第2353話 退魔師 XⅤ

 「虎温泉」に三人で入った。

 やはり、柏木さんが俺の身体を見て驚いていた。


 「石神先生のお身体は凄まじいですね」

 「まあ、ろくな人生じゃなかったですからね」

 「いいえ。その多くの傷から、感謝の声が聞こえてきますよ」

 「はい?」


 「タカさん!」


 皇紀が柏木さんの言葉を聞いて喜んだ。


 「柏木さんには分かるんですね!」

 「ええ、この疵の一つ一つが、誰かを助けるために負ったものだということは。例えばこの脇腹の疵」

 「それは!」


 モモの父親に裂かれた疵だった。


 「それにこの胸の銃弾を受けた疵は」

 「響子ちゃんと六花さんの!」

 「おい、お前は頭を先に洗って来い!」

 「はい!」


 俺は柏木さんの背中を流した。

 柏木さんも数多くの疵を身体に刻んでいた。


 「俺は霊感は無いですけどね。柏木さんの体中の疵が、誰かのために負ったものだということは分かりますよ」

 「私は未熟なだけです。でも、誰かのために役立ちたいと思って来たことは確かです」

 「はい」


 まだ痩せてはいるが、広い背中だった。

 柏木さんが俺の背中を洗ってくれた。


 「石神先生のお身体に触れることが出来て光栄です」

 「ホモじゃないですよね!」

 「アハハハハハハ!」


 皇紀が頭をディゾルビットで洗い、俺が皇紀の背中を洗ってやった。

 

 「お前の疵は全部ルーとハーにやられたものだよな?」

 「アハハハハハハ!」

 

 俺が双子のワルぶりを柏木さんに話すと大笑いされた。


 「こいつらが子どもの頃に山中の家に遊びに行くと、いつも皇紀が双子にやられて気絶してたんですよ」

 「えぇ?」

 「ママゴトをしてて、何か得体の知れないものを喰わされて死に掛けてたよな?」

 「ありましたね!」

 「お前、絶対に双子から頼まれると断らないもんなぁ」

 「まあ、そうですね」


 俺は最近の、皇紀たちの修学旅行の話をした。


 「フィリピンまで行きましてね。それで向こうの魔法大学の「ヘヴンズ・フォール」という儀式に参加して来たんですよ」


 俺は「ヘヴンズ・フォール」について少し柏木さんに説明した。


 「そんなことがあるのですか!」

 「ええ、何か神の世界から降って来るというね。その時は「虎」の軍のために儀式を開いてくれたみたいで」

 「そうなんですか!」


 湯船に入ってゆっくりと話した。


 「双子には腕輪のようなものが一つずつ。皇紀には槍が降って来たんですよ」

 「凄いですね! 本当にそのようなものが!」

 「ええ。それでね、帰りの飛行機の中で、こいつらが悪戯して」

 「え?」

 「槍に腕輪を通して、オチンチンとキンタマにしやがって。そうしたら振って来たものが怒っちゃって」

 「えぇ!」

 「もう、飛行機のエンジンが全部爆発して落っこっちゃって」

 「!」


 柏木さんが言葉も出ない。


 「緊急海上着水ですよ! 慌ててみんなで助けに行きました」

 「……」


 「ごめんなさい」

 

 「それでね。もう槍も腕輪も怒っちゃって持てないんですよ。持つと物凄い電撃で」

 「ごめんなさい」

 「俺がやっと宥めながら回収したんですけどね。俺も結構ビリビリして参りました」

 「ごめんなさい」


 柏木さんがしばらくして大笑いした。


 「石神先生のご家族はみなさん素敵ですね!」

 「今の話、聞いてました?」


 三人で笑った。

 双子がかき氷を作りに来て、三人で食べた。

 柏木さんは少量だ。


 風呂から上がり、女性陣に入るように言った。

 千鶴と御坂が「虎温泉」に喜んだ。


 「露天風呂もあるんですか!」

 「ああ。ルー、ハー! 謂れも説明してやれ」

 「「はい!」」


 俺たちはリヴィングへ戻り、皇紀は先につまみを作り始めた。


 「千鶴から聞きました。『虎は孤高に』は、石神先生のことを描いているのだと」

 「ええ、親友の南という女性が小学生の同級生でしてね。小説家になって、俺のことを書いていたんですよ」

 「そうなのですか。私はテレビはまったく観ないので存じ上げませんでした」

 「まあ知らなくていいんですけどね! 小説が大ヒットし、ヤマトテレビがドラマ化したんです」

 「大変な評判のようですね」

 「なんだかね。まあ原作が面白いですから」

 「今度読んでみます」

 「アハハハハハハ!」


 皇紀が手際よく料理を作っているので、柏木さんが感心して見ていた。


 「お子さんたちは料理が上手いですね」

 「まあ、奴隷ですからね!」


 皇紀が笑ってこちらを見ていた。


 「タカさんがずっと毎日美味しいものを作ってくれたんですよ。僕たちを引き取ってからずっと。忙しい仕事なんですけどね」

 「将来奴隷にするためだ!」

 「アハハハハ! でも、本当に美味しくて。だから僕たちも自然に料理を覚えました」

 「こんなこと言って、こいつら10キロも肉を喰うんですからね!」

 「一杯食べてましたねぇ」

 「牛の怨霊とかついてません?」

 「アハハハハハハ!」


 雪が降った日に、牛の雪像を作って線香を挙げたと話すと、柏木さんが爆笑した。


 「今度私も呼んで下さい」

 「是非!」

 

 俺は冗談半分でこの家に悪いものがいないか聞いてみた。


 「いるわけがありません。石神先生がいらっしゃいますし、それに随分と強い妖魔が護っていますね」

 「ああ、分かりますよね」

 「はい。私が怖がらないように大分力を加減してくれているようですが、その大きさは分かります」

 「「クロピョン」大黒丸と、他にも強い妖魔の結界もあります。以前に無かった時には潜り込んで来る奴がいましてね」

 「そうなのですか!」

 「うちの番猫が全部やっつけてました」

 「ああ、ロボさん!」


 ロボが呼ばれたと思ったか俺の膝に上がって来た。


 「私には僅かにしか分かりませんが、とてもお強いんですね」

 「まあ。可愛いネコなんですけどね」

 「はぁ」


 ロボが喜んでジルバを踊った。

 柏木さんが手を叩いて喜んだ。

 ロボは妖魔と違って、霊能者にも分からないのだろう。

 可愛いネコなのだが。


 柏木さんには、何も隠す必要は無いと考えていた。

 完全に信頼出来る人だ。


 「そうだ、吉原龍子の残した遺産を見ていただけませんか?」

 「吉原さんの?」

 「はい。ノートの他に俺に遺したいというものが結構ありまして」

 「そうなのですか」

 「でもね、ちょっと危険なものも多くて、今は一室に封印しています」

 「分かりました。拝見させていただきましょう」


 皇紀が緊張した目で俺たちを見ていた。

 俺は美味い物を作っておけと言って、柏木さんを裏の建物へ案内した。

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