第14話・アリアの気持ち


 リカルドに告白された夜、眠れなかったアリアは、ぼんやりと部屋から夜空を見つめていた。

 自然が多いこのフレルデントは、夜になると星が良く見える。

 綺麗だなぁ、と思いながら、アリアはリカルドにどう返事をするべきかと考えていた。


 いつの間にかアリアは、リカルドの事を好きになっていた。

 だから、明るくて優しい彼に好きだと言われて、とても嬉しかった。

 でも、自分に自信のない彼女は、考えてしまう。

 こんな自分では、彼に迷惑がかかってしまうのではないかと。

 頭の中で、冷たかった婚約者の声が蘇る。


『役立たず』


 役立たずの自分では、きっとリカルドに迷惑をかけてしまう……。

 しかも、声が出ないままなのだ。


「アリア、ちょっといい?」


 ドアがノックされ、サリーナが部屋に入ってきた。

 筆談用のノートにどうかしたのかと書くと、サリーナは困ったような表情でアリアを見つめた。


「それは、お姉ちゃんの台詞よ。アリア、何かあった? 今日、こちらに戻ってきてから、何か思い詰めたような表情をしてたから……」


『そう?』


「そうよー。お姉ちゃんはアリアの事、何でもわかるんだからね! さぁ、何を悩んでいるの? お姉ちゃんに何でも相談して?」


 相談してと言われても、何て言えばいいのだろう?

 リカルドに告白されたと打ち明けたら、姉はきっと驚くのではないだろうか。

 だが、サリーナは優しくアリアを見つめ、言った。


「アリアが悩んでいるのは、リカルド様の事じゃない?」


 アリアは驚いた。どうしてサリーナはわかったのだろう?

 驚くアリアの表情を見つめ、サリーナは苦笑した。


「さっきも言ったけど、私は今日戻ってきたアリアの様子がおかしいなって思ってたの。ステファンも、リカルド様の様子が変だったから問い詰めたらしくって……そうしたらね、とうとうアリアに告白をしたって……だから、アリアが悩んでいるのは、リカルド様の事なんだろうなーって……」


 アリアは耳まで赤くなってサリーナを見つめた。

 もしかして、ステファンもサリーナも、リカルドがアリアに好意を持っていた事を知っていたのだろうか?


「リカルド様の気持ち? もちろんみんな知ってたわよ。気付いてなかったのは、あなたくらいね」


 驚くアリアに、さらにサリーナは続ける。


「リカルド様があなたを好きなのは、このフレルデントでは有名な話なの。この国の人々は、みんなあなたに好意的だったでしょう? あなたに会った人はみんな、アリアは本当に可愛くていい子ねって言ってくれて、お姉ちゃん、ものすごーく嬉しかったわ」


 嘘でしょ、と思いながら、アリアは顔を覆って俯いたが、この国の人たちが自分に優しい理由を、アリアはやっと正確に理解した。

 サリーナはアリアの隣に椅子を置くと、初々しい反応をする妹の背中を優しく撫でる。


「ねぇ……アリアはリカルド様の事が嫌い?」


 アリアは俯いたまま、首を横に振った。


「じゃあ、好き?」


 こくんと頷き、返事をする。


「お姉ちゃんはね、リカルド様の事、すごくいいお話だと思ってるの。リカルド様なら、アリアを幸せにしてくれると思うわ。あんな男と違って……」


 あんな男というのは、ディスタルの事なのだろう。

 確かに、ディスタルと違って、リカルドはアリアをとても大切にしてくれる。

 だけど、アリアはリカルドの申し出に、応えていいのだろうかと迷い続ける。


『でも、私は、自分に自信がないの……。こんな私では、リカルド様に迷惑がかかってしまうのではないかと……』


 今の自分の気持ちを正直にサリーナに伝えると、彼女は困ったような表情で、アリアの手を握った。


「ねぇ、アリア。あなたが自分に自信があろうがなかろうが、リカルド様の気持ちは変わらないのではないかしら」


 確かにサリーナの言う通りなのかもしれない、とアリアも思った。

 だけど、アリアはどうしても考えてしまうのだ。

 自分に自信がない事。

 そして、声が出せない事。

 リカルドはフレルデントの次期国王になる人間だ。

 その妻の声が出ないというのは、彼や彼の愛するこの国に迷惑がかかるのではないかと。

 無意識の内に、アリアは自分の喉へと手をやった。

 それを見たサリーナは、アリアが声の事で悩んでいる事に気付いたようで、


「アリア、声はちゃんと出るようになるわ。あなたはリカルド様やロザリンド様を信じていないの?」


 と言う。

 アリアは首を横に振った。

 もちろん、アリアはリカルドとロザリンドを信じていた。

 だけど、どうしても最後の一歩が踏み出せない。


「リカルド様があなたを望んでいるの。そして、この国に、あの方が望む者を受け入れない者なんて居ない。みんなリカルド様とあなたの幸せな未来を望んでいるわ。アリア、あとはあなたが素直になるだけなのよ。リカルド様があなたを望むという事は、この国の全てがリカルド様と共にあなたを望むという事なのよ」


 国全てがリカルドと共に自分を望む……自分は国に望まれるような者なのだろうか。


「お願いだから、難しい事を考えないで、自分の心に素直になって」


 自分の心に素直に……アリアは深呼吸して、目を閉じた。

 そして、自分自身に問いかける。


 私は自分に自信がない。

 だから、リカルド様に望まれてもあと一歩が踏み出せない。

 だけど、踏み出さなければ、リカルド様とは一緒に居られない。

 それで本当にいいの?

 私は一体何を望む?

 望む人は、あの方ではないのか?

 あの方以外に、何を望む?


『心配かけて、ごめんね』


 アリアはノートにそう綴ると、涙を流しながら笑みを浮かべ、サリーナはアリアを優しく抱き締めてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る