第16話・愛し、愛される
それはあの日歌うはずだった歌で、この世界の者なら誰でも知っているであろう、全ての命を祝福する愛の歌――『祝福の歌』だった。
その『祝福の歌』を、アリアはリカルドへの想いを胸に、心を込めて歌い上げる。
歌っている間、彼女はいつもよりも声が伸び、歌いやすい事を感じていた。
このフレルデントの自然が、優しく背中を押してくれているのかもしれない。
この優しい国に祝福を。
そんな想いも込めて、アリアは歌った。
歌い終わると、拍手の音が聞こえた。
拍手の主はリカルドだったが、彼女の観客はいつの間にかリカルドだけでなく、森の動物や鳥たちがアリアとリカルドを囲んでいた。
そして。
「え?」
アリアは自分とリカルドの周りを、淡い光が飛び回っている事に気がついた。
目を凝らして淡い光を見つめると、羽のある小さな人型が見える。
これは何だろうと驚くアリアに、
「見えたようだね」
とリカルドの声がかかる。
「精霊たちだよ。君が歌ってくれたのが、とても嬉しいようだ。素晴らしかったからね」
「精霊? これが?」
「あぁ、いつも君のそばにいて、守ってくれていた精霊たちだ」
「そうなの? 今まで見えなくてごめんなさいね。それから、ずっとそばに居てくれてありがとう……」
謝罪と礼を言うと、淡い光の中に見える人型は、みんな笑顔で頷いてくれ、アリアは自分が本当に精霊たちに愛され、守られていた事を実感した。
『――!』
「きゃあっ」
聞いた事がない生き物の咆哮を聞き、アリアは驚いてリカルドに抱きついた。
その声は複数で、頭上から聞こえてくる。
頭上に何かが居るのかは理解できたが、アリアは恐ろしくて見上げる事ができなかった。
「アリア、大丈夫だ。今周りに居る動物たちと同じだよ。君の歌が聴こえて、嬉しくなって集まって来ただけだ」
リカルドはアリアの肩を抱きながら、何が居るのか自分で確認するように、彼女を促した。
アリアはリカルドの服を握りしめたまま、恐る恐る視線を頭上へと向け、息を呑む。
「大丈夫だ、襲ってきたりしないから、安心して」
アリアの遥か上空で、何匹ものドラゴンが旋回していた。
空の青を背景に何匹もの色とりどりのドラゴンが円を描く壮大な景色に、アリアは圧倒されて声を出す事ができなかった。
「アリア、あの緑のドラゴンに見覚えはないかい?」
アリアはリカルドが指さす方向へと目を向けた。
「もしかして、あの時迎えに来てくれたドラゴンですか?」
「ああ、君を驚かせてしまったグリーンドラゴンさ。あの後、あの子は少ししょげていたんだよ」
笑いながらリカルドは言ったが、ドラゴンがしょげるなんて信じられないとアリアは思った。
だけどそれが本当なら、驚いて気を失ってしまった事を謝りたいとも思う。
「あの子に、謝りたいです……」
ぽつりと呟くと、
「じゃあ、呼ぼうか?」
と、何でもない事のようにリカルドが言った。
「そんな事、できるのですか?」
「ああ、できるよ」
リカルドはドラゴンを見上げると、
「おいで、ハルカゼ!」
と叫ぶ。
すると空を旋回していたドラゴンの中から、一匹のグリーンドラゴンがゆっくりと下降してきて、花吹雪を起こしながら花畑に降り立った。
「リカルド様、ハルカゼというのは、このグリーンドラゴンの名前ですか?」
「あぁ、そうだよ。昔、僕もハルカゼも、もっと小さかった頃に出会ったんだ。この淡い緑の体から、春の若葉を連想して、あと、グリーンドラゴンは風を操るのが得意だから、ハルカゼって、つい名前をつけてしまったんだ」
「ハルカゼ……」
名前を呟いて恐る恐る手を伸ばすと、ハルカゼと名付けられたグリーンドラゴンは、アリアを覗き込むように身を屈めた。
「ハルカゼ、この間は迎えに来てくれて、ありがとう。それなのに、驚いて気を失ってしまって、ごめんなさいね」
アリアがそう言って詫びると、ハルカゼが目を細めたように見えた。
それから、まるで気にするなとでも言いたげに、アリアに顔を近づけ、手を触れさせてくれる。
「優しい子……」
ハルカゼの顔を撫でながら、アリアは呟いた。
ドラゴンはこの世界で頂点に君臨していると言っても過言ではない、強く誇り高い生物だ。
そのドラゴンが顔を撫でさせてくれるなんて、とアリアは感動した。
「アリアが優しいからだよ」
「え?」
「君が優しいから、彼らも君に優しいんだ。君の歌を聴いて、君の優しい歌声に癒されたくて、彼らはここに来たんだ。君はどうやら、精霊たちだけでなく、ドラゴンたちにまで愛されてしまったようだ」
「それは、とても光栄な事、です……」
「もちろん、僕にも愛されているのだけど」
「とても、幸せです。あと……」
「ん?」
「あと、私も、リカルド様を愛しています! 私、あなたにふさわしい女性になれるよう、努力しますからっ、だからっ……」
ずっとお側に置いてください。
アリアの言葉にリカルドは驚いたような表情をしたが、満足そうに目を細めて笑うと、
「もちろん、離すつもりはないよ」
と続ける。
「それに、僕は今の、ありのままの君が好きなんだ。もちろん、過去の君も、これからの君も、ね」
「リカルド様……」
「アリア・ファインズ公爵令嬢……どうか僕の妻となり、僕と共にこの国を愛し守ってほしい……」
「はい、喜んで」
二人は微笑み合うと、フレルデントの自然とそこに住まう様々な生き物の祝福を受けながら、口付けを交わした。
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