第2275話 院長夫妻と蓮花研究所 Ⅱ

 院長を案内しようとすると、丁度早乙女から連絡が来た。

 

 「今、《デモノイド》が来た。これから戦闘が始まる」

 「分かった。子どもたちを向かわせる」

 「済まない、宜しく頼む。でも、ギリギリまでは俺たちにやらせてくれ」

 「分かってるよ。念のためだ。存分にやれ」

 「ありがとう、石神!」


 俺はルーを呼んで皇紀以外の出撃を命じた。


 「行ってくれ。危ない場面までは手を出さないようにな」

 「うん、分かりました!」


 それだけの会話だ。

 事前に打ち合わせを済ませている。

 「アドヴェロス」のハンターだけで《デモノイド》と決着を付ける作戦だった。

 子どもたちは念のためだ。


 「石神、ルーちゃんたちは出掛けるのか?」


 院長が俺に聞いて来た。

 

 「ええ、ちょっと。すぐに戻りますよ。さあ、じゃあ行きますか」


 俺は「ティーグフ」にW塔へ向かうように言った。





 W塔(ウェポン・タワー)では院長にレールガンや「カサンドラ」など、俺たちの開発した武器をお見せした。


 「ジェヴォーダンとバイオノイドには、通常の武器が通じません」

 「ああ、それは聞いている」

 「主に二つの理由。高速で移動するので、人間の照準が間に合いません」

 「ああ」

 「もう一つは、「花岡」の技です。これによって威力を減衰され、またこちらの「花岡」も強力な技でなければ通用しないんです」

 「うむ」


 俺は院長に実際の戦闘の映像やCGで作った映像などを見せて行く。


 「「カサンドラ」は高出力タイプの「レーヴァテイン」を開発しました。今は更に「デュランダル」の開発を進めています」

 「更に威力が増すのか?」

 「まあ、そう考えて頂ければ」


 実はそうではないのだが、そういう一面もあるので肯定しておいた。

 院長は俺たちの兵器に関してはあまり知らなくてもいい。


 俺と蓮花は院長に現在の俺たちの基幹になっているものを紹介していった。

 移動や輸送の「タイガーファング」や「ファブニール」「レッドオーガ」など。

 霊素探知レーダー。

 爆撃機ヨルムンガンドと超高温爆弾「シャンゴ」など。

 戦闘機メタトロン

 それにデュールゲリエとその派生型。

 そして「武神」たち。


 格納庫で眠る「武神」を見せた時、院長は畏怖していた。


 「石神、これを使うことはあるのか?」

 「俺たちがいなくなれば。地上の全てを破壊して、「業」たちは滅びます」

 「誰も生き残れないのか」

 「……」


 俺には答えられなかった。

 院長にも、「武神」の性能は一切喋ってはいないが、院長はその特殊能力で何かを感じたらしい。


 「一度だけ、ロシアからの救出作戦で「月光狼」が出撃しました。ほとんど能力は発動していませんでしたが」

 「アラスカへ移民を運んだ作戦だな?」

 「はい。敵が膨大な数の妖魔と「神」を出してきましたので、仕方なく。その戦闘だけです」

 「そうか。この者たちには戦って欲しくないな」

 「はい」


 院長が真剣な目で「武神」たちを見ていた。






 本館に戻り、地下へ移動した。

 

 「妖魔の解剖をこの地下で行なっています」

 「そうか」

 「見ていて気持ちの良いものではないので、気分が悪くなったら言って下さい」

 「バカモノ、俺は医者だ」

 「そうですね」


 地下深く降りて、幾つものゲートを潜って行く。

 もう死んでいる妖魔たちだが、万一に備えて厳重な隔離をしている。


 格納スペースと実験スペース、解剖スペースに分かれている。

 解剖スペースでは今も何人かの職員が解剖を行なっていた。

 解剖台に妖魔の死骸を乗せて、様々な機器を使いながら解剖している。

 俺たちは廊下のガラス越しにそれを見ている。


 「世の中に知られていない機器もあります」

 「どういうものだ?」

 

 院長は医者として、活用出来るものはないかと考えているのかもしれない。


 「主には霊素観測と解析の機械ですね。妖魔は物理的な構造だけでは分からないことが多いもので」

 「なるほどな」

 「CTやMRIなどももちろんありますよ。大分高性能ですけどね」

 「うちにも入れろ」

 「アハハハハハ!」


 俺の「神殺し」の残った欠片を見つけてくれた長谷川の会社「帝国理科測定」が、俺たちの技術を使いながら高性能の機械を開発してくれるようになった。

 通常の医療機器の分野でも他の医療機器メーカーより遙かに高い性能の機器を作るようになった。

 今はまだ多くの医療機関に既存のメーカーが喰い込んでいる状況が続いているが、今後は「帝国理科測定」が市場の多くを握って行くことは確実だ。

 院長もまだ、そのことを知らない。


 「まあ、今後は期待して下さい」

 「よし!」


 院長が笑った。

 俺を信頼してくれている。


 最後に院長をミユキの花壇へ御連れした。

 丁度満開だ。


 「ここは?」

 「ブランのミユキがこのシロツメクサを育て始めたんです」


 ミユキ皇紀との話を院長にした。

 院長が優しい笑顔で俺の話を聞いてくれた。


 「この花壇が出来てから、他のブランたちや研究所の所員たちも、ここによく来るようになったんですよ」

 「そうか。ここは気持ちのいい光が満ちているな」

 「そうですか」

 「ああ、ルーちゃんとハーちゃんも一部光を注いでいるんだな」

 「分かりますか」

 「そりゃお前」


 院長が指さしたシロツメクサが異常に大きな花を咲かせている。

 蓮花と笑った。


 「ミユキたちブランは子どもを残せません」

 「そう聞いたな」

 「しかも、短命です。40代まで生きられるかどうか」

 「うむ……」


 院長が思わず悲しそうな顔をする。

 甦ったとはいえ、「業」に激しい人体破壊をされた人間たちだった。

 そして、その短い余生を戦いに捧げようとしている。


 「ブランたちは、戦って死にたいと思っています」

 「……」

 「このシロツメクサは、彼らの祈りなんですよ」

 「!」

 「自分たちが果てた後に、この美しいシロツメクサが残る。だから笑って逝ける」

 「石神……」


 この小さな花たちが、ブランたちの子孫なのだ。

 そのことが分かっているから、研究所の所員たちも、この花を大切にしようとしている。


 「今この周辺の山に、シロツメクサを株分けしているんです。いずれもっとあちこちへと思ってます」

 「そうか。じゃあ、俺も光りを注いでおくかな」

 「お願いします」


 院長が両手をシロツメクサに向けた。

 俺も蓮花も何も見えないが、温かな院長の眼差しが全てを物語っていた。


 P塔に寄り、丁度着替えが終わった静子さんを迎えた。


 「石神さん! 素晴らしかったわ!」

 

 静子さんが珍しく興奮していた。


 「あんなものがあるなんて! 私、感動しちゃった!」

 「そうですか。それは良かった」


 話しまくる静子さんを宥めて、本館で紅茶を用意した。

 

 「私ね、街のチンピラとか怪物をどんどん斃して行ったんですよ!」

 「そうなのか!」


 静子さんが楽しそうに院長に話していく。


 「こう、ね。普段は出来ない動きがあの世界では出来てね。ばーんって敵をぶっ飛ばしてね」

 「おいおい」

 「ビューンって空も飛べるんですよ! 世界中どこでもすぐに行けちゃうの! パリの街でね……」


 静子さんの興奮が納まらない。

 戦闘は少しだけで、あとは世界中の観光をしていただいた。


 「ああ、アンドロイドのルーちゃんとハーちゃんが案内してくれたんですよ!」

 「そうなのか」

 「サハラの砂漠の夕陽が綺麗だったぁ! それとね、グランド・シャルトルーズ修道院での夜明け! あれも素晴らしかったわ!」

 「そうか、いつか行ってみたいな」

 「是非! ねぇ、絶対に行きましょうね!」

 「ああ、分かったよ。楽しみだな」


 服装も一瞬で変わるのだと院長に楽しそうに話していた。

 院長はニコニコと静子さんの話を聞いていた。


 「石神、ありがとうな」

 「いいえ。静子さんのためですから」

 「そうか」

 「石神さん、本当にありがとう!」

 「良かったですよ」

 

 静子さんが本当に楽しそうだった。

 そして、その静子さんを観て、院長も幸せそうだった。





 早乙女から、戦闘が終わったと連絡が来た。

 俺は廊下へ出て電話を受けた。


 「なんとか、上手く行ったよ」

 「そうか、良かったな」

 「後でまた詳しいことを報告する」

 「ああ、デュールゲリエからも詳細なデータが来ているだろうしな。ゆっくりしろよ」

 「ありがとう、石神。お前のお陰で安心して戦えたよ」

 「いいって。ハンターたちを労ってやってくれ」

 

 「ああ! ありがとう!」


 子どもたちも戻り、すぐにカレー大会の準備を始める。

 まあ、レシピはブランたちにも伝えてあるので、みんなで作るだろう。

 そして今日は金曜日。

 アレの日だ。

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