第2326話 挿話: 青の憂鬱 Ⅱ
俺はドアを開いてみなさんを中へ案内し、カスミと涼ちゃんに事情を説明した。
「長崎からですか!」
「そうなんだよ、わざわざうちの店にね。だから試食のもので申し訳ないんだけど、みなさんに食べてもらおうかと思って」
「マスター、分かりました!」
涼ちゃんが嬉しそうな顔をして賛成してくれた。
今日は試食のつもりで気楽なはずが、申し訳ない。
「マスター、これでは足りないので、作り足しますね」
「ああ、カスミ頼むよ。涼ちゃん、一緒に運ぶのを手伝ってくれ」
「はい!」
テーブルに6人ずつ掛けてもらい、足りないので3人にカウンターへ座ってもらった。
犬浦聖堂という教会の方たちらしい。
後から追加すると言い、先に出来ていた料理を温め直して運んだ。
カスミがその間にどんどん追加で作っていく。
同時に出せなくて申し訳ないと言うと、かえって謝られてしまった。
それに注文を受けることも出来ず、こちらが提供するものを食べてもらうしかない。
「美味しいですよ!」
「見た目も綺麗! 柴葉さんの御心のようです!」
「いや、そんなんじゃないですから!」
皆さんが喜んで食べてくれ、俺は試食の検討をしていたことを話して感想をお聞きした。
褒めて下さるのを感謝しながら、忌憚の無い意見をとお願いし、幾つか有意義な感想を伺った。
ゆっくりと召し上がって頂き、カスミにメニュー外のものも作らせて、少しずつ食べてもらってまたご意見を伺った。
俺たちで検討する以上に、有意義な試食会になった。
本当に有難い。
食事が済んで、俺は皆さんにコーヒーを淹れた。
カスミが試食用で作っていたベリーのタルトを切って出した。
一人当たりの量が小さくて申し訳ないが、みなさん喜んでくれた。
赤虎が3台の機械を入れてくれていたので、20人もの人たちにそれほどお待たせせずに出せた。
コーヒーも評判がいい。
皆さんが寛ぎながら、ローマ教皇が語ったという俺と明穂の話に感動したのだと言ってくれた。
俺はマクシミリアンさんとの不思議な縁を話し、そのことも感動してくれた。
もちろんマクシミリアンさんがシュヴァリエという特別な職であることは伏せ、ローマ教皇庁の人間とだけ伝えている。
そして皆さんのお陰で、メニューの大きな参考にさせてもらったお礼を述べた。
2時間ほどもいらして、皆さん帰ることになった。
若い方が電話でバスを呼んでいる。
2人の方が俺の所へ来た。
「あの、御代はお幾らになりますか?」
元々試作品であり勝手にこちらで提供して食べて頂いたものなので、料金を取るつもりは無かった。
そうお話しすると驚かれ、そうはいかないと言われた。
「突然開店前に押し掛けた上に、こんなに美味しいものを頂いてお支払いしないわけには」
「いいえ、わざわざ長崎から来て下さり、感激しました。それに試作品で拙いものをお出しして申し訳ないのに、いろいろご意見やアドバイスまで頂けて、本当に感謝しています」
しばらく押し問答のようになったが、値段も決めていないものということで、お断りした。
帰りに皆さんが俺に一人一人握手を求められ、俺も恐縮した。
俺に断って外観を写真に撮って行かれた。
集合写真も撮られ、俺たちも一緒に入れられた。
「やっぱり素晴らしい方だった」
「こんな方とお知り合いになれて感動した」
「神の御加護がありますように!」
何かとんでもないことを口々に言われ、俺も困った。
三人でバスを見送り、皆さんが手を振りながら帰って行った。
皆さん、嬉しそうに笑って帰られたので、俺はそれで良い気分になれた。
翌週、赤虎が来た。
「おい、青。お前大変なことをしたな」
「なんだよ?」
赤虎が部下の一江さんに聞いたのだと、俺にプリントを寄越した。
《ローマ教皇絶賛のお店! 伺って来ました!》
「!」
長崎の犬浦聖堂教会のホームページだそうだ。
非常に有名な教会で、世界遺産にもなっているそうだ。
俺の店に来て、よく調べもせずにオープン前に押しかけてしまったこと。
しかし店主の俺が快く中へ入れてくれ、素晴らしい食事とコーヒーを振る舞ってくれたこと。
その代金は受け取らず、わざわざ長崎から来てくれたことを喜んでくれたこと。
《あれほど清貧で美しい方はいない》
《料理は本当にどれも美味しく、神の恩寵を感じた》
《お店も神々しさを感じた》
《従業員の二人の女性は天使のように美しく優しい方々だった》
その他、その他……
「……」
俺は言葉もなく呆然としていた。
なんなんだ、これは……
「これさ、日本中の教会なんかで大評判になっててさ」
「……」
「ローマ教皇の言葉だけでもでかかったんだけどよ、実際にお前の店に来た人たちがこんなだろ? 「般若」はもう、全国のクリスチャンにとって、聖地みたいに思われてるみたいだぞ?」
「……」
赤虎が、他の様々な教会や団体の評判も一緒に見せてくれた。
固まって何も言えなかった。
赤虎は伝えるべきことは伝えたと言った。
「じゃあ、俺、帰るから」
「待て! 赤虎!」
「なんだよー」
「待て! 助けろ!」
「お前が自分でやったんだろう!」
「そんなこと言うなよ! 頼むよ!」
「俺だってどうしようもねぇよ!」
赤虎は一江さんから聞いたので知らせに来ただけだと言いやがる。
「一応、長崎の人たちはオープンの日をちゃんと書いてるからよ。もう事前には誰も来ないと思うぞ?」
「オープンしたら来ると思うか?」
「まあ、そうだろうな」
「おい……」
「お、俺のせいじゃねぇかんな!」
「元はお前がローマ教皇なんか呼んだからだろう!」
「元々お前がマクシミリアンと仲良くしたせいだろうが!」
「てめぇ! 赤虎!」
俺たちが掴み合いをするのをカスミと涼ちゃんが止めに入った。
カスミは赤虎がやることは一切否定できないので、涼ちゃんが赤虎を引きはがしてくれた。
「と、とにかくがんばれー!」
「ま、待て!」
赤虎はさっさと帰りやがった。
あのやろう!
オープン前だったが、やたらと大勢の人が鈴なりになって俺の店の写真を撮りに来るようになった。
毎日、いろいろな人が来て、敷地の外からシャッター音が響く。
たまに俺やカスミ、涼ちゃんが外に出ると歓声が沸き、また写真を撮られる。
これ、本当にオープンしたらどうなるんだ?
俺はそれが怖い。
赤虎のやろう!
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