第2365話 ガンドッグ Ⅵ
「おい、お前! 何かやったのか!」
「我々はあまりにも罪を重ねてしまった。今更それはどうしようもない。でもその罪であなた方と戦えないのは困る」
「おい! 誰かぁ! 搬送を急げ!」
俺は叫んだ。
ラッセルは恐らく自決用の毒を使ったのだ。
俺が叫ぶと、ラッセルは苦悶の中で無理矢理笑顔を作った。
「私の命一つで申し訳ない。だがこれで勘弁して欲しい」
「ふざけるな! すぐに助けるからな!」
「頼む。どうか「ガンドッグ」を「虎」の軍へ……」
聖が「Ω」と「オロチ」の粉末をポケットから取り出した。
俺はそれを受け取ってラッセルの口へ水と共に流し込んで飲ませた。
ラッセルの顔が静かになっていった。
「ありがとう、セイント。痛みが退いた」
「おい、待て!」
「「ガンドッグ」を頼みます」
「!」
「Ω」と「オロチ」は効かなかった。
死すべき運命ということだ。
ラッセルは「ガンドッグ」の罪を背負って逝ったのだ。
ラッセルは微笑みを浮かべ、静かに息を引き取った。
若い女が俺たちに近づいて来た。
「娘のソニア・ラッセルです。これからは私が「ガンドッグ」を率います」
「お前……」
「父で不足でしたら、私も」
「バカヤロウ!」
俺はソニアの頬を殴った。
ソニアが吹っ飛ぶ。
他の全員が両手を組み、目を閉じていた。
ラッセルに祈りを捧げているのだ。
「ガンドッグ」という組織が分かった。
どんなに非情なこともやる連中だが、仲間を悼む心を持った連中だった。
俺にはそれで十分だ。
「お前らは今日から「虎」の軍だぁ! 最期の一人まで戦うぞぉ!」
『オウ!』
泣いている者はいなかった。
娘のソニアも沈痛な面持ちではあったが、ラッセルの身体をやって来た救急隊員に引き渡し、それを見送った。
「おい、一緒に付いて行けよ」
「いいえ、私はここに。もう父のためにするべきことは何もありません」
「……」
全員、ラッセルが死ぬことを知っていたということだ。
俺はデュールゲリエに食事を出すように命じ、ソニアを連れて部屋を出た。
聖と一緒に離れた部屋に入った。
そこは打ち合わせが出来る造りで、ソファセットが置いてある。
デュールゲリエが俺たちにコーヒーを運んで来た。
仲間となるにあたり、確認しておくことがあった。
「幾つか確認しておきたいことがある」
「はい、何でも」
俺はリリーから聞いたガンスリンガーのことを尋ねた。
「ガンスリンガーは今何人いるんだ?」
「13名です」
「そんなに少ないのか」
「はい。どうしても鍛錬に耐え抜く人間が少ないもので」
「あんたは?」
「私もその一人です」
「ラッセルは?」
「以前はそうでしたが、もう引退していました」
「そうか」
ソニアの表情は冷静だった。
まっすぐに俺を見ている。
もう俺たちに何も隠すつもりもないようだった。
「もちろん、ガンスリンガーは全員あそこにいるんだよな?」
「いいえ、一人だけ外にいます」
「どうしてだ?」
「我々が万一「虎」の軍に信頼されなかった場合、「ガンドッグ」の使命を果たすために」
「!」
そこまで考えていたのか。
「弟が一部の組織をまとめています」
「そうか」
俺は質問を変えた。
「施設で脱落した子どもたちは処分されたと聞いた」
「いいえ、そういう者たちは「ガンドッグ」の別な部署にいます」
「殺していないのか?」
「はい。残った子どもには死んだことにしていました」
「!」
「ガンスリンガーになるには、特別な訓練が必要です。追い詰められた精神的な強さも。過酷な訓練を乗り越えるために」
「そういうことか……」
嘘は無いだろう。
「崋山のことをお前たちは知っていたな?」
「はい」
「持っているのか?」
「今は弟が」
「その一丁だけか?」
「はい、非常に手に入りにくい銃ですので」
「どういうものか分かっているんだな?」
「カザンのガンは持ち主を選ぶと。今は弟が所有者です」
「妖魔を殺せる銃だということは?」
「はい。もちろん我々は超能力者に使うつもりでしたが」
また質問を変えた。
「別な質問だ。リリーは定期的に薬を飲まないと死ぬと言っていた」
「はい、それも事実ではありません。ただ、神経を整えるために特別な薬は定期的に飲むようにさせました。もちろん、一定期間薬を飲まないと死ぬというのは、ガンスリンガーを裏切らせないためですが」
「それを信じさせていたのか」
「はい。野に放つ前に、薬を飲ませない期間を設けます。その時に、激しい苦痛を感じさせます」
「おい、それは……」
「はい、別途薬物を与えました。食事に混ぜてですが」
「……」
いろいろと考えている。
その後で聖と一緒にガンスリンガーの訓練の詳細や、あのスーパーブラックホークの構造などを聞いた。
ソニアは全て詳細に答え、俺たちも納得した。
「ガンスリンガーたちや他の人間は、「虎」の軍に入ることをどう思っているんだ?」
「全員が希望しています」
「でも、これまでガンスリンガーたちには騙して薬を飲ませていたんだろう?」
「それは万一の場合を考えてです。裏切られれば、あまりにも被害は大きい。我々の組織の存続にも関わることになりますから。中国へ渡る前に、全員に真実を話しています。しかし、抜ける者はおらず、全員が同道しました」
確かにガンスリンガーが裏切れば大事だ。
軍が出ても大きな被害が出ただろう。
しかし、自分たちが騙されていたことを知っても従ったのか。
「我々は社会の裏にいながら100年近く続いて来た組織です。利権もなく、それでも存続して来ました。それは我々に理念があったからです」
「世界を滅ぼす者を殺すということだな」
俺は敢えてそれが間違っていたことは口にしなかった。
「ガンドッグ」は本気で世界のために戦おうとして来たのだ。
「はい。非道な行ないがあったことは認めます。それでも我々は成し遂げなければならないと思って来ました」
「分かった。今後のことはまた話し合おう」
「はい、宜しくお願いします」
ソニアを先ほどの部屋へ戻した。
「早めに食べてくれ」
「あの、まだ何か?」
「ああ」
俺と聖も食事をもらった。
三人で急いで食べる。
俺と聖はその気になれば30秒で喰い終わる。
ソニアが驚いて急いで食べた。
「付いて来てくれ」
「はい」
俺たちは用意されていたハンヴィに乗り込み、「虎病院」へ向かった。
ソニアには行き先は告げなかったが、病院の前に着くとそれが分かった。
「……」
ソニアは黙っていた。
どういうことか、もう分かっている。
「残念だが、弟は呼べない。お前が弟の分まで別れをして来てくれ」
「……」
「部屋は完全防音だ」
「……」
ソニアは表情を崩そうとしない。
そういう生き方をして来たのだろう。
病院内のデュールゲリエに案内され、ラッセルの遺体を運んだ病室へ向かった。
一応の蘇生措置はしたはずだが、今は静かにベッドに横たわっている。
ソニアはそれを見詰めていた。
「1時間後に来る」
「はい」
俺と聖がエレベーターの前に来ると、ソニアの絶叫が聞こえた。
「あいつらも仲間か」
「そうだな」
「使えそうな連中だな」
「そうだな」
聖は仲間のために死ぬこと、そして死んだ仲間を悼むことを言っている。
そういう連中であれば、一緒に戦えるのだ。
完全防音の病室など無い。
何か異常があれば、スタッフや誰かがすぐに分かるようにだ。
でも、ソニアはそれでは泣けない。
俺は聖と「ほんとの虎の穴」で少し酒を飲んだ。
「あいつらも、意外と人間的な連中だったな」
「ああ。石神家と一緒だと思ってたけどよ」
「虎白さんたち、優しかったぜ?」
「そっか」
双子は自分たちを殺しに来たガンスリンガーを見逃した。
あいつらには、何かが見えていたのかもしれない。
あいつらは信念のある人間と優しい人間が大好きだ。
その両方であれば、殺されそうになったことも許してやる。
いい仲間が出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます