第2402話 佐野さんとの再会 Ⅷ
もう夜の11時を回っていたが、俺は早乙女に電話した。
金曜の晩だ、まだ起きているだろう。
それにあいつなら全然気にしないでいいだろう。
しかし、いつもよりもコールの時間が長かった。
やっぱり不味かったか。
やっと早乙女が電話に出た。
「おーす! 遅い時間に悪いな!」
「い、いや、構わない、ハァハァ」
「もう寝てたか?」
「だ、大丈夫だ、ハァハァ」
ハァハァいってる。
「あ、ヤッてた?」
「な、何を言う!」
「悪いな、タイミングが悪かったよ」
「そ、そんなことないぞ! 大丈夫だ、ハァハァ」
「もしかして、寸前だったとか?」
「何言ってるんだ」
「ちゃんと終わってた?」
「うん、いや! 何言ってるのか分からないぞ!」
ごめんねー。
「ところでさ、俺が子どもの頃にお世話になってた佐野刑事が今来てるんだ」
「え! あの佐野さんか!」
早乙女もよく知っている。
『虎は孤高に』でも佐野さんはよく登場もしている。
「ああ。それでな、「虎」の軍に協力したいって言うんだよ」
「そうなのか!」
早乙女の荒い息がようやく落ち着いたようだ。
「俺は「アドヴェロス」でどうかと思っているんだ」
「うちで? そうか、分かった」
早乙女は二つ返事だった。
あいつも佐野さんという人間のことはよく分かっているのだろう。
「明日、悪いけどうちに来てくれないか?」
「ああ、構わない。何時頃がいいかな」
「10時くらいでどうだ。ああ、みんなで来てうちで昼食を食べてってくれよ」
「いいのか!」
「もちろんだ。じゃあ10時に待ってる」
「ああ、分かった」
「もう一回やるの?」
「……」
そうらしい。
俺は電話を切った。
三人目も早いかなー。
翌朝。
朝食を8時に食べる。
双子がまたコッコ卵を獲りに行ったが、千鶴と御坂も一緒に連れて行ったようだ。
二人は前回、ちゃんとコッコたちと戦い、認められている。
まあ、ニワトリに負けるような戦士はいらねぇ。
2メートル越えの連中だが。
朝食はコッコ卵のスクランブルエッグと焼き鮭、シーザーサラダと味噌汁。
味噌汁はナメコと豆腐だ。
俺は佐野さんに、虎白さんに貰った岩ノリを出した。
「美味いな、この海苔」
「そうでしょう! 石神家本家で貰って来たんですよ」
「へぇー」
よくは分からないだろうが。
朝食後に、千鶴と御坂は帰った。
柳にアルファードで送ってもらう。
佐野さんに一部の俺たちの戦闘記録を、リヴィングのテレビで見せた。
フランス外人部隊との戦闘や、御堂家での防衛戦など。
佐野さんは真剣な目でそれを観ていた。
しかし、恐れることは一切無かった。
「凄まじいな」
「佐野さんも鍛え直さないとですね」
「え、お、おう」
「冗談ですよ」
「このやろう!」
まさか俺も佐野さんを戦闘に参加させようとは思っていない。
長年の刑事の経験を生かした仕事が無いかと考えている。
10時に早乙女達が来た。
亜紀ちゃんが玄関から迎えに出る。
ロボが大興奮で雪野さんや早乙女に挨拶してきた。
リヴィングに上がって来る。
「よう、わざわざ悪いな」
「いや、あ、おはようございます!」
「おはよう。雪野さんもすいません」
「いいえ、石神さんのお宅に来るのはいつも楽しみですよ」
「怜花もおはよう、今日も可愛いな!」
「はい! おはようございます!」
「久留守もおはようさん」
「いしがみさん!」
早乙女に抱かれた久留守が俺に手を伸ばして来るので、握って振ってやった。
まだ喋り方は子どものそれで拙いが、俺は久留守の中に知性が備わっていることに気付いていた。
この子は普通の子どもではない。
レジーナが言っていた、俺と共に昔戦っていた仲間だということが感じられる。
俺にその記憶は無いのだが。
佐野さんを招いて早乙女たちを紹介した。
「こちらが有名な佐野健也様だ。俺の数々の犯罪歴を揉み消してくれた」
「おい、トラ!」
早乙女が笑って自己紹介し、握手をした。
「こちらは早乙女の奥さんの雪野さん。雪野さんも「アドヴェロス」の構成員で、主に情報解析を担当してもらってます」
「え、この人も!」
「雪野です。解析と言っても、石神さんがうちに量子コンピューター《ぴーぽん》を設置してくれてますので。私は早乙女や他の「アドヴェロス」の方々と連絡を取り合っているだけですよ」
「そんなことはないよ、雪野さんは本当によくやってくれている!」
早乙女が言い、雪野さんが困った顔をしながら笑っていた。
「まあ、こういう奴らです」
佐野さんにはよく分かっただろう。
早乙女が雪野さんにベタ惚れで、優しい男なのだということが。
そして早乙女が率いる「アドヴェロス」が互いに信頼する人間たちの組織であることも。
早乙女という純粋な男がどのような組織を築くかということは、長年刑事をして来た佐野さんであればこの遣り取りで分かる。
全員に座ってもらい、亜紀ちゃんがコーヒーを淹れた。
「トラ、俺は何をすればいい?」
佐野さんが早速言った。
「早乙女、どう思う? 佐野さんは刑事としては一流で、捜査全般は任せられるぞ」
「うん、そっちの方面は本当に助かるよ。「アドヴェロス」は戦闘には特化しているけど、地道な捜査となると人員が少ない。一般警官の中から異動もしてもらってるが、なかなかいい人材はいないんだ」
「そうか。佐野さん、どうですか?」
「ああ、俺にやらせてくれ。絶対に役立つ」
早乙女が言った。
「今は各所轄に協力を仰ぐことが多いんです」
「早乙女は所轄の刑事たちとのパイプを作っているんですけどね。でもどうしても自由に出来る人間がいないんです」
「そうか、でも早乙女さんであればみんな協力してくれてるんじゃないか?」
「え?」
佐野さんは、早乙女が御堂に表彰された時のことを知っていた。
全国の警察官が早乙女という男を知り、早乙女は彼らの信頼を得た。
自分の手柄とされているもののの全てが、全国の警察官の力なのだと言ったのだ。
それを本心から早乙女が思い、感謝していることが伝わった。
警察組織は硬直している。
縦のセクションに固まり、横の連携が不得意だ。
所轄、部署同士の確執も多い。
しかし早乙女の「アドヴェロス」に関しては、所轄の刑事たちが率先して協力してくれ、信頼関係を築いている。
偏に早乙女という純粋で優しく、本気で戦う男のお陰だ。
佐野さんもそのことを知っている。
「早乙女はあちこちで信頼されてはいますけどね。でも直属の人間で動ける優秀な人材が欲しいんですよ」
「そうか。俺などで良ければ精一杯やらせてもらうよ」
「そうですか!」
「でも俺はもう定年退職した身だ。また警察に戻れるのかな」
佐野さんは62歳だ。
身体は壮健でまだまだ動けることは分かっている。
「大丈夫ですよ。「アドヴェロス」はちょっと異質でしてね。90代の人も、中学生のメンバーもいますよ」
「なんだと!」
「機密の多い組織ですしね。年齢や身分はどうとでもなります」
「そうなのか。しかし中学生というのは……」
「ああ、そいつは磯良というね、実は小学生の頃からライカンスロープ相手の戦闘に出てます」
「なんだってぇ!」
佐野さんが流石に驚く。
「神宮寺磯良はうちのトップハンターですよ」
「マジかよ」
「ハンターというのは、実際に戦闘を担う人間たちです。完全に実力主義ですよ」
「しかし子どもが……」
「俺もガキの頃から相当だったじゃないですか」
「おい、トラ!」
みんなで笑った。
「イソラは強い。それにきれいだ」
久留守が突然喋った。
普段のたどたどしい喋り方ではなく、威厳のある大人の話し方だった。
俺以外の全員が驚く。
雪野さんまでびっくりして久留守を見ていた。
「そうだろう?」
俺が微笑みかけると、久留守が嬉しそうに笑った。
「はい!」
「おい、久留守はまだ言葉を覚え始めたばかりだぞ」
「ええ、びっくりしました」
久留守はニコニコしていて、もう普通の子どもにしか見えなかった。
もう先ほどの大人びた表情も無い。
「さてと、じゃあ佐野さんにはこっちに引っ越してもらいますね」
「え、あ、ああ。そうだな。厚木じゃ遠いよな」
「ええ、どうせ家を建てるつもりでしたし」
「え?」
「俺たちの仲間になったんです。防衛システムも入れなきゃですよ」
「え?」
俺は笑って乾さんに電話した。
「乾さん! こんにちは!」
「おお、トラか! 最近すっかりこっちにこねぇな!」
「すいません! 近いうちに伺いますよ」
「おう、待ってるからな!」
「それでですね。俺がガキの頃にお世話になった刑事さんが今俺の家に来てまして」
「あ? ああ、お前がよく話してたな」
「はい。佐野さんという人なんですけど、昨日再会して、俺たちの仕事を手伝ってくれることになりました」
「そうなのかよ、良かったな!」
「ええ。それでね、俺と再会して乾さんがどうだったかちょっと話して欲しくて」
「あぁ! お前、その人にもやるのかよ!」
「当たり前ですよ! 乾さんと同じで散々お世話になった方なんですから!」
「ワハハハハハハハハ!」
俺はよく分からないという顔をしている佐野さんに、俺のスマホを渡した。
「すいません。佐野と申します」
佐野さんが乾さんと話し始めた。
ちょっと驚いている。
段々顔が強張って行く。
顔色が青くなり、汗を流し始めた。
電話を俺に寄越した。
「乾さん、ありがとうございました!」
「いいよ。じゃあほんとにこっちに来いよな!」
「はい!」
電話を切った。
「おい、トラ」
「はい」
「お前、絶対にやめろよな!」
「乾さんには本当にお世話になってましてね」
「おい!」
「佐野さんにも同じくらいお世話になってましてね」
「バカ! 絶対にお前、やめろぉー!」
佐野さんが絶叫し、みんなで笑った。
やめるわけないでしょう、佐野さん。
本当にお世話になりっぱなしだったじゃないですか。
俺は忘れたことはありませんよ。
本当にありがとうございました、佐野さん。
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