第390話 これによって、ただこれだけによって: T・S・エリオット

 日曜日。

 俺は響子を迎えに行った。

 六花を大使館の外で待たせ、俺だけが中に入る。

 外にいる連中が、六花を見ている。

 美しい六花に見惚れている。


 アビゲイルが迎えに出て、響子の部屋へ案内してくれた。

 響子はベッドに座り、タブレットを観ていた。

 虎の着ぐるみを着ている。


 「お、ちっちゃいカワイイ虎がいるぞ!」

 俺の声に響子が振り向いた。

 大粒の涙を流しながら、俺に駆け寄って来る。


 「タカトラー!」

 「なんだよ、トラが泣いちゃカッコ悪いだろう」

 俺にしがみつく響子を抱きかかえ、頬にキスをする。

 響子も俺に何度もキスをしてきた。


 「その衣装を脱がないんだ。ここに来てからずっとな」

 アビゲイルが言った。


 「そういえばちょっと臭いな」

 響子が泣きながら笑い、怒った。


 「タカトラと一緒に戦いたかったの」

 響子はテロリストが俺を狙っているので、安全のために、と話してある。

 宇留間の時に、自分の盾になって俺が撃たれたと思っていた。

 だからすぐに俺の言う通り、大使館へ避難してくれた。


 ジェイが来た。

 俺は握手をし、警護の礼を述べた。


 「シンジュクのパークの映像を観た。後で話したい」

 ハグする時に、俺の耳元で囁いた。

 俺は頷いた。


 しばらく響子と話し、後で一緒に帰ろうと言い席を外す。

 アビゲイルが部屋を用意してくれていた。

 ジェイと差し向かいで話す。

 中央公園でのことは、俺がマリーンを手配する取引で、撮影の許可をした。

 ターナー少将止まりで、他には他言しない、という約束だ。

 マリーンに「花岡」の存在を仄めかしたは俺だ。

 

 「あそこまでのものとは思わなかった」

 ジェイが嘆息する。


 「一流の使い手は、対物ライフルですら無力だ。今回はこっちも優秀な奴だったから撃破したけどな」

 「規模はどのくらいなんだ?」

 「俺にも分からん。まあ、今回の件でファミリーが俺の傘下につくことになったので、いずれ分かるかもしれん」

 「遠目の映像ではっきりとは分からなかったが、人間が一瞬で消えたように見えた」

 「あれも「花岡」の技だ。人間でも何でも、分子崩壊させることができる」


 「!」


 「ジェイ、一つ少将に伝えてもらいたい」

 「なんだ」

 「「花岡」の家から離れた男がいる。独自に組織化して拡大しようとしている」

 「それは……」

 「世界規模の災厄になるかもしれない。でも、俺は対抗手段を持っている」

 「ほんとか!」


 「ただ、日本やアメリカ、などというレベルでそれを教える気はない。俺は俺の考える形で対抗したい」

 「そのために、俺たちを引っ張り込んだということか」

 「ジェイ、俺はお前たちを好きだ。信じている。組織は違っても仲間だ」

 「そう言ってくれて嬉しい」


 「お前たちは国益がある。でも、それに抵触しないなら、協力してほしい」

 「分かった。少将には俺が話そう」

 「頼む」


 「ああ、お前が言っていたソ連軍の戦車の話な。あれを入手したぞ」

 「そうか」

 「何枚かの記録写真だけどな。確かに戦車が大破し、他に戦車の中や建物の中でのグロ画像があった」

 「そうか」

 「一見、どういうものかは分からないものだけどな。お前の話と今回の映像で理解できる」


 俺たちは握手をかわし、別れた。

 俺は響子を抱え、大使館を出た。





 六花が、抱えた俺ごと響子を抱き締める。

 泣いている。

 響子には、六花も戦闘に加わったことは話していない。

 ただただ優しい、美しい六花を見て欲しい。


 俺は三人でオークラのベルエポックへ入った。

 予約してあったので、俺たちと顔見知りの料理長が出迎えてくれた。

 響子の虎の着ぐるみを見て言われた。


 「お客様、当店では猛獣の同伴はできません」

 「おとなしくてカワイイ虎なんですが」

 「それならば、どうぞこちらへ」

 響子が嬉しそうに笑った。

 六花に「良かったね」と言った。


 響子はラムチョップを食べ、俺と六花はその他に幾つかのオードブルを食べる。

 響子は見て欲しいと言う目で俺たちを見つめ、一生懸命に食べた。


 「さすがはトラだ、喰いっぷりがちがうな!」

 「カワイイのに一杯食べるトラですね」

 俺たちはサービスで、デザートを一口ずつ響子にやる。

 響子は幸せそうにスプーンを咥えた。


 病院の響子の部屋に行った。

 響子を着替えさせ、眠らせる。

 俺と六花は椅子に座り、響子のベッドに突っ伏した。

 響子が俺たちの頭を撫でている。


 「早く寝ろ」

 響子がクスクスと笑っている。

 やがて眠った。


 俺と六花は互いを見つめ、キスをした。

 そして俺たちも少し寝た。




 目覚めた響子とセグウェイで遊び、またベッドで話をする。

 六花が響子にシャワーを使わせ、着替えさせた。

 夕食を食べた後、六花が今日はここにいると言った。


 「ダメだ。ちゃんと帰って寝ろ」

 「分かりました」

 言い方でわかる。

 こいつは戻って来るつもりだ。


 「俺の家に泊るか?」

 六花が生唾を飲み込んだ。


 「い、いいえ。ちゃんと帰ります」

 俺は笑って六花の頭を撫でた。

 あいつはきっと、今晩ずっと響子の傍にいるのだろう。






 俺はアヴェンタドールでまた羽田空港へ行った。

 コーヒーを二つ買い、隣のベンチに置く。

 夜に染まって行く空港が美しい。



 《これによって、ただこれだけによって、我々は生きて来たのだ。(By this, and this only, we have existed.)》

 T.S.エリオット『荒地』より。



 「奈津江、お前もそうだったよなぁ」


 みんな美しく、大切なものを持っている。

 他の人間には理解できないものもある。

 でも、俺たちはその宝石を抱えて生きて死ぬのだ。



 俺はアヴェンタドールに乗り、家に帰った。

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