第808話 KYOKO DREAMIN Ⅴ

 陸戦式ジェヴォーダン・タイプA。

 万能タイプと呼ばれる、全長40メートルの集団だった。


 「園長先生!」


 子どもたちは恐怖に泣き叫んで、園長の名を呼んだ。


 「みんな! 大丈夫だ。僕が必ずみんなを守るからね!」

 「でも、怖いよー」


 亜蘭は子どもたちを集めた。

 

 (良かった。全員いる)


 ジェヴォーダンは4体。

 孤児院「暁園」の正門に集まっている。


 「皇紀さんのシステムがあるからね! それに「紅六花」の人たちもきっと駆けつけてくれる!」

 

 亜蘭は子どもたちに言うが、みんな脅えているままだった。

 無理もない。

 恐ろしい姿の巨大な怪物が自分たちを睨んでいるのだ。

 今は「皇紀システム」を恐れて離れている。

 ギリギリの間合いを知っている。

 1キロだ。


 「暁園」に備えられた「皇紀システム」は、それほど強力ではない。

 まさかここまで襲われるとは、誰も考えていなかった。

 近づけば、ジェヴォーダンにも対抗できるだろうが、「皇紀システム」を学びつつある現在、亜蘭は一抹の不安を感じていた。


 (何故、あそこで待っているのか)


 亜蘭の不安はそこにある。

 「暁園」が襲われていることは、既に「紅六花」に通報されているはずだ。

 既に3分が経過した。

 何の連絡もまだない。


 (早く来て下さい)


 亜蘭は祈った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「タケ! 「暁園」にもジェヴォーダンがいるぞ!」

 「よしこ、落ち着け!」

 「あたしは行く!」

 「待て! 今は無理だ。分かっているだろう!」


 「紅六花」の町は80体のジェヴォーダンの襲撃を受けていた。

 既に前線にほとんどの「紅六花」のメンバーが派遣されている。

 司令塔のタケとよしこ、それにキッチはメンバーへの指示に追われている。


 「タイプAがほとんどですが、タイプG(超重量型)も4体います!」

 「タイプF(飛行型)は?」

 「まだ確認されていません!」


 キッチが次々と入る情報をまとめて報告していた。


 「タケ!」

 「だめだ、よしこ! あたしらは崩れた戦線に「飛んで」行かなきゃならない! そのために残ってるんだろう!」

 「「暁園」を見捨てるのかぁ!」

 「そうじゃない! あそこには亜蘭がいる!」

 「あいつじゃ!」

 

 タケは震えて怒るよしこの肩に手を置いた。


 「信じろ! 虎の旦那が回してくれた人だ! あの双子に鍛えられた奴だぞ」

 「くそぉー!」


 「南のタイプGが戦線を突破しました!」

 「よしこ、行け!」

 「わ、分かったぁー! コノヤロォォォーー!」




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「なんで誰も来ないんだぁ!」


 亜蘭は焦っていた。

 何かあったのだ。


 (ここは自分が何とかするしかない!)


 「みんな! よく聞いてくれ! 全員庭の地下の避難所に入るんだ。僕が必ず守る! 信じてついてきて!」


 子どもたちが亜蘭を見ている。


 「園長先生! 僕も戦います!」


 竹流が手を挙げて言った。

 竹流は中学校を卒業してから、ずっと暁園を手伝っていた。


 「竹流くんも一緒に行くんだ」

 「いえ! 僕も戦います! 神様が言ってたんだ!」

 「なんだって?」


 「奇跡は起こるって!」


 亜蘭はにっこりと笑った。

 竹流が石神のことを「神様」と呼んでいるのをよく知っている。

 本当に石神を神の如くに尊敬し、信じている。

 そして、その信心のせいか、竹流は子どもたちの中で最も「花岡」の習得が優れていた。


 「分かった。竹流くんも僕と一緒に。でも絶対に僕の前には立たないで」

 「分かりました!」


 「じゃあみんな行くよ!」

 「はい!」


 「これが終わったら、みんなでお風呂に入ろうね!」

 「え、それは嫌」

 

 「えぇー!」


 全員から断られた。






 亜蘭は子どもたちを安心させるため、声を掛け続けた。


 「大丈夫だからな。皇紀さんのシステムがみんなを守ってくれる」

 「僕もちゃんと絶対に守るよ!」

 「毛がボウボウでちょっとコワイけど、「紅六花」の人たちは優しいからね!」

 「亜蘭ちゃん、言ってることが分かんない」


 年少の女の子が言った。

 

 「とにかくみんな大丈夫だから!」

 「お風呂は別ね」


 「……」


 子どもたちが庭に出ると、陽が翳った。


 「た、タイプF!」


 「皇紀システム」の「轟雷」が起動した。

 しかし、翼長20メートルのプテラノドンに似たタイプFのジェヴォーダンは、軽々とかわしていく。

 タイプFから「槍雷」が放たれた。


 「ウォォォォーーー!」


 亜蘭も「槍雷」を放ち、対消滅させながら子どもたちの非難を急がせた。

 後ろで竹流が「虚震花」を放つ。

 「皇紀システム」も高速移動するタイプFに「虚震花」を放った。

 その瞬間、1キロ先で待機していた4体のタイプAが急速に迫って来た。

 「皇紀システム」の間隙を狙ったのだ。


 亜蘭は躊躇なく、門の外に出た。

 あの重量でぶつかって来れば、子どもたちが無事では済まない。


 タイプAは次々と「槍雷」を放ちながら迫って来た。

 亜蘭はそれを無視し、「ブリューナク」を放つ。


 「槍雷」による地面や外塀の破片を浴びながら、亜蘭は3体のタイプAを斃した。

 タイプFは「皇紀システム」と飛行した竹流の「虚震花」によって撃墜していた。


 しかし、最後のタイプAが目前に迫っていた。


 亜蘭は「槍雷」の衝撃で意識が飛んでいた。

 大きな破片が頭部に当たっていた。

 全身にも破片による裂傷が多い。

 左腕は骨が飛び出していた。



 「亜蘭園長!」



 竹流が叫んだ。

 亜蘭はタイプAの突進をまともに受けた。


 子どもたちが叫んだ。











 「まったく、無茶するな、ロリコン!」


 「よしこさん!」


 両脇を抱えられ、亜蘭は空中にいた。

 下を見ると、タイプAはキッチの「ブリューナク」によって粉砕されていた。

 亜蘭は園の庭に降ろされた。

 子どもたちが駆け寄って来る。


 「園長先生ー!」

 「亜蘭ちゃーん!」


 亜蘭は子どもたちを抱き締めた。

 一斉に子どもたちが離れた。


 「……」


 亜蘭のあらんが起っきしていた。




 「遅れて済まなかった。町にも80体以上のジェヴォーダンが襲って来たんだ」

 「そうだったんですか」

 「ここにも来ていたのは分かっていた。でも、お前がいるからな」

 「ダメですよー! 僕は全然弱いんですから!」


 よしこが大笑いした。


 「ジェヴォーダンを3体瞬殺するのは、うちの幹部でも何人もいないぞ」

 「そんなー!」


 亜蘭は肩を叩かれた。

 そして、自分が全裸であることに気付いた。

 マッハ50での高速移動に、服が耐えられなかったのだ。

 よしこに触れ、亜蘭のあらんは萎んだ。


 「よくやった、亜蘭! リッカチャンハンを喰わせてやろう!」

 「いえ、あの、ルーさんとハーさんの名前のなんかありませんか?」

 「お前! 総長の名前じゃ嫌だって言うのかぁ!」

 「六花さん、毛が生えてますよね?」


 よしこがまた大笑いした。

 子どもたちに向かって言った。


 「みんな、よく頑張ったな! 後で車を回すから。みんなで「虎チャーハン」と「リッカチャンハン」を食べよう!」


 子どもたちが笑顔で喜んだ。

 竹流が亜蘭に近づいて来た。


 「園長先生! 奇跡がやっぱり起きましたね!」

 「そうだね!」

 

 亜蘭も笑った。

 子どもたちは無事だ。

 子どもたちは笑っている。

 亜蘭はそれが嬉しかった。


 「お前、早くパンツ履けよ」

 「でも、この後みんなでお風呂に入りますから!」


 絶対嫌、と子どもたち全員が言った。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「誰?」


 「響子、どうしたの?」

 「「紅六花」の人たちは分かるの」

 「え?」

 「あいつ、誰?」


 「夢を見たの?」

 「うーん。そうなんだけどー」


 響子は起き上がり、腕を組んで考えていた。


 「生える前は会いたくないなー」

 「何が?」


 六花は、響子のポーズを可笑しがった。


 「なんだか分からないけど、いい夢だった?」

 「うん、そうなんだけどー」

 「なんなのよ」

 「うーん、微妙?」

 「アハハハハハハ!」


 六花はウェットティッシュで響子の顔を拭った。


 「またタケさんたちと会いたいな」

 「うん! 絶対に行こうね!」






 二人で微笑み合った。

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