第765話 穏やかな夜に
病院から戻り、夕飯をみんなで食べた。
諸見もいる。
今日は天ぷらだ。
もちろん、信じられないほどの山盛りだ。
俺は子どもたちに取られる前に、諸見の器に盛ってやる。
エビ、鶏、鯛、銀むつ、フグ、マイタケ、ナス、シメジ、大葉、タマネギ、カイワレ、その他。
大量の食材に、諸見は驚いていた。
「料亭みたいですね」
「あ、悪かった!」
俺はマグロとスズキの柵を出し、器に盛りつけて諸見に出した。
醤油とワサビも置く。
「御造りがなかったってことだな!」
「石神さん……」
俺は諸見に朝食と昼食を言わせた。
「朝はアジの開きに生卵と味噌汁、漬物です。昼は石神さんに言われたステーキハウスで」
「そうか。まあまあだな」
「あの、ステーキハウスで会計は石神さんがって」
「おう!」
「申し訳ないので、後で払わせて下さい」
「いいよ。お前にちゃんと喰って欲しいからな」
「いえ、でも」
「てめぇ! 親のやることに文句があんのかぁ!」
「すみません!」
諸見はまた洟をすすりながら食べた。
食後にコーヒーを淹れる。
「亜紀ちゃん! 諸見は緑茶にしてくれ」
「はーい!」
「いえ、石神さん。自分もみなさんと同じもので」
「え? お前コーヒーとか飲んだことあんの?」
「はい、そりゃもちろん」
「色が黒いんだぞ! 知ってるか?」
「知ってますよ!」
俺は笑って全員コーヒーだと亜紀ちゃんに言った。
諸見が美味いと言った。
「お前、いいよ。そんな味が分かるみたいなのは」
「いえ、ああ、すみません」
「気に入ったか?」
「はい! 本当に美味いです」
俺はキッチンに入って余っていた道具と豆を諸見にやった。
「じゃあ、これで好きな時に飲めよ」
「石神さん! そんな自分は!」
「お前ってよく俺に逆らうよな?」
「す、すみませんでした!」
俺は笑って諸見に淹れ方を教えてやる。
「湯を注ぐ時には、中心だ。動かすな」
「はい!」
「ゆっくりとな」
「はい!」
諸見は大事そうに抱えて帰った。
亜紀ちゃんは真夜の家に遊びに行くと言い、それを聞いて双子が道具を抱えて一緒について行った。
真夜の妹と、また変態ランニングをするのだろう。
最初は流石にどうしようかと思ったが、最近は一緒に楽しんでいるようなのでいい。
俺は独りで風呂に入り、ゆったりとした。
風呂上がりのレイを誘って飲んだ。
亜紀ちゃんの土産の大徳寺納豆をつまみにする。
「亜紀ちゃんたちは何をしてるんですかね」
「ああ、亜紀ちゃんには俺の前でしか酒は飲むなと言っている」
「そうですか」
「まあ、だから真夜と飲みに行ってるな」
「はい?」
「最近、ようやく反抗期なんだよ」
「そうなんですか」
「ああ。やっとな」
俺は笑った。
「石神さん、なんだか嬉しそうですね」
「ああ。以前はな、何かっていうと「タカさんに助けられて」とか「タカさんに良くしてもらって」とか言ってやがった。だから俺に逆らうことは一切なかったんだ」
「ああ、分かりますね」
「今はもうそんなことは口にしない。俺に逆らうこともある。俺はそれが良かったと思っている」
「家族になったということですか」
「そういうことだ」
大徳寺納豆が美味いとレイが言った。
俺が生八つ橋が喰いたかったと言って、亜紀ちゃんがショックを受けたと話した。
レイが笑った。
「子どもたちの中で、俺のために、という気持ちはずっとあるよ。でも、そうじゃない部分で独立して生きるようになってくれた。その意味じゃ、双子が一番早かったかな」
「ルーちゃんとハーちゃんですか?」
「ああ。あいつらは俺のためにと思いながら、激しい悪戯を繰り返してきたからなぁ。俺の予想を超えてくるから」
「アハハハハ」
「俺が知った時には小学校を牛耳り、いきなり化け物みたいなゴキブリが飛んで来たりな」
「アハハハハハ!」
「まあ、そんな悪戯の数々が、今俺たちの根幹になっているんだから。人生というのは面白いよ」
「そうですねぇ」
双子が「花岡」を理論的に習得し、巨額の資金を調達し、「α」や「Ω」の開発や、「クロピョン」のことも元々は双子からだ。
「皇紀は最初から自分の世界を持っていたからな。それに皇紀の中心は家族を守りたい、という心だ。亜紀ちゃんももちろんそうなんだけど、なんか俺にベッタリになっちゃったからなぁ」
「アハハハハ!」
「反抗期というのは、親との距離感を掴むためのものだ。自分の世界を持って、それと親とどう関係するか。だから一度戦争が必要なんだよ。戦って見て、初めて掴むのな。そして、その親との距離感が分かれば、他の人間との関係も掴みやすくなる。人間関係の最初の試練なんだよ」
「なるほど」
「親が弱ければ、子どもは遠くなる。親が強すぎれば、子どもは支配下になる。まあ、俺と亜紀ちゃんがどうなるのかは分らん」
「石神さんは強いですからね」
「そんなことはないよ。あいつらに対しては恐ろしく弱くなることも多い。可愛過ぎるんだよな」
「みんないい子ですよね」
「出来過ぎだ! もう俺、あいつら無しじゃ生きてけねぇよ」
「アハハハハハ!」
レイが嬉しそうに笑った。
「レイもそうだぞ?」
「ありがとうございます」
「レイがアメリカに帰るなんてことになったら、俺はロックハートと戦争するからな!」
「アハハハハ!」
「亜紀ちゃんに命じて、アメリカを焦土にしてやる」
「やめてくださいね」
俺たちは笑った。
俺は、響子を泣かせた話をした。
「だからな。響子が言ってはならんことを言ったということだ。それを叩きのめした」
「ちょっと可哀そうですけどね」
「ああ。でもあいつもちゃんと自分の世界を作りつつある。今はただのワガママだけど、そのうちにそうじゃないもので俺に逆らってくるだろうよ」
「石神さん相手じゃ大変ですね」
「そうでもねぇ。六花は場合によっちゃ、響子の味方になって俺に歯向かって来るだろうしな」
「あの六花さんがですか?」
「六花は響子が大好きだからなぁ。響子が孤立無援になったら、絶対に六花が響子の味方になる」
「そんな!」
「どっちが本物というわけじゃなくてな。六花は俺への愛を乗り越えて響子を選ぶこともある、ということだ。これは理屈じゃないし、真実でもない。そういう女だよ、あいつは」
「自分が一番でなくてもいい、ということですね」
「そういうことだ。レイも響子派だよな」
「さあ、どうでしょうか」
「まあ、そう答えておくのが大人だよな」
「ウフフフ」
レイは明日から仕事なので、適度に切り上げた。
レイが俺を求め、そしてそれを抑えていることは分かる。
「自分が一番でなくてもいい」とレイは自分に言い聞かせるかのように言った。
レイは恋をしている。
自分を忍ぶ、本物の恋をしている。
穏やかな夜に、俺はレイを思った。
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