第23話・ウクブレストの悪女
話は一週間程前に戻る。
ウクブレストの王である、ヨハン・ウクブレストの元を、息子であるディスタルと、その新たな婚約者でもあるスザンヌ・マッコールが訪れた。
ディスタルは同じ王宮に住んではいるが、滅多に両親に会いに来ない息子だった。
一体何の用だと思いながらも、やはり嬉しい気持ちもあり、ヨハンは王妃と共に息子を出迎えようと思ったのだが、残念ながら王妃のヘレナは体調が悪いという事で部屋で休んでおり、一人で息子と婚約者を出迎える事になった。
「父上、お久しぶりですね。今日は、スザンヌと共に、あるお願いがあって参りました」
「ほう、どんな願いだ?」
同じ王宮に居ながらも、用事がなければ会いに来ない薄情な息子。
という事は、その用事というものは、かなり厄介なものなのではないだろうか。
ディスタルの用事というものに良いイメージが全く湧かないまま、ヨハンは息子に続きを促した。
「お願いがあるのは、私の方ですわ」
そう言ったのは、ディスタルと共に正式な婚約者を陥れ、新たにその座についたスザンヌだった。
息子とスザンヌが、元婚約者であるアリア・ファインズという娘にした事を知っているヨハンは、このスザンヌという娘の事を嫌っていた。
だが、それを表情には出さず、どんな願いなのかと、スザンヌに続きを促す。
「私は、このたびディスタル様に求められ、婚約者となりました。いずれ……いえ、近い将来、王太子であるディスタル様の妻、王太子妃になるわけなのですが……私の実家はお恥ずかしながらとても貧乏で、とても粗末な小さな屋敷で暮らしておりますの」
「そうか、それで?」
スザンヌの実家の事は、ヨハンはすでに調べていた。
彼女の言うとおり、マッコール男爵家は借金もある貧乏貴族だった。
だが、その借金はマッコール男爵が賭博で大損してできたもので、自業自得と言わざるを得ないものだ。
これは金の無心か、とヨハンは思った。
その借金は、ディスタルが持つ金だけでは対応できないものなのだろうか?
「私、王太子の妻となる女やその家族が、貧乏な屋敷に住んでいるのは、恥ずかしい事だと思いました。愛するディスタル様に恥をかかせてしまうと思いましたの」
「そうだろうか? で、お前たちはどうしたいのだ?」
「私は、家族みんなで、人が羨むような良い暮らしがしたいのです。例えば……ファインズ公爵家のような」
「お前は、何を言っているのだ?」
ヨハンはスザンヌが何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
「だから、私は、ファインズ公爵家のように、豊かな、恵まれた、贅沢な暮らしがしたいのです。次期王太子妃に相応しい暮らしを!」
「何を想像しているかは知らないが、エランド……いや、ファインズ公爵家は、特別な贅沢をしているわけではないぞ」
むしろ、ファインズは、公爵家としては地味で質素な、堅実な生活をしているといっていいほどだった。
だが、それを告げたとしても、スザンヌは納得しないと思った。
この娘の言動は何かおかしい。
狂っているのではないかと思う。
ディスタルは、この狂っているかもしれない娘を、本当に自分の妻にするつもりなのだろうか?
「王様と王妃様は、あの娘を、アリア・ファインズを、とても可愛がってらっしゃいましたね。それは、あの娘がディスタル様の婚約者だったからですか?」
「そんな事はない。まぁ、確かにあの娘は、こちらが望んで婚約者にしたから、それなりの対応はしていたが」
嘘だった。
ヨハンもヘレナも、本当はアリアを娘にできる日を楽しみにしていた。
「そうですか? でも、私にはとても可愛がっていたように見えたのです。だから、私の事も、可愛がってはいただけません?」
「例えば、どんなふうに?」
この娘は、ただ僻んでいるだけなのだろうか?
だが、何かとてつもない事を、企んでいるような気もする。
「私は今、ファインズの娘のせいで、大変迷惑をしておりますの」
「迷惑? どういう事だ?」
ヨハンが問うと、スザンヌは深いため息をつき、言った。
大袈裟な演技をしているようにも見える。
「私があの娘に、毒を盛ったのではないかという噂がありますの。大変、迷惑をしております」
ヨハンは顔には出さなかったが、息子の婚約者であるこの娘に、内心苛立った。
実際に毒を盛ったくせに何を言っているのだと思いながら、ヨハンはスザンヌの話を聞く。
「噂のせいで、私はとても傷つきました。だから、噂の元を罰してほしいのです。王であるあなたになら、それができるはずです」
「遠回しに言うな。お前は私に、どうせよと、言うのだ」
ため息をついてそう言うと、はい、と頷いたスザンヌは、信じられないような事を口にした。
「では、ファインズ公爵から爵位を剥奪し、家族共々国外追放とし、ファインズの屋敷を、私たちマッコール男爵家にいただけませんか?」
「お、お前は、何を言っているのだ! そんな事ができるはずないだろう!」
この娘は、やはり頭がおかしいと思った。
嫌悪感を顕にしてスザンヌを見ると、彼女は、ニタリ、と不気味な笑みを浮かべた。
「そう言えば、今日、お妃様は、どうされたのですか?」
「と、突然、何なのだ。妻は、今日は体調が悪く、部屋で休んでいる」
「あら、どうなされたのかしら?」
スザンヌは首を傾げると、開いた胸元から小さな瓶を取り出して、ちらつかせる。
スザンヌがアリアに毒を盛った事を知っているヨハンは、その小さな瓶の中に毒が入っているのではないかと連想した。
その時、
「国王陛下! お妃様が、突然胸を押さえて苦しまれてっ!」
と叫びながら、妃の侍女が部屋に飛び込んで来た。
すぐに向かうと伝えると、侍女は頷き、再び妃の部屋へと戻っていく。
「おい……もしかして、ヘレナに何かしたのか?」
「さぁ、どうでしょう?」
ニタリと笑ったまま、スザンヌは首を傾げる。
「おい、ディスタル、お前、自分の母親がどうなってもいいのか?」
「父上が、スザンヌの願いを叶えてくれれば、大事には至らないのではないでしょうか?」
「なん、だと?」
ヨハンは耳を疑った。
今のこの息子の発言は、自分の婚約者が母親に何かをした事を肯定しているも同然の発言だったからだ。
「それに、父上だって、婚約破棄の事では、ファインズとは気まずいのではありませんか? あちらもこちらに対し、思うところもあるでしょうし、これを機に距離を置かれてはどうでしょうか?」
「ディスタル……貴様っ……」
「ふふ、こちらの小瓶の液体を飲まれれば、もしかすると落ち着かれるかもしれませんわよ?」
「さぁ、父上、どうされますか?」
「くっ……」
妃の命と親友を天秤にかけられ、ウクブレスト王は妃を選び取った。
心の中で何度も親友である、エランド・ファインズに謝りながら。
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