第2361話 ガンドッグ Ⅱ

 ニューヨークのチャイナタウンに、三合会系の組織があった。

 以前にジャンニーニ・ファミリーと揉めていたところを、俺が仲裁した。

 ボスのヤンと俺が親しかったからだ。

 ヤンは30代の若さにして、チャイナタウンを仕切り、俺のことも最初から知っていた。

 ヤンも傭兵をしていた時期があったからだ。






 俺は時々中華を喰いたくなる。

 以前にトラが俺のために中華を作ってくれたからだ。

 洋食ばかりの俺に、たまにはこういうものはどうかと作ってくれた。

 チャーハンと回鍋肉、牛肉のオイスターソース、エビチリなど定番のものだったが、どれも唸る程美味かった。

 トラの作ってくれたものに匹敵するのは、本場のチャイナタウンしかない。

 俺がチャイナタウンで食事をしていると、ヤンの方から声を掛けてきた。


 「セイントですね?」

 「誰だ?」


 ヤンは170センチほどの身長で、細身の色男だった。

 頭の両側を剃り上げ、上の髪を伸ばし前に垂らしている。

 服は高級そうなダークスーツだった。

 年齢は俺よりも少し下か。

 顔は端正で、育ちの良さが伺える。

 恐らく三合会の幹部の息子だろうが、実力も十分に伺える出来る男の顔だった。


 「キッドとセイントの名前は、傭兵の業界では有名です」

 「お前も傭兵なのか?」

 「もう引退しました。今はチャイナタウンの「龍爪(ロンヤー)」を仕切っています」

 「そうか」


 「龍爪」は俺も知っている。

 三合会系のマフィアで、チャイナタウンをほぼ締めている。

 

 「何か俺に用なのか?」

 「いいえ、でも一度セイントさんにご挨拶をしたいと」

 「そうか」


 そういう連中は常にいる。

 裏社会は横の繋がりが重要だ。

 有力な組織とは繋がって仲良くした方がいい。

 金の取引だけのことではない。

 情報の遣り取りの方が重要なことも多いし、何よりも「敵対していない」という関係が大事だ。

 ヤンは傭兵派遣会社としてのうちの実力と幅広いコネクションを見越して俺に近づいて来たということだ。

 俺にとっても中国関係のパイプはあまりないのでメリットはありそうだった。


 付き合ってみるとヤンもなかなか信頼出来そうな男だった。

 裏社会の人間特有の損得勘定ばかりではない。

 ちゃんと筋を通す男なことが分かった。

 時々ヤンから揉め事の解決を頼まれた。

 うちから戦闘員を派遣し、難なく片付いた。

 そしてジャンニーニとシマのことで揉め、俺が間に入って仲裁した。

 ヤンがシマの拡大を狙っていたので、ジャンニーニのシマは荒らさないことと詫びを入れることで手打ちとなった。

 ヤンは俺がジャンニーニと親しいことを知り、それ以上の文句も無かった。

 ヤンとしても全米最大のジャンニーニ・ファミリーと事を構える考えもなく、俺の仲裁をむしろ喜び面倒事が一挙に片付いたことで俺に感謝すらして来た。

 それからも時々仕事を引き受け、たまに食事を一緒にするという関係になった。

 

 今回は俺の方からヤンに情報を頼むことになる。

 ヤンは快く面会の約束を受けてくれた。

 三合会は巨大になりすぎた。

 だから幾つもの派閥に割れ、もはや一枚板ではない。

 以前、フィリピンでトラが三合会の出先の連中と揉めて、すぐに解決した。

 その後本国から来てトラたちと戦闘を始める連中もいたが、フィリピンの三合会は一切無関係を通した。

 そういう割れた組織なのだ。


 俺はヤンと会うため、待ち合わせのチャイナタウンの地下にあるバーに行った。

 100坪ほどの広い店で、入り口でヤンが迎えてくれた。

 他に客はいない。

 ヤンの店の一つであることが分かる。

 バーテンダーがいるが、俺たちの話を聞いてもいいという人間なのだろう。

 恐らくはヤンの右腕か相当信頼出来る奴だ。

 カウンターに座り、酒を注文する。

 目の前に酒瓶が並んだ棚があり、背面が曇りガラスの内側のライトで照らされている。

 ライトによって淡く薄っすらと緑色に色づいた美しい棚だった。

 眩しさは無いが、内側のバーテンダーが多少シルエットめいて幻想的だった。

 トラが好きそうな、いい店だ。

 俺はヤンに中国へ渡った可能性のある、「ガンドッグ」のことを調べて欲しいと頼んだ。

 「ガンドッグ」については、ヤンも多少のことを知っていた。


 「三合会が「ガンドッグ」の窓口になったことは聞いています。ガンの扱いが驚異的に上手い連中だということで、これまでも様々な不可能な暗殺をこなしてきたと」

 「そうだ。俺も実際に会ったことがあるんだ。銃弾の軌道を曲げて目標にぶち込むことが出来る」

 「弾道を変えるんですか!」

 「ああ、どうやっているのかは分からない。大統領候補だったハーマンをそうやって殺したらしい」

 「とんでもないですね!」

 「何とか接触したいと思っているんだ」

 「分かりました」

 「ヤバい組織だ。無理はしなくていいからな」

 

 俺は念を押した。


 「分かってます。でも、もしも上手くやったら、お願いしたいことがあるんですが」

 「報酬は十分に払うよ」

 「いえ、別件です」

 「なんだ?」

 「我々を「虎」の軍に加えて下さい」

 「なんだと?」


 予想外の言葉をヤンが俺に告げた。


 「「ガンドッグ」も「虎」の軍に加えたいのでしょう?」

 「どうして俺が「虎」の軍と繋がっていると思うんだ?」

 「それは勘ですよ。セイントの会社は度々「虎」の軍の作戦に加わっていますよね?」

 「それは単に仕事上の契約だ。うちは一流の傭兵派遣会社だしな」

 「私に隠したいことは分かります。今はそれでもいいです。でも、もしも私が上手くやったら、考えてみてください」

 「「虎」の軍に直接言えばいいじゃないか」

 「まあ、セイントさんに断わられればですけどね。でもうちはマフィアですし、あちらがどう思うか」

 「それは俺には分からんよ」

 「はい。セイントさんを困らせるつもりはありません。さて、この後で女でも呼びましょうか?」

 「いらない、すぐに帰るさ」

 「わかりました。飲みたい物があれば遠慮なくどうぞ」

 「じゃあな」


 ヤンが先に店を出た。

 俺は一口も口を付けなかった。

 ヤンを信用していないということではない。

 ヤンが良くても、他の人間が何を考えているのかは分からない。

 ヤンの組織の店だろうが、関係ない。

 俺もすぐに店を出た。

 





 その後、ヤンが興味深い情報を得てくれた。

 思いもよらない展開になった。

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