第799話 早乙女久遠 in 「薔薇乙女」

 七月初旬の金曜の夜。

 俺は早乙女を呼んで一緒に飲むことにしていた。

 道間麗星を連れ着て来てくれた足労と礼だ。

 新宿通りと明治通りの交差点で待ち合わせた。


 「悪いな、わざわざ新宿まで」

 「いいや、俺も石神に話したいこともあったしな」

 「そうか。でもまあ、今日はとにかく楽しんでくれよ」

 「悪いな」

 「いいって。お前には道間麗星を連れて来てくれた礼をしたかったしな」


 俺たちは歩き出し、店に向かった。


 「薔薇乙女」に着いた。


 地下への階段を降り、ドアを開ける。


 「いらっしゃーい!」

 

 全員で出迎えてくれた。


 「おい、石神」

 「あんだよ?」

 「お前、この店って」

 「あ?」


 ママが俺たちをボックス席に案内した。

 他の客が数人いる。。

 早乙女とは差し向いに座り、それぞれ俺の隣にユキ、早乙女の隣には白鹿が座る。

 ママにいつも通りの酒と料理をと頼んだ。


 「ユキ、久しぶりだな!」

 「はい! お元気そうで嬉しいです」


 「石神、ここで飲むのか?」

 「ああ。俺が通う数少ない店だ」

 「あーら、高虎は他にも通う店があるの?」

 「ああ、そうだな。ここだけだ、繰り返し来るのはな!」

 「もーう! 浮気はダメよ!」

 「ワハハハハ!」

 「……」


 早乙女はワイルドターキーのロックを出され、黙って口を付けた。


 「いい店だろ?」

 「あ、ああ」


 「おい、こいつを酔い潰したら、好きなようにしていいんだぞ」

 「まあ! こっちの方もいい男ねぇ!」


 白鹿が喜ぶ。

 早乙女は気を引き締めている。

 酔い潰れるわけにはいかん、という決意だった。

 それでもちゃんと俺に付き合うのだから、いい奴だ。





 「白鹿! 最近お尻の調子はどうだ?」

 「うん、なんかね。最近あんまり入れて無くて。もう太いのは厳しいかしら」

 「早乙女は結構太そうだからなぁ」

 「こちらの方なら頑張るわ!」

 「おう! その意気だぁ!」

 「い、いしがみ……」


 他の女たちも代わる代わる挨拶に来る。


 「息子さん、また連れて来て下さいね」


 朱里が言った。


 「あいつは今童貞を捨てようと必死なんだ。もうちょっと待っててな」

 「待ってるー!」


 白鹿がその間にも、早乙女にどんどん飲ませている。

 早乙女はこの店の料理に驚いていた。


 「石神、ここのつまみは美味いな」

 「ああ、俺の監修だからなぁ!」

 「ほんとなんですよ。石神さんがいろいろ教えて下さってるんです」


 ユキが言った。


 「そうなのか。お前は何でも出来るなぁ」

 「お前が無芸過ぎなんだよ! だから友達もいねぇんだ」

 「いや、俺にも一人いるぞ!」

 「え、そうなの?」


 早乙女が俺を指さした。

 嬉しかった。


 「ワハハハハハハ! そうか、そうだったな!」

 

 早乙女は酔っているようだ。


 「俺はお前に返し切れない恩義を受けた。俺はお前に一生それを返して行く」

 「おい、それじゃ友達じゃないだろう」

 「そうか?」

 「そうだよ!」

 「でもお前は友達だ。俺のたった一人の」


 真面目な顔で早乙女が言った。


 「お前がこうして欲しいと言えば、俺は何でもやる」


 だから道間麗星も連れて来たのか。

 この俺なんかのために、こいつは。


 「そうか、ありがとうな。まあ今日は飲め!」

 「石神が飲めと言うなら、俺は」


 白鹿が口移しでバーボンを流し込んだ。

 早乙女は驚いて引き剥がそうとして暴れた。

 俺とユキは大笑いした。


 「どうだ、ファーストキスは何味だった?」


 「俺は童貞ではない」

 「そうなのか!」

 「大学の時にな」

 「誰だよ?」


 聞いたが知らない人なので分らん。





 そのうちに、他の客が帰って行った。


 「さぁー! みんなお待ちかねの「タカトラ祭り」よー!」


 ママが叫んだ。

 みんな脱ぐ。

 バーテンも率先して裸になった。


 「おい、石神、なんだこれは?」


 早乙女がフラフラの顔で聞いて来た。


 「祭りだぁ! さあ、お前も脱げ!」

 「友達のお前がそう言うなら、俺は」


 早乙女も全裸になった。

 そこそこのものを持っている。


 「お前! でかいな」

 「ワハハハハハハ!」


 ユキがギターを持って来た。

 俺はガンガン弾いて盛り上げた。


 「早乙女、何か歌いたい曲はあるか?」

 「あ、ああ。えーと、『忘れな草をあなたに』」

 「お前、もうちょっと明るい曲はねぇのかよ」

 「すまない、俺はあまり歌を知らないのだ」

 「分かったよ!」


 俺はギターで弾き始めた。

 早乙女はいい声で歌った。


 「お前、上手いじゃないか」

 「ああ、ありがとう」


 他のホステスもみんな褒めた。


 「他は知らないのか?」

 「すまん。この曲は姉さんが好きだったんだ」

 「へー」


 早乙女の姉は赤星綺羅々に殺されている。


 「まあ、飲め!」

 「うん」


 俺は『ブルーライト・ヨコハマ』を弾き始めた。


 「あ! 俺もこの歌を知ってるぞ!」


 早乙女が叫んだ。


 「歌え歌え!」


 早乙女と全員が歌った。

 早乙女は身体を揺らしながら笑っている。

 相当酔っていた。

 もう白鹿が頬にキスをしても嫌がらない。

 機械のように酒を飲み、料理を摘まんでいく。





 「みーせーてー! みーせーてー!」


 いつものコールが始まった。

 俺はユキと白鹿を呼んだ。

 

 「おーし! じゃあ今からここをオランダにするぞー!」


 俺はオチンチンを回し、ユキと白鹿が笑顔でチューリップを作る。


 「ギャハハハハハハハ!」


 早乙女が爆笑し、ホステスも大喜びだった。


 早乙女も真似したが、白鹿に掴まれて慌てて席に戻って来た。


 「アハハハハ!」

 「アハハハハ!」


 俺たちは楽しく閉店まで飲んだ。

 酩酊した早乙女にみんなで服を着せてやり、俺たちは店を出た。

 俺は早乙女に肩を貸して歩く。


 「おい、大丈夫かよ」

 「うん、今日は本当に楽しかった」

 「そうかよ。お前っていろいろ溜め込むタイプだからな」

 「え! だから今日は俺をあの店に?」

 「そうだよ。スッキリしたか?」


 早乙女が泣き出した。


 「おい!」

 「俺はさ、石神。姉さん以外に優しくされたこと、ほとんど無いんだ」

 「そんなことはないだろう。お前はいい奴じゃん」

 「石神……」


 「そんなことより、お前、帰れるのかよ」

 「ああ、大丈夫だよ」

 「俺の家に泊まるか?」

 「いや、大丈夫だ」


 俺たちはタクシーを捕まえに、靖国通りを目指した。


 「そういえば、なんか俺に話があるって言ってたな」


 早乙女は立ち止まり、周囲を見渡した。


 「ああ。「業」に繋がってる組織の噂を掴んだ」

 「なんだと!」

 「ロシアだ」

 「てめぇ! なんで俺に言わないんだぁ!」

 「だってお前があんな店に連れて行くから」

 「ふざけんな! すぐに酔いを醒ませ!」

 「無茶言うな、今日は相当飲んだぞ」

 「チッ!」


 俺は途中の自販機でポカリスエットを買って飲ませた。

 全然効かない。


 「しょうがねぇ。その話はまた今度な」

 「うん」


 俺はタクシーを捕まえて、早乙女を乗せた。

 

 



 まあ、あいつが楽しそうにした。

 俺は、それが何より貴重なことだと思った。

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