第392話 幸せな笑い
金曜日。
俺は一件だけ入っていたオペを終わり、一江に言って早めに上がることにした。
双子に連絡し、病院へ来るように言う。
まだ二時半だ。
三時には双子も来るだろう。
「「こんにちはー!」」
ルーとハーが来た。
なぜか数人のナースがついてくる。
ルーが寸胴を二つ背負い、ハーが食材と着替えの入ったでかいリュックを背負っている。
「カワイー!」
後ろでナースたちが騒いでいた。
持とうかとナースたちが言うと、二人は大丈夫、と言っている。
俺は一江に後を頼むと言い、二人を顕さんの部屋へ連れて行った。
俺は自分のエルメスのスペシャルオーダーのカバンしか持たない。
馬のサドルベルトを入れるためのもので、ブライドルレザーの大きなものだ。
「顕さん、うちの子どもが来たんで顔を見せに来ました」
顕さんはデスクでPCに向かっていた。
「ああ、ルーちゃん、ハーちゃん、こんにちは」
「「こんにちはー!」」
「随分大きな荷物だね」
「今日は院長先生のお宅に泊まります!」
「そうなんだ」
顕さんは嬉しそうだ。
子どもたちと会うのも久しぶりだった。
双子は顕さんがやっていた図面に興味を持ち、いろいろと質問し、説明を受けていた。
「顕さん、また羽田に行きましょう」
「ああ、宜しく頼む! 楽しみだ」
俺たちは顕さんの部屋を出て、響子の部屋へ行った。
響子が喜び、双子にタブレットを見せる。
最近はアヴェンタドールの動画や画像を集めている。
「六花、明日は大丈夫か?」
「はい! 夕方に伺います」
子どもたちと寿司を食べる予定だったが、六花も誘っていた。
今回の活躍を労うためだ。
「花岡さんはいらっしゃれないんですね」
「ああ、外せない用事があるようだ」
「残念です」
「まあしょうがないな」
「また3Pが、ゲェフゥッ!」
俺の拳が胃にめり込んだ。
響子が俺を睨んでいる。
俺は六花と肩を組み、ニッコリ笑った。
六花も必死に笑顔になる。
院長室へも行った。
秘書が双子を見て笑いながら部屋へ通してくれる。
一応、双子の荷物は預かってもらった。
挨拶だけですぐに退散すると、言っておく。
「おお! 二人ともよく来てくれたね!」
院長が大喜びだ。
「「今日はお世話になります!」」
「うんうん。俺も楽しみだったんだ。石神、もう行くのか?」
「はい。仕事も早く片付いたので、静子さんを手伝おうかと」
「そうか。俺もできるだけ早めに帰るからな。ルーちゃん、ハーちゃん、また後でね!」
「「はい!」」
タクシーのトランクに寸胴とリュックを積んでもらい、俺たちは三人で後部座席に座った。
双子が両側で俺の腕を取る。
楽しそうだ。
「昨日も話したけど、アレでうっかり院長の家を忘れちゃってたからな」
「「うん」」
「今日はサービスしないとまずいよな」
「「はい!」」
双子がニコニコして返事した。
「でもタカさん、本当に危なかったよね」
「そうだよなぁ」
「私たちも忘れちゃってた」
「アハハハ」
「なんでかなぁ」
「なんか、大丈夫そうな顔だからじゃねぇか?」
双子が笑った。
「まあ、お詫びに今日は美味しいもの作って、明日は掃除でもしよう」
「オロチが出たりして」
「あ? ああ、ヒキガエルじゃねぇの?」
双子が大笑いした。
門を開け、玄関のチャイムを押すと、静子さんが出迎えてくれる。
ルーの荷物を見て、大笑いされた。
最近、よく笑ってくれる。
座敷に通された。
「今日は文学ちゃんも楽しみにしてるの」
「先ほど、三人で挨拶してきました」
「ルーちゃん、ハーちゃん、わざわざ来てくれてありがとう」
「「今日はお世話になります!」」
二人はオレンジジュースをいただいた。
子どもたちのために買ってくれたのだろう。
ハーが飲み干して、氷をガリガリ喰っていた。
「コップまで喰うな!」
俺が軽く頭をはたく。
「食べてないよー!」
静子さんが笑った。
一息ついて、俺たちは夕飯の支度をさせていただく。
静子さんには休んでいてもらう。
「私も手伝うわよ」
「大丈夫ですよ。今日は寛いでいて下さい。まあ、普通の量じゃないですから」
俺が言うと、静子さんが笑いながら分かったと言ってくれた。
今日はシチューを作るつもりだ。
お年を召した二人だから、あまり重いものは出せない。
梅田精肉店からサービスでいただいた、A5ランクのいい肉を持って来た。
それでお二人に小さなステーキを焼く。
100g程度だ。
双子用に別の肉を4キロ。
付け合わせの野菜など。
シチュー用に鶏のもも肉、他の野菜など。
シチューはお二人に味の薄めのものを鍋に。
俺たち用に普通のものを寸胴で。
フォンのための鶏ガラをたっぷり持って来た。
また俺が寸胴でコンソメスープを作る予定だ。
他におひたしや高野豆腐など。
三人で一生懸命に作った。
それを、静子さんが笑いながら見ていた。
「三人とも、プロみたいね」
静子さんが、そう言ってくれる。
「いえ、静子さんが料理長ですから!」
俺はそう言って、時々味見をしていただく。
大体の準備ができ、四人でお茶を飲んでいると、院長が帰って来た。
六時過ぎだ。
四人で出迎えた。
「すまん! 遅くなってしまった」
「おかえりなさいませ」
「「おかえりなさい!」」
院長が満面の笑みになる。
俺もちょっと嬉しくなった。
来て良かった。
「ちょっと待っててくれ、着替えてくるから!」
静子さんがおかしそうに笑った。
院長が、ヘンゲロムベンベの衣装で戻って来た。
「なんかな、これじゃないと落ち着かん」
双子が喜んだ。
俺は呆れた。
「なんかあざといですねぇ」
「なんだと!」
静子さんが笑った。
お二人に座っていただき、俺たちで料理を作り配膳した。
院長はずっとニコニコしている。
本当に嬉しそうだった。
頭のボールが楽しそうに揺れている。
静子さんが笑いを堪えている。
お二人は美味しいと言ってくれ、実際によく召し上がってくれた。
子どもたちは言うまでもない。
最初にステーキを2キロずつ平らげ、シチューをガンガン小さな身体に突っ込んでいく。
院長と静子さんが、それを楽しそうに見ていた。
食べ終わってお茶を飲み、俺は院長に双子と風呂に入ってもらう。
静子さんにはお茶を飲んでいてもらい、俺が片付けた。
「美味しかったわー」
「静子さんの料理には届きませんが、お口に合って良かったです」
「ウフフ」
洗い物をしながら話している。
「石神さんも、すっかりお父さんね」
「そんな。子どもたちにろくなことができてなくて」
「それは違うわよ。二人とも楽しそうにしてるもの」
「そうですかね」
「最初はね、ちょっと大変だろうなって思ってた。石神さんは独りだし、お仕事も忙しいでしょ?」
「まあ、体力だけはありますからね」
「うちの人も、随分と心配してたのよ。言わなかったでしょうけど」
「そうなんですか。でも、院長はそういう人ですよね」
静子さんが嬉しそうにほほ笑む。
「「おい、石神が大変そうだったらお前が行ってくれ」って。いつも言ってたの」
「それは……」
「でも、一度も行かずに済んじゃったわね。偉いわ、石神さん」
「そんなことないですよ。もしも院長からそんな話を聞いてたら、何度も頼んでましたって」
「ウフフフ」
俺は静子さんに紅茶を淹れた。
俺も一段落したので、一緒にいただく。
「院長には、あの花壇の件で本当に感謝してるんです」
俺の本心だ。
しかし本当の感謝の理由は言えない。
「その割には、随分と面白いことをなさったわよね」
「アハハハ!」
笑って胡麻化した。
「でも、なんで今日もあの衣装を着てるんです?」
「あれね、双子ちゃんが喜ぶからって言うの。文学ちゃんの感覚ってちょっとだけ変わってるのよ」
「怒る以外のものは随分と不器用ですよねぇ」
静子さんが大笑いした。
「でも私には優しいのよ」
「えぇー、いつも仏頂面じゃないですか」
「それでもね。本当に優しいの」
静子さんが外を見て、そう言った。
院長たちが風呂から出て、大きな声で笑っているのが聞こえる。
楽しそうだ。
優しい人間にしかできない、幸せな笑いだった。
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