第2269話 院長夫妻と別荘 XⅠ 絵画コンクール 3

 「ちょっと皇紀!」

 「うん!」

 「すぐに文部科学省に問い合わせ! タカさんの大臣賞を確認!」

 「分かった!」

 「ルー、ハー!」

 「「はい!」」

 「過去の新聞記事を全部当たって! 難しいかもしれないけど、テレビ放映も!」

 「「分かった!」」

 「柳さん!」

 「うん!」

 「御堂さんに、文部科学省に圧力を!」

 「うん!」

 「モタモタしてたら首を挿げ替えるよ!」

 「おす!」

 

 亜紀ちゃんの頭を引っぱたいた。

 

 「いい加減にしろ!」

 「だって! タカさんの絵が文部大臣賞でしょ?」

 「だからなんだよ!」

 「なんで私に話さないのぉー!」

 「何で言わなきゃいけないんだよ!」

 「タカさんのバカァー!」

 「てめぇ!」


 院長たちが大笑いしていた。

 響子も爆笑している。


 「タカさん! その絵はどこにあるんですか!」

 「今から話そうとしてたんだぁ!」

 「はやくぅー!」

 「お前が邪魔したんだろう!」

 「はやくぅー!」


 憮然と俺は話し出した。 

 




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 コンクールと、その後のもっと大きな催しのために、しばらく経ってから俺の描いた絵が戻って来た。

 俺はお袋にもうすぐ見せられると言うと、お袋が大喜びした。


 「やっと高虎の絵が観れるのね!」

 「ほんとだな!」

 「もう、本当に楽しみ」

 「ああ、額装してもらってるんだよ」

 「へぇー!」

 「金色の額なんだぜ!」

 「そうなの!」


 まあ、金色は多いのだが、当時は俺も全然知らなかった。


 「校長先生がさ、月曜日の朝礼で表彰するって言ってるんだけどさぁ」

 「ほんとにぃ!」

 「なんか照れ臭いよ」

 「何言ってるの! 高虎は文部大臣賞までもらったのよ! ああ、本当に早く観たいなぁ」

 「しばらく学校に飾るらしいよ。お袋も見に来ればいいじゃん」 

 「そうね。小学校なら近いから観に行けるかな」

 「うん。先生にも話しておくよ!」

 「うん!」


 俺の絵はコンクールの間は都内の美術館に一か月間掛けられ、その後1週間文部省に掛けられた。

 お袋は仕事が忙しく、そこまで観に行けなかった。

 俺も観ていない。

 やっとお袋に観てもらえる。

 俺にはそれが嬉しかった。

 お袋が本当に楽しみにしてくれていたからだ。


 



 そして月曜日。

 朝礼の前に俺は職員室に呼ばれた。

 安田先生が泣いており、俺の姿を見ると駆けてきていきなり土下座された。


 「安田先生!」

 「石神君! 本当にごめんなさい!」

 「どうしたんですか!」

 

 安田先生は大泣きして何も喋れない。

 校長先生に呼ばれ、校長室に行った。

 校長先生、教頭先生、担任の島津先生、そして泣いている安田先生が入った。

 校長室の棚のガラスが割れていた。


 「石神君。君の絵をここに保管していたんだ」

 「これって……」

 「誰かは分からない。でもここに忍び込んで、君の絵をどこかへ持ち去ったんだ」

 「え……」

 「申し訳ない。君がどんなに頑張って描いたのかは安田先生から聞いている。一度何者かに絵を破かれ、君はそれにめげずにもう一度描いた。その絵があんなに立派な表彰を受けた」

 「……」

 「もう二度と間違いが起こらないように、安田先生がここに保管させて欲しいと。でも、こうなってしまった」

 「俺の絵は……」

 「分からない。必ず探し出す」


 俺も頭が真っ白になっていた。

 まさかこんなことが起きるとは思ってもみなかった。


 「お袋が楽しみにしていたんです」

 「うん、安田先生から聞いているよ。お母さんは忙しくて、まだ石神君の絵を見ていないんだよね」

 「やっと観られるって、先週も喜んでて」

 「石神君……」


 俺はあまりのショックで、思わず堪えていたものを口にしてしまった。


 「どうして俺、こんなに嫌われちゃったかな……」

 「石神君は全然悪くないよ! あなたは真面目に頑張ってた! 私はずっと傍で見てたよ! みんなもよく知ってる!」

 「お袋に申し訳ない。お袋は真面目で優しい人なのに。でも息子の俺はこんなに誰かに憎まれてしまうんだ。お袋は全然違うのに、俺はどうしようもない。なんでかな。俺、そんなに恨まれることしたかな……」

 「石神君!」

 「石神君、君のせいじゃないよ。君は立派にやってきた。君を恨むなんて、その人間がどうかしているんだ」

 

 校長先生も言ってくれたが、俺にはお袋への申し訳なさで一杯だった。


 「お袋、ごめん! 俺は本当にダメな奴だ」

 「違うよ石神君!」


 安田先生が俺を抱き締めて泣いていた。






 安田先生が俺の足に抱き着いて膝をついた。

 俺も多少は落ち着いた。

 俺のために集まってくれた先生方に愚痴を零して申し訳なかった。


 「石神君! 本当にごめんなさい!」

 「安田先生、もういいですよ。もうどうしようもない」

 「そんな! 必ず絵は見つけ出す!」

 「はい」


 俺には何も言えなかった。

 無性にお袋に申し訳ないと思っていただけだ。

 あの絵はお袋が誰よりも楽しみにしていたのだ。

 文部大臣賞など、どうでもいい。

 ただ、お袋の喜ぶ顔が見たかった。

 でも、俺がこんなで、恨まれて絵を見せられないことが申し訳なかった。

 お袋が知れば、ショックをうけるに違いない。

 他人からこれほどまで憎まれる俺をお袋はどう思うだろうか。






 朝礼で俺は校長先生から表彰状を頂いた。

 ただ、俺の絵は無かった。


 突然、安田先生が朝礼台に駆け上がって来た。

 俺も校長先生も驚く。

 安田先生はマイクも使わずに大きな声で話した。


 「石神君は、一度誰かに破られた絵を、もう一度描いたんです!」


 全校生徒が何事かと見ている。


 「本当に頑張って! 日数も無かったのに、頑張って毎日夜遅くまで! そうやって描いたの!」


 みんな、真剣に聞いていた。

 安田先生の必死さが、みんなの胸に入って行った。


 「そして石神君の絵は文部大臣賞まで取った! 一番上の賞です! 本当に素晴らしいことです!」


 俺のファンクラブの女の子たちが拍手した。

 それはすぐに全校生徒の大きな拍手になった。


 「でも、聞いて下さい! 石神君の最初の絵は誰かに破られてしまった! 石神君の要望で、誰がやったのかは探しませんでした! そして今日、校長室に保管していた石神君の絵が、また誰かに盗まれてしまった!」


 生徒たちが驚いている。

 ファンクラブの女の子たちは怒りの叫びを上げている。

 いつもは俺の敵の男子たちも、酷いことだと叫んでいる。

 安田先生は言った。


 「私は許せない! でもどうか聞いて下さい! 石神君があの絵を一番誰に見せたかったのか! それは石神君のお母さんです! お母さんは忙しい方で、まだ一度も石神君の絵を見てないんです! 先週やっと戻って来て、石神君の絵を見ることを楽しみにしていたんです!」


 俺は聞きながら、またどうしようもなく泣いてしまった。


 「お願いです! 誰なのかは分かりませんが、石神君の絵を返してください! お願いします! 石神君のお母さんに見せてあげて下さい! お願いします!」


 安田先生が朝礼台の上で土下座した。

 俺にはそれで充分だった。

 俺も隣で一緒に土下座した。






 その後、俺の絵は焼却炉の中で灰になって見つかった。

 燃え残った額の一部でそれが分かった。

 絵の部分はもちろん完全に焼失していた。

 もう安田先生がみんなに頼み込んだ時には燃やされていたのだ。


 その日の夜に、校長先生、安田先生、島津先生となぜか音楽の本多先生が俺の家に来た。

 お袋にこの不始末を謝っていた。

 お袋には、管理が甘く、絵を紛失してしまったと説明された。

 誰かが俺を恨んでやったのだとは言わないでくれた。

 お袋は残念そうな顔をしたが、もうどうしようもない。

 

 「もう、結構ですよ。みなさん、どうか忘れてください」

 

 安田先生が、せめともと自分がスクラップしていた俺の表彰の載った新聞記事と文部省の冊子、そして美術館で許可を得て撮った写真をお袋にくれた。

 お袋が喜び、写真を眺めて嬉しそうだった。


 「ありがとうございます! やっと高虎の絵が観れた……」


 少し高い位置にあった絵なので画角が台形に歪んでいる。

 フラッシュを焚いたのでの、画面の右上が光っている。

 ピントも少し甘かった。

 でも、俺の絵だった。

 そして、学校からの表彰の品だと、ファーバーカステル36色の水彩色鉛筆を頂いた。

 相当高価なもので、お袋と喜んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る