少し前に戻る。
ドラゴンに襲われたスザンヌは、ディスタルの馬を奪って逃げ出した。
馬を奪われた後のディスタルがどうなるかという事は、どうでも良かった。
彼はスザンヌを守ろうとしなかった。
操ろうにも、スザンヌの持つ、人を操る魔法も効かなかった。
そして、アリアならディスタルを守れたかもしれないと、スザンヌとアリアを比べ、スザンヌを貶めるような発言をした。
「あの男……ディスタル、絶対に許さない。私とあの女を比べるなんて……」
スザンヌはディスタルの言葉に苛立ったまま、過去のある出来事を思い出していた。
その出来事とは、今から七年前、スザンヌが十五歳の頃に起こった出来事だった。
ウクブレストで歌唱大会が行われたのだ。
スザンヌの実家であるマッコール家は、男爵家ではあるが、とても貧乏だった。
歌唱大会で優勝すれば、賞金が出る……少しでも家計を助けられるかもしれないと、幼い頃から歌に自信があったスザンヌは、歌唱大会に出る事にした。
それに、歌唱大会には、ウクブレスト王と王妃も招かれていた。
気に入ってもらえれば、王宮で歌う機会があるかもしれない。
そしてお金持ちで素敵な男性に見初められて、自分も家族もお金に困らない、幸せな生活ができるようになるかもしれない。
スザンヌは、そんな事を思っていた。
そして出番の前、王と王妃を見つけた彼女は、二人に自分をアピールしようと近づき、王と王妃の会話を聞いてしまった。
「この歌唱大会には、あの子は出ていないようだね。あの子の歌が聴きたかったのに……」
「そうですわね、とても残念ですけれど、あの子はまだ幼いし、恥ずかしがり屋さんですもの。大勢の前で歌うのは、苦手なのではないでしょうか」
王と王妃は、誰の話をしているのだろうと、スザンヌは思った。
二人が話題にしている者は、どうやら今回の歌唱大会には出ていないようだが、王と王妃が残念がるくらい、歌が上手いのだろうか。
「そうかもしれないね。だけど私は、あの子の……アリアの歌が聴きたかったんだ。あの子が歌うと、とても幸せな気持ちになって、周りがキラキラして、とても素敵なんだよ。なのに、エランドに頼んでも、なかなかアリアに会わせてくれないんだ。今日の大会だって、あの子が出ていたら、絶対に優勝するはずなのにね」
「もう、あなたったら……アリアはまだ幼いのですよ。ファインズ公にも、無理を言っては駄目ですよ」
「あぁ、そうだね。だけど、本当に素敵なんだ。私はね、あの子がディスタルと結婚してくれたらいいのにと思うんだ。近いうちに、エランドに話をしてみようと思う……」
ファインズ公爵家の、アリア!
スザンヌの心にその名前が刻み込まれたのは、ウクブレスト王と王妃の会話を聞いた、この時だった。
公爵家に生まれ、何の不自由もなく大切に育てられ、王や王妃にまで気遣われ、跡継ぎである王子の結婚相手にと望まれる、恵まれた娘……。
そんなアリアが、スザンヌは憎たらしくてたまらなかった。
そして、心を乱されたスザンヌは、歌唱大会に集中する事ができず、優勝を逃してしまった。
彼女は己の未熟さを、全てファインズ公爵家のアリアのせいにした。
「なんて憎たらしいのだろう……あんな娘、あんな女、死んでしまえばいいのに! それに、せっかく喉を潰してやったのに、どうしてあの女の喉は治っているのよっ!」
苛立ち、スザンヌがそう叫んだ時、先回りした金色のドラゴンが、スザンヌの前に立ちはだかった。
驚いた馬は暴れ、スザンヌを振り落としてそのまま逃げて行く。
「ひぃぃぃぃっ!」
スザンヌは金色のドラゴンに背を向けて、走って逃げ出した。
だが、逃げた先にはブラックドラゴンが待ち構えていた。
「もう! なんなのよ、アンタたちは!」
ドラゴンから逃げるためには、戦わなくてはならない。
スザンヌはそう思い、ブラックドラゴンに向かってファイヤーボールを撃ったが、ブラックドラゴンはそれを簡単に消し去る炎を口から吐き出した。
「ぎゃああぁぁぁっ!」
ブラックドラゴンの炎を浴びたスザンヌは、汚い悲鳴を上げて地面を転がった。
「どうして、どうして私がこんな目にっ! 私が一体、何をしたっていうの!」
地面を転がり回った事で、浴びた炎はなんとか消す事ができたが、スザンヌは今自分がこんな目に遭っている理由がわからなかった。
それは自業自得というものなのだが、彼女は自分のせいではなく、誰かのせいでこんな目に遭っているのだと思っていた。
「アリア! あいつのせい! 全部、あいつのせい! それから、リカルド! あの二人のせい!」
まず頭に思い浮かんだのは、アリアとリカルドだった。
だけど、今のスザンヌでは、あの二人に報復する事はできなかった。
悔しいが、アリアとリカルドの力は、今のスザンヌよりも強かった。
八つ裂きにしてやりたいところだが、今のスザンヌでは無理だろう。
「どうしてこんな事に……あぁ、そう、これは、ディスタルのせい! ウクブレストのせいだわ! あんな国に関わるのではなかった! そう、全部ウクブレストのせいだわ!」
他人が聞けば、何を言っているのだと思われるおかしな内容だったが、何故かスザンヌの中では筋が通っていた。
「ウクブレストが悪い! あんな国、滅びてしまえ! 私を守れない国、役に立たない国なんて、いらない! 滅びろ、そしてみんな死ね! 死ね! 死ね!」
醜い呪いの言葉を叫び続けるスザンヌに止めを刺そうと、二匹のドラゴンは炎を吐き出した。
スザンヌには逃げ場はなく、彼女はドラゴンの炎に巻かれ、黒焦げになり、体はボロボロと崩れ落ちてしまった。
だがーー。
『シ、ネ!』
スザンヌの負の感情は、肉体を失っても消えなかった。
『ミンナ、シ、ネェ!』
黒焦げになり崩れ落ちた体から伸びた黒い触手が、黒い刃へと姿を変える。
そして憎しみの黒い刃は、ドラゴンを切り裂き、消えた。
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