第2381話 花岡斬という男

 千鶴と御坂は「Ω」「オロチ」と双子の「手かざし」のお陰で、何とか動けるようにはなった。

 風呂に入ると、更に少し体調が良くなったようだ。

 食事も多少は食べれるようだ。

 明日は帰るので、気分的にも楽だろう。

 

 赤魚の煮物。

 水菜入りのだし巻き卵。

 キノコの炊き込みご飯。

 ウリの浅漬け。

 味噌汁はタケノコだった。


 昨日と同じで非常に美味い。

 千鶴と御坂も、炊き込みご飯は丼一杯食べた。

 まあ、これならば一晩眠れば大丈夫だろう。


 「今日は頑張ったな」

 

 食後の茶を飲みながら、俺が千鶴と御坂に言った。

 二人ともニコニコして俺を見ていた。

 千鶴よりは楽そうな御坂が俺に言った。


 「みなさんのお陰です。これで私も「虎」の軍で戦えます」

 「まあ、まだ鍛錬は必要だけどな」

 「はい! 石神家の皆さんとまたご一緒させて下さい」

 「虎白さん、いいですよね?」

 「もちろんだ。いつでも来い」

 「ありがとうございます!」


 千鶴も何とか喋った。


 「わたしもおねがいします」

 「おう! 大歓迎だぜ」


 千鶴が嬉しそうに笑った。

 早く寝ろと言ったが、千鶴も御坂も痛みと神経の興奮で眠れそうもないと言った。

 真白の施術は神経を特殊な状態にするようだ。

 まあ、しばらくすれば泥のように眠る。

 千石もそうだった。


 「じゃあ、タカさん!」

 「あんだよ?」

 「あれ! お話!」

 「バカ!」


 虎白さんが俺を見てる。


 「あのね、タカさんがね、こういう時に素敵なお話をしてくれるの!」

 「ねぇよ!」

 「高虎、なんか話せ」

 「エェー!」


 「早くしろ!」


 虎白さんがコワイ顔で俺を睨んだ。

 仕方がない。


 「石神家の鍛錬は見ての通りだ。凄まじいものがある。でもな、俺は他に独りでそれ以上のことをやっている奴を知っている」


 虎白さんの方を見たが、別に怒った雰囲気はなかった。


 「こないだ、斬の家に行った時に聞いた話だ」


 俺は花岡斬の話をした。






 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■






 妻の瑠璃玻が亡くなって、しばらくしての事だった。

 初夏になり、息子の雅は昼寝をしていた。

 雅のことは親族のサキにまかせるようになった。

 気立ての良い女で、家事全般を任せられる。

 雅のことも大層可愛がっていた。

 その日、サキは雅が眠っている間に買い物へ出ていたようだ。

 わしは何気なく部屋を覗いた。


 「!」


 襖を開けると、雅の寝ている布団の脇に座っている女がいた。

 女はこちらに背を向け、眠っている雅の額を優しく撫でていた。

 ほんの一瞬、敵がいるのかと思ったが、すぐにその女が誰なのか分かった。


 「瑠璃玻……」


 女がこちら振り向いて、わしに向かって微笑んだ。


 「お前……」


 瑠璃玻は微笑みながら徐々に姿を薄くし、最後にまた雅を愛おしそうに見て消えた。

 本当に美しい微笑みだった。


 「お前、心配か」


 瑠璃玻の消えた畳に手で触れた。


 「大丈夫じゃ。雅はわしがちゃんと育てる」


 あの儚げに笑う瑠璃玻の顔がわしの中に突き刺さった。

 花岡家の跡取りとして、もちろんわしは雅をきちんと育てるつもりだった。

 しかし、瑠璃玻の雅を見つめる微笑みは、わしに新たな意識をもたらした。

 それは花岡家の当主として相反する部分もあった。

 わしが父・無有(むう)によって鍛え上げられたものとは違うのだと感じた。

 

 わしには母の思い出がない。

 わしを生みすぐに亡くなったと聞いている。

 だから父と乳母によって育てられ、わしの「心」の多くは父によって作られた。

 父はもちろん、「花岡」の鬼となるようにわしに接した。

 わしも父の薫陶に感じ入り、当主として為すべきことを自ら望んで身に付けて行った。

 「花岡」を世界最強の武とし、全てを呑み込み破壊する人間が「花岡」の当主だ。

 そのためにわしは「絶対」の概念を叩き込まれた。

 不可能という心はわしにとって認められないものだった。

 たとえ敗退しても、後に必ず圧倒する。

 どこまでも拡大し伸長し、相手を倒す。

 それが父から叩き込まれたわしの中心核だった。

 自分を圧倒して来た父を、わしは乗り越えることで当主として一人前になった。

 

 だが、そんなわしが瑠璃玻の雅を観る微笑みに、それ以上のものを感じた。

 それが何か具体的なものになったわけではない。

 ただ、わしは瑠璃玻のあの微笑みを違えないようにしようと思っただけだ。

 それは「花岡」よりも上にあるものだとわしは感じた。

 それほどに神々しい微笑みだった。


 あの日、瑠璃玻が花火を雅に見せたがったことを思い出した。

 わしは命じて花火大会の日程を調べさせた。

 そして雅を連れて行った。

 千両がそれを知り、一緒に行こうと言った。


 「お前では子どもを楽しませることは出来まいよ」

 「そうだな」


 わしは千両の申し出を受け入れ、一緒に行くことにした。

 千両は娘の菖蒲を連れて来た。

 雅よりも3歳年下だ。

 器量の良い、そして優しそうな娘だった。

 「人斬り弥太」の異名を持つ千両が、そのように優しい娘を育てていた。

 わしはそれにも何か感じ入るものがあった。

 菖蒲は薄い桃色の地に朝顔の咲く浴衣を着せられていた。

 偶然にも、サキが雅のために薄緑の地に咲く朝顔の浴衣を着せていた。


 「なんだ、お揃いだな」

 「そうだな」


 千両と二人で笑った。

 屋台の並ぶ道を歩きながら、千両が二人にたこ焼きや綿あめを買い与えて行った。

 そういえば、瑠璃玻と来た時に、ソフトクリームを雅に食べさせたことを思い出した。

 屋台の中にソフトクリームを売る店を見つけ、わしが二人に与えた。

 雅が驚いてわしを見ていた。


 「なんだ、食べろ」

 「はい!」


 雅が何とも嬉しそうな顔をした。

 家では滅多に見せない喜びの表情だった。

 菖蒲と二人で前を歩きながら、楽しそうに話していた。


 「おい、菖蒲を嫁にどうだ?」

 「なんだ?」

 「どうだよ。いい感じじゃないか」

 「まだ子どもだぞ」

 

 千両が笑った。


 「子どもはすぐに大きくなる」

 「ああ」

 「覚えておいてくれ」

 「分かった」


 先のことは分からない。

 でも、千両の申し出はわしにとって嬉しいことのように思った。

 二人が決めれば良いことだが、わしは嬉しかった。

 

 その夜、瑠璃玻が嬉しそうにわしに頭を下げている夢を観た。

 それから毎年、千両たちと一緒に花火を見に行くようになった。

 その晩に、瑠璃玻が夢に現われるようになった。






 雅は「花岡」としては強くはならなかった。

 わしが瑠璃玻の微笑みに準じてすべてを決めたからだ。

 「花岡」の苛烈な教育よりも、雅を慈しむように全てを整えた。

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