第2237話 着られなかった着物
いつものように激しい「訓練」で六花が気絶し、俺が背負って帰った。
シャワーで洗ってやるうちに意識を取り戻し、身体を拭いてやって響子の隣に寝かせた。
六花が大好きなロボも一緒になって寝る。
石神家の剣士たちに食事を振る舞ったせいで、食糧が少なくなったものがあった。
亜紀ちゃんと柳に買い物に行かせて、丁度帰って来た。
二人がスーパーの新館で美味そうなケーキを買って来たので、起きている連中でお茶にする。
その後はのんびり過ごした。
亜紀ちゃんと柳は鍛錬に行き、皇紀と双子は防衛システムや新型装備などの打ち合わせをする。
俺はのんびりと本を読んで過ごした。
平和だぁ。
夕飯は焼肉大会だ。
俺は響子に七輪で焼き鳥を焼いてやった。
六花も大好きなネギまを嬉しそうに食べた。
吹雪も好物になったようで、一緒にニコニコして食べる。
夕べはゆっくり過ごせなかったが、今日は屋上の「幻想空間」にみんなで上がった。
俺と亜紀ちゃんはワイルドターキーを飲み、六花はハイネケン、柳と他の子どもたちは梅酒、響子は少しだけ冷やしたココアだ。
みんなでワイワイと騒ぎながら上がった。
別荘のクライマックスだからだ。
乾杯してつまみを食べながら飲んだ。
亜紀ちゃんが俺に話しかけた。
「タカさん、虎蘭さんて綺麗でしたね!」
「そうだな」
「なんか、タカさんの子ども時代の顔に似てますよ!」
「そうか?」
「ちびトラちゃんの頃の!」
「ああ」
俺は子どもの頃は女の子のような綺麗な顔をしていた。
「背も高いし、強そうでしたよね」
「戦場で俺の背中を守ってくれたんだ。大した奴だよ」
「女性なのにスゴイですよねぇ」
「そうだな。どうしても戦いは男が担うことが多いからな。相当頑張ったんだろう」
「へぇ!」
まあ、うちの子どもたちも女性が多いのだが。
「花岡」であれば、筋肉の問題以上の要素があるためだ。
しかし剣士は違う。
重い日本刀を振り回すのは、尋常な筋肉ではダメだ。
「男の社会で女性が上になるのは難しいんだよな」
「そうですね」
「響子は一番だけどな!」
頬にチュウをしてやると、響子が喜んだ。
「いや、タカさん」
「あんだよ?」
「私、今、今日のお話のテーマを出しましたよね」
「なんだよ、そりゃ!」
「さあ、早く」
「お前なぁ」
みんなが拍手をしやがった。
俺も笑って話した。
「まあ、男社会で頑張った素晴らしい女の話だ」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
マサチューセッツ工科大学で機械工学と流体工学を学んだレイは、静江さんが勧めたロックハート財閥の造船部門を断って、最先端の船舶を作る海軍の研究機関へ入った。
もちろんロックハート家と袂を分かつつもりではなく、外で様々な知識を身に着けてから、いずれロックハート家のために役立ちたいという思いからだった。
若く美しいレイは、最初は上司からも可愛がられていた。
研修期間の間、レイは優秀な成績も相まって上司から褒められ、同僚からも尊敬された。
その一つには、レイがまだ16歳とという若さもあった。
飛び級で大学を優秀な成績で卒業した美しい少女。
その幼さが、純粋にレイの頑張りを評価させた。
しかし、レイが本当の能力を発揮し、頭角を現わすようになると、徐々に上司や同僚から冷遇されるようになっていった。
今のアメリカは男尊女卑を許さない。
それでも、一部の業界や職場では厳然と男性優位の伝統が残っていた。
その海軍の研究所もそういうものの一つだった。
まだ10代の幼い少女が、自分たちよりも優秀さを発揮している。
そのことが、今度は以前の優遇を反転させてレイをほとんどいじめのような状態に置いた。
挨拶もされない。
話しかけても無視される。
仕事を与えられない。
大きな郵便物をデスクに置かれ、一日仕事が出来ないこともあった。
思い余って海軍の上に訴えかけ、上司たちは激しい叱責を受けた。
だが処罰は無かった。
当時の海軍自体が、女性を上に立たせたくない体質があったのかもしれない。
叱責を受けた上司たちは、レイへ表面的には通常に接するようにはなったが、実質は以前と変わらなかった。
レイにはレイの能力が発揮できるような仕事は与えられなかった。
常に同期の人間の下働きや雑務を命じられ、レイはただの雑用要員になった。
それでも、レイは与えられた仕事を真面目にこなし、自分で仕事を生み出し、それに打ち込んで行った。
自分で図面を引き、新型船の設計を始めたりした。
決定的なことが起きた。
ある日、上司のマクダネル中佐に呼び出された。
「コシノ少尉、君にスペンサー少佐と共に「ニューヨーク造船」でのパーティに出席してもらいたい」
「私がですか?」
「ニューヨーク造船」は海軍の軍船を建造している大手の造船所だ。
だから海軍の人間を招いて、定期的に懇親会のようなパーティが開かれている。
「そうだ。定期的に交流している気楽なパーティだ。君もそろそろそういうものに顔を出しておきたまえ」
「分かりました!」
レイは喜んだ。
自分などが、そういう席に出られるとは思ってもみなかった。
「そうだ。君は確か母親が日本人だったね?」
「ええ、そうですが?」
「それでは、君はキモノを持っているか?」
母親の形見の着物があった。
「はい、所有しております」
「良かった。それでは、パーティではそのキモノを着用したまえ」
「着物をですか?」
「気楽な集まりだ。異国情緒の漂う服装は、みんなの気分を良くするだろう」
「はい、分かりました。当日は着物を用意いたします」
レイの同期の人間も何人かが、そのパーティに出席するらしい。
そのパーティの前日に、海軍の研究所の代表として出席するスペンサー少佐から呼び出された。
「コシノ少尉。君は明日のパーティに出席するのだね?」
「はい、お世話になります!」
スペンサー少佐が、何か言おうとして口を噤んだ。
近くにいたマクダネル中佐を見ていた。
「そうか。申し訳ないが、集合時間の1時間前に来てもらえないか」
「はい? 分かりました。1時間前に参ります」
「うん。悪いがそうしてくれ。ああ、それと礼装は常にロッカーへ用意しておくように」
少し声を落としてスペンサー少佐が言った。
「はい? は、失礼しました! 礼装はロッカーに用意しておきます!」
何のことかは分からなかったが、スペンサー少佐の指示に従った。
そしてレイに、卑劣な事件が起きた。
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