第2297話 ガンスリンガー

 聖とアラスカで飲んだ時に気になる話を聞いた。


 「お前の射撃の腕はピカイチだよなぁ。いつも頼もしいぜ」

 「いや、まあそれなりに訓練はしたけどな」

 「でもニカラグアの時からそうだったじゃねぇか」

 「あの時は必死だよ。トラを守るって気持ちでよ」

 「そっか」


 まあ、素直に嬉しかった。

 こいつはあの時からずっと同じ気持ちで俺を守り、今もそのために鍛錬を続けてくれているのだ。

 

 「でもよ、俺よりもずっと上の人間がいるよ」

 「まあ、そうだろうな」

 

 もちろん聖の腕はいいが、それよりも上の人間はいるだろう。

 聖も間違いなくトップクラスだが。

 でも、射撃を専門に四六時中訓練しているスナイパーなどとは、練度の濃さが違う。

 それは俺たちも分かっている。

 

 「俺も会ったことは無いよ。そいつらは《ガンドッグ》と呼ばれてる。ちょっとその話をしたかったんだ」

 「《ガンドッグ》?」

 「ああ。あるガン使いの連中が集まった組織があるんだと」

 「そうなのか」

 「暗殺者の集団だよ。まあたまに戦場にも来るけどな」


 聞いたことがない。

 銃の扱いが上手いなんて、軍人でも暗殺者でも普通のことだ。


 「どんな連中なんだ?」

 「とにかく銃の扱いの次元が違うらしい。特殊な訓練をしていて、信じられないような技も持っているんだってさ」

 「技?」

 「俺も見たことは無いよ。でも聞いたところでは、弾丸の軌道も変えられるらしい」


 驚いた。


 「なんだと?」

 「ブリットの軌道を曲げて撃ち込むことが出来る。だから遮蔽物の向こう側の奴も殺される」

 「おい、そんなことは……」


 幾ら何でも無理だ。

 しかし聖は確信しているようだった。


 「連中は出来るんだよ。もっと凄い技もあるそうだ。そういう技を持っている奴が、連中の中でも「ガンスリンガー」と呼ばれている」

 「信じがたいな」

 「ああ。だけど、俺は「ガンスリンガー」にやられた奴を知ってる」

 「ほんとか!」

 「8年前の大統領候補だ。防弾ガラスの壁に囲まれて演説をしてた」

 「ハーマン候補か!」

 「そうだ。上は何も無かったからな。防弾ガラスの上を弾丸を曲げて、頭を吹っ飛ばされた」

 

 俺も覚えている。

 現代のアメリカで暗殺者が大統領候補を殺すなど、まったくあり得ない大事件となった。

 当然対立候補が疑われたが、何の証拠も見つからず、殺された候補にも幾つかの黒い疑惑も浮かんできて、結局曖昧なまま未解決事件として終わった。


 「殺されたハーマンは陸軍の暗部に逆らった。あれは陸軍が「ガンスリンガー」を雇ったんだ」

 「あれはビルの上からの狙撃じゃなかったのか!」


 公式の発表ではそうだったはずだ。

 いや、それ以外にはあり得ない狙撃だった。


 「違う。群衆が銃声を聞いている。地上からだよ。弾丸を曲げて防弾ガラスを超えたんだ」

 「まじか……」


 本当に驚いた。


 「驚異的な連中だ。俺だってあの状況で同じことは出来ない。弾道を曲げるなんて発想もねぇよ」

 「そうだなぁ」

 

 どうやるのかは想像も出来ない。

 でも、実際にやれる奴がいるということだ。


 「その組織のことは分かるか?」

 「今、丁度調べようとしてるよ。俺も最初はジャンニーニから前に聞いたんだ。ハーマン候補の時にはマフィアを経由しての依頼だったらしい」

 「じゃあ、ジャンニーニに聞けば分かるのか?」

 「いや、あいつも別なファミリーから聞いたんだよ」

 「なんだ、じゃあ面倒だな」

 「ああ、それに、そのファミリーは今はねぇ」

 「どうしたんだ?」

 「あのな、俺たちで潰しちまった」

 「あ?」

 「ほら、マリアの件で揉めたマフィアのファミリーがいたろう」

 「ああ!」

 「あそこだ」


 ジャンニーニのために、俺と聖で潰した。

 マリアを寄越せというそのファミリーの要求をジャンニーニが突っぱねたからだ。

 俺と聖でボスから幹部、ソルジャーの大半を殺した。


 「あいつら、ほとんどぶっ殺しちまったよなぁ」

 「そうなんだよ。トラ、容赦ねぇかんな」

 「お前も一緒だったろう!」


 聖は平然として酒を飲んでやがる。

 俺もワイルドターキーを口に含んだ。


 「それでな」

 「おう」

 「ジャンニーニが気になることを言ってたんだ」

 「あんだよ」

 「どこの誰かは分からないんだけど、ジャンニーニに「ガンスリンガー」に繋ぎが付けられるのかって連絡が来たらしい」

 「あ?」

 「あのファミリーのシマはジャンニーニが受け継いだだろ? だからだよ」

 「あー」


 俺たちが潰したのだが、俺たちはファミリーなんていらない。

 だからジャンニーニにすべて任せた。


 「ジャンニーニは話には聞いてたけど、連絡先は知らねぇ。前のファミリーのボスと幹部が繋がってたんよ。だからそう言った」

 「そこまでか」

 「まあな。でもちょっと頭を使って、断る前に何の依頼かを聞いたぜ」

 「ほう」

 「「虎」の軍を相手に出来るかと言われたそうだ」

 「……」


 そういうことか。


 「ジャンニーニは繋ぎは付けられないと断った。だから別なルートで依頼が行くかもしれない」

 「分かった、気を付けておくよ」

 「一般の軍人でもない。特殊な能力を持っている。やられるなよ?」

 「ああ」





 「ガンスリンガー」の話は終わった。

 俺にも曖昧なままだった。

 気を付けるとは言ったが、俺はそれほど気にはしていなかった。

 今更銃弾など、俺たちが恐れることがあるだろうか。


 その考えが甘かったことを思い知ることになる。

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