第2215話 パレボレ誘拐 Ⅲ

 俺は住田と春山の親父をソファに座らせた。

 春山と女は床だ。

 柳が俺たちの服を持って来たので一旦着替える。

 

 「さてと、どう始末を付けるかな」


 俺が言うと、住田が即座に答えた。


 「うちで「処分」致します。その上で石神さんの言う通りに」

 「まあなぁー」

 「春山もいいな!」

 「はい! もちろんです!」


 自分の息子を死なせるつもりだ。

 まあ、俺に逆らっていられる立場じゃない。

 俺が言った。


 「前にもよ。うちの病院で俺の右腕の部下を殴ったバカがいたな」

 「!」


 住田は知っている。

 救急搬送された男が病院のベッドで女とよろしくやり、注意した一江の顔面を殴ったことがある。

 俺が乗り出すと、稲城会の男だと分かった。

 殺すまでは考えていなかったが、相応の処分を降そうと考えていた。

 しかし、男が栞に首都高でやられたと分かり、軽い処分で終わらせた。


 「あの時は申し訳ありませんでした!」

 「また今度もお前の下の奴の不始末だよな」

 「は、はい!」

 

 住田が震え上がり、春山の親父も硬直している。


 「まあ、お前の下ってことは、俺の下でもある」

 「いいえ、石神さん!」

 「しかしよ、こいつばかりはやり過ぎだ。飲酒運転で人をはねたってことを隠すために、いきなり山に埋めようだなんてなぁ」

 「はい! 石神さんの身内の方にとんでもないことを!」

 「その上よ、こいつが埋めようとしたのは俺の持ってる山だった。とんでもねぇよなぁ」

 「えぇ! そんなことまでありましたか!」

 

 春山は全部諦めたかのように見えた。

 もう自分が助かる目は無い。


 「こいつがよ、最初に病院に運ぼうとしてたんなら、俺も何とか納めたけどな」

 「石神さん……」

 

 芳江という女はずっと土下座したままだ。

 この女は詫びを入れたいとずっと考えている。

 自分が殺されても仕方が無いと思っている。

 きっと芳江は何度も春山を止めただろうことは感じている。


 「てめぇよ、どんな死に方がしたいよ?」

 

 亜紀ちゃんが春山の前で言った。


 「……」

 「あいつをトランクに押し込めて走ったのかよ」

 「は、はい」

 「思い切りカマロをぶっ飛ばして撥ね飛ばしたかよ!」

 「はい、そうです! すみませんでしたぁ!」

 

 「あいつ、トランクで揺られて吐いてたよな?」

 「は、はい」

 「辛かったろうな」

 「はい……」

 「撥ねられて痛かったろうよ」

 「はい……」


 春山が縮み上がっている。


 「じゃあ、覚悟はいいな?」

 「お願いします」

 「あ?」

 「お願いします、殺さないで……」


 「フッザケンナァー!」


 亜紀ちゃんが春山の顔面を下から蹴り上げた。

 鼻が潰れ、派手に血を流す。


 俺たち以外の全員が蒼白になっていた。





 「石神さん! 亜紀さん! あ、柳さんまで!」


 部屋の入り口から声を掛けられた。

 パレボレが立っていた。


 「パレボレ! もう大丈夫なのかぁ!」


 亜紀ちゃんが駆け寄り、パレボレを抱き締めた。

 柳も泣いている。


 「おう、もう来たのかよ」

 「はい! もう大丈夫ですよ! グランマザーが全部回復させてくれました」

 「そうか、良かったな」

 「お手数をお掛けしました」

 「いいよ。お前が無事で良かった」

 「ありがとうございます!」


 パレボレをソファに座らせ、飲み物と料理を運ばせた。

 亜紀ちゃんがパレボレの隣に座り、料理とジュースを飲ませる。

 パレボレは酒が飲めない。


 「どんどん喰えよ」

 「ありがとうございます! あ、美味しいですね!」

 「お前、賄のカレーを吐いちゃっただろ?」

 「はい」

 「さあ、一杯食べろよ」

 「はい! でも、亜紀さんのお陰で耐えられました!」

 「ん?」


 パレボレが言い、亜紀ちゃんがよく分からないという顔をしていた。


 「ほら! 前にダッジ・デーモンのトランクに入れられたじゃないですか!」

 「!」

 「あの時は本当に辛くて! 狭いし暑いし怖いし。思わず中で吐いちゃってすみませんでした」

 「……」


 「「……」」

 「「……」」

 「「……」」


 俺たちは呆気に取られて何も言えなかった。


 「あれ! 今思えば大切な訓練だったんですね!」

 「いや、パレボレよ……」

 「あの時は、なんで酷い事をする人だと、ちょっと恨んじゃいましたけど! あ、後からちゃんと自分が悪かったと思ってたんですよ?」

 「ぱ、パレボレ……」


 みんなが亜紀ちゃんとパレボレを見ていた。


 「あぁ! ほら! あのことも!」

 「なんだ?」

 「ほら! ダッジ・デーモンでふざけて僕を追い掛けて撥ね飛ばしたじゃないですか」

 「!」


 「「!」」

 「「!」」

 「「!」」


 「あの時は本当に痛くって。3日くらい動けなかったですよね? あれも当時は勘違いしてましたよ! でも、あのお陰で今回は助かりました! あれも訓練だったんですね!」


 「……」



 亜紀ちゃんが黙り込んでいた。

 みんな同じだ。


 「あの経験のお陰で、今回はほら! すぐに治っちゃいましたよ! あの時はしばらく動くのも痛かったですけど、今回はそれほどじゃありません!」

 「そ、そっか」

 「はい! 亜紀さんの訓練のお陰です! ありがとうございます!」

 「い、いや……もう、な……」


 パレボレが嬉しそうに鴨のコンフィや魚介のカルパッチョなどを食べていく。

 一口ごとに美味しいと言い、これまで食べたことがないと感動していた。


 みんなが俺を見ていた。


 「あー、まあそういう感じか」

 「「……」」

 「「……」」

 「「……」」


 「ということでな。まあ、こいつらを殺すまでもねぇだろう。特に女の方は反省してるようだから、もうそれでいい」

 「え!」

 「春山はダメだ」


 俺が言うと、春山が必死に土下座した。


 「こいつは千万に預ける。千万の桜がいいと認めない限りは、返さない。きっちり鍛え直して性根を入れ替えてやるから覚悟しろ」

 「は、はい!」

 「住田もお前もそれでいいな?」

 「はい、もちろんです!」

 「石神さん、ありがとうございます!」

 「いいって」


 住田が言った。


 「でもそれじゃ、我々の気が済みません。どうか相応の詫びを入れさせてください」

 「うーん」

 「お願いします! 金は10億程、そちらの方へお渡しします」

 「まあ、それでいいよ」

 

 柳が言った。


 「石神さん、山にカマロを置いて来ちゃいましたよ?」

 「あー、あれかぁ!」

 「あの、そちらの車はどうか石神さんのご自由に!」

 「いや、俺んとこも何台もあるからなぁ」

 「どうか、お引き取り下さい!」

 「うーん」


 まあ、皇紀が免許を取ったらやるか。


 「分かった。じゃあ、うちで貰うか」

 「ありがとうございます!」


 話が終わったので、住田と春山の親父は帰し、春山は千万組の人間が事務所に連れて行った。

 芳江はそのまま帰そうとした。


 「あの、私にも是非罰を下さい」

 「お前、仕事は?」

 「はい、風俗で……」

 「おし! じゃあお前は明日からこの店で働け」

 「はい?」

 「一生懸命にここで稼げ。柿崎に言っておく」

 「え、そんなことで……」

 「そんなことじゃねぇ! 気合を入れて働け!」

 「わ、分かりました!」


 風俗よりはいいだろう。

 今回は春山に押されて酷い事をし掛けたが、本来は心根の優しい女に見えた。


 みんなが帰り、俺たちはパレボレと一緒にしばらく飲み食いした。


 「亜紀ちゃん、ちょっと」

 「!」


 俺は亜紀ちゃんを連れてトイレに行った。







 亜紀ちゃんの悲鳴が店中に響いた。


 俺は先に席に戻り、亜紀ちゃんが10分後によろけながら戻って来た。

 亜紀ちゃんは何も飲み食いできず、パレボレに優しく喰わせていた。 

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