第2239話 着られなかった着物 Ⅲ
話が終わると、響子が俺に抱き着いて泣いていた。
子どもたちも泣き、双子は特に大粒の涙を流していた。
「レイが書いた『マリーゴールドの女』をニューヨークで公演した時にな。静江さんが俺に話してくれたんだ」
「そうだったんですか」
「その着物も見せてもらったよ。品の良い水色の地に、菖蒲の紫と緑、そして艶やかな極彩色の鳳凰が舞っているという見事な意匠だった」
「素敵ですね」
自分も着物を持っている亜紀ちゃんが想像していた。
「静江さんが言っていたけど、流石はコシノ重工の家の人間が所有していたものだと感心していた。最高の仕上げのものだそうだ」
レイの母親は、着物はそれだけだったようだ。
アメリカで着る機会も無かっただろうから、余程の思入れがあって傍に置いていたのだろう。
柄から言っても自分が着る年齢のものではない。
恐らく、レイに渡すつもりだったのかもしれない。
「その着物は今は?」
亜紀ちゃんが聞いて来る。
「俺に渡そうとしていたんだけどな。俺が静江さんに持っていてもらうように頼んだ。静江さんの方が着物の扱いに詳しいからな」
「そうですね」
本当は静江さんは俺に持っていて欲しいと思っていただろう。
それがいいのは分かっている。
でも、俺には余りにも辛い物だった。
レイがあの着物を着て俺のもとへ帰って来るつもりだったのだ。
どんなにか、それを楽しみにしていたことか。
情けないことだが、それを思うと、俺はどうしても引き受けられなかった。
「いずれ、響子が着ればいいんじゃないか?」
「え、私?」
「ああ。レイが最高に可愛がっていた響子だからな。レイも喜ぶだろう」
「そうかな?」
「そうだよ」
「分かった!」
響子が決心するように言った。
響子にも、その着物の意味が分かるのだろう。
「着物というのはな、代々女性の間で引き継がれるものだ。レイの着物は響子が引き継いでくれよ」
「うん!」
「亜紀ちゃんも、そういう着物を持っているよな?」
「はい」
日本橋の呉服屋の亀さんから譲って頂いたものだ。
「ああいうのは本当に縁だからな。大切にしてくれ」
「そうですね」
亜紀ちゃんが立ち上がった。
「タカさん」
「なんだよ?」
「マクダネルって奴の居場所は分かりますか?」
「バカ!」
「軽く、消し炭にしてやりましょう。ああ、当時のレイを虐めた連中も」
「やめろ! あんな連中、相手にするんじゃねぇ!」
「でも!」
「レイにとっても石ころよ。ちょっと躓いてしまったけど、それだけの連中だ。大したもんじゃねぇ」
「ウーン……」
亜紀ちゃんが唸っている。
「レイを可愛がってりゃよ。そこで相当な実績を発揮したに違いねぇ。それをなぁ」
「まあ、そうですね」
亜紀ちゃんは言いながらも納得出来ないようだった。
話題を変えた。
「ああ、レイを救ってくれたスペンサーはな」
「はいはい!」
「「虎」の軍に入ってた」
「本当ですかぁ!」
亜紀ちゃんと子どもたちが大喜びする。
「俺も後から調べたんだ。ああいう人間はうちに欲しいからなぁ。そうしたら、海軍の志願者の中にいてよ。もうアラスカで働いてくれてた」
「なんで教えてくれないんですかぁ!」
「うるせぇ! いちいちお前らに話すか!」
「今話したじゃないですかぁ!」
「忘れろ」
亜紀ちゃんが皇紀と双子に、今度何を持って行こうかと話し合っていた。
「やめろよ! 俺がもう会いに行ってるからな」
「でも、私たちもお礼がしたいですよー!」
「お前らまで図々しく行くな! ああいう人間は誇り高いんだ。謂れもなく何かを貰いたい奴じゃない」
「まあ、そうでしょうけどー」
俺は話してやった。
「スペンサーは、レイの最期のことを知っていたよ。自分の下で一生懸命に働いていたレイが、「虎」の軍のために命を懸けたのだと知っていた。だから俺は本当のことを話した」
「そうだったんですか……」
「世話になったスペンサーのために、レイが海軍を辞めたことはもちろん分かっていた。俺は全部話した。レイとロックハート家の関係、海軍を辞めた後でロックハート家で如何にまた頑張っていたのか。そして日本に来て俺と共に「業」と戦う決意をしてくれたこと。特に防衛システムの海上輸送の話は、スペンサーも感動していたよ」
「そうですか」
「やっぱりレイは最高だと言っていた。もっと自分が護らなければいけなかったと言って泣いていたよ。そして、レイの最期の真実を聞いて、自分が「虎」の軍に来たのは運命だと言ってくれた。レイが命を捧げた「虎」の軍で、自分も最後まで戦うと言ってくれた」
「そうですか! やっぱりみんなで行きますね!」
「だから辞めろってぇ!」
「スペンサーさんは、今どんな仕事をしているんですか?」
皇紀が聞いて来た。
「機密だ。ある特別な兵器の開発に携わっている。だから、しばらく接触出来る人間も限られているんだ」
「なるほど」
皇紀ならば構わないのだが。
まあ、そういうことも伝わっただろう。
皇紀が後から聞いてきたら話してもいい。
「今は大佐階級になっていてな。プロジェクトの責任者だ。ターナー少将とは仲が良くなってなぁ。よく一緒に飲み歩いているらしいぞ」
「そうなんですか!」
ターナー少将はアラスカの「虎」の軍の総括を任せている。
全てのプロジェクト、作戦行動に関わっている。
まあ、多忙だ。
響子が六花に「レイの話だったね」と言って嬉しそうに笑っていた。
六花に言った。
「ああ、六花の水着姿の「虎」の軍募集ポスターがあったじゃん」
「はい、撮りましたね!」
「あれを見て、スペンサーは応募して来たらしいぞ」
「そうなんですか!」
響子が六花とハイタッチをした。
みんなが笑っていた。
「まあ、半分冗談だけどな。最初からスペンサーは「虎」の軍に入ろうとしていたんだけど、丁度あの募集のポスターの時だったらしいよ」
「嬉しいです!」
他愛無い話で楽しみ、11時に解散した。
俺は吹雪を抱いて降り、ベビーベッドへ寝かせた。
響子と六花と一緒にベッドに入った。
「レイはいつも頑張ってたよね」
「そうだな、ちょっと頑張り過ぎの奴だったなぁ」
「レイは最高だよ!」
「そうだな」
響子のオッパイを揉んだ。
「レイはオッパイも最高だったな」
「やめてよー!」
六花が自分のも触れと腕を取った。
「六花よりもおっきかったよな」
「一番オッパイを飲んだくせに!」
「そうだったな!」
三人で笑った。
「アハハハハハ!」
ベビーベッドの吹雪が笑った。
三人で覗きに行った。
眠ったまま夢を見ているようだった。
「きっと六花パイの夢だぞ」
「そうだよね」
「二番オッパイでしたけどね」
「悪いことしたなぁ」
三人で起こさないように口を押えて笑ってベッドに戻った。
ロボが早く寝ろと、俺たちの頭を叩いた。
笑いながら三人で眠った。
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