応援コメント

第2368話 病葉衆 久我倫人 Ⅲ」への応援コメント

  • 久我の短い人生を思うと、やるせない気持ちで一杯になりますね。
    ただ、唯一の救いは久我の最も幸せな時を過ごせた井筒と、死後再び一緒に慣れた事でしょうか?
    あの世では、二人で幸せになって欲しいものです。

    早速の久我の過去章ありがとうございました😊
    久我の苦しみから井筒を通して上にあがる事ができて、本当に良かったと思うことができました。感謝♥️

    おつかれ様でした✨

    作者からの返信

    病葉衆については、現代社会を投影させました。
    現代民主主義の根幹は「最大幸福の追求」です。
    でもそれは、自己中心になることが運命づけられた、恐ろしい醜さを伴う思想です。
    ジードの『狭き門』で最愛の恋人ジェロームにアリサが言います。
    「私は幸福になるために生まれて来たのではない」
    自分の幸福を願えば、人間は化け物になる。
    病葉衆は他人は道具、どうでも良いものでした。
    それが正しいとされて教育されて来ました。
    周囲が全員鬼であれば、自分も鬼になるのか。
    久我の苦しみはそこにありました。

    紛い物の井筒の死。
    小林秀雄は複製画の『烏のいる麦畑』を観て、大きな衝撃を受けてそれ以来ゴッホに魅了されます。
    偽物であっても、人間はそこに在る何かの「真実」を見出すことが出来ます。
    井筒に、御堂に、そして高虎や柏木さんの「本物」を視て、久我はようやく真実へ到達しました。

    自死は「生きるための死」です。
    自分を憐れんで、絶望しての自殺とは違ったものです。
    久我は自分の病葉衆としての宿命を背負ったまま、鬼にはならずに逝きました。
    立派な人間と思います。