第381話 再び、御堂家 XⅡ

 俺たちが遊んでいる間に、御堂たちも起きて来た。


 「石神、迷惑をかけた」

 「何言ってんだ。身体はどうだ?」

 「ああ、大分良くなった。石神のお陰でゆっくり休めたからな」

 「澪さん、大丈夫ですか?」

 「はい、もうすっかり。本当にありがとうございました」

 まあ、まだ良くはないのだろうが、取り敢えずは大丈夫だろう。

 また今晩良く寝れば、明日はちゃんとしている。


 「じゃあ、そろそろ帰るか。ああ、今日はうちの子どもたちでカレーを作らせてくれ。お前らはどうせ何を出されても喰えないだろう?」

 「いや、今日は親父がまたバーベキューをやりたいって言ってたから」

 「そんなの無理だよ! みんな死んじゃうぞ」

 俺は笑って言った。


 「俺から正巳さんに話すよ」

 「助かる」

 俺は子どもたちを集め、御堂の家に帰った。


 正巳さんも相当辛そうだった。

 俺に片づけと粥の礼を言う。

 俺は夕べ子どもたちがカレーを楽しみにしていたのだと話し、今日は自分たちの好みのカレーを作らせて欲しいと頼んだ。

 正巳さんは了承してくれた。


 折角だから、何種類か用意した。

 とにかく牛肉はたくさんあるので、それを使う。

 また夕べ出されなかった魚介類も相当あるので、シーフードを。

 俺は牛肉でキーマカレーを作った。

 カレーのコツは、タマネギを黄金色まで炒めることと、セロリのような苦みのある野菜を摺り下ろすことだ。

 市販のルーでも、そうすれば美味くなる。


 流石に御堂家にはミンチマシンまでは無い。

 俺はひたすら包丁で刻んでいく。

 澪さんが辛い身体で厨房に来たが、座って見ててもらった。


 コンロが空いたタイミングで、正巳さんと菊子さんの料理を作ってもらう。

 正巳さんたちお二人には、食べなれた味がいいだろう。

 湯豆腐を提案した。

 それに粥も作ってもらった。

 ハマグリも大量にあったので、それで吸い物を。

 あとは野菜を適当に切って、シーザーサラダを。

 まあ、カレーがメインだからこれでいいだろう。

 まだ肉が大量にあったので、外で元気な猛獣はバーベキューとした。


 その仕込みは亜紀ちゃんが中心にやる。

 柳と正利も手伝ってくれた。





 準備が整ったので、澪さんに呼んできてもらった。

 夜になって、みんなある程度は体調を戻したようだ。

 澪さんも元気になった。

 俺が子どもたちのお代わりを担当していたが、途中で替わった。

 旧家の嫁は、いつまでものんびりとは出来ない。

 正巳さんたちの食事を別途作ってもらったのには、そういう理由もあった。

 カレーが無くなり、俺は外のバーベキューの準備をする。

 みんなが出てきたが、流石にうちの子らしかもう食べない。

 正利が、ちょっと付き合っている。


 俺も子どもたちに全部任せ、大人たちでテーブルを囲み、ゆったりとしていた。

 誰も飲んでいないので気が引けたが、澪さんがワイルドターキーを用意してくれた。

 ロックでいただく。

 昨日の礼をまた言われ、今日の片付けや食事の支度などでも礼を言われた。

 今日で最後の夜だと、御堂家のみなさんが惜しんで下さった。


 俺が恐縮していると、不意に誰かが俺の首に手を回した。

 誰かと思って振り返ろうとすると、俺の前にオロチの顔が来た。


 「ギャァーーー!」


 柳が叫び、他のみんなは硬直している。

 俺もどうしていいのか分からない。

 オロチが俺の頬を舐めた。


 「おい、なんだ。出てきてくれたのか?」

 俺が話しかけると、俺の口元に頭を寄せてくる。


 「お前、もしかして寂しがりかぁ!」

 俺が笑って言うと、心なし締め付けてくる。


 「澪さん、卵を」

 「は、はい!」

 澪さんが中に駆けて行く。


 「石神、どうすれば」

 あの御堂が動揺している。


 「いいじゃないか。飽きたら戻るだろうよ」

 「でも」

 「柳、もう騒ぐな」

 「はい」


 澪さんが卵をボウルに入れて持って来た。

 俺は空いた器に卵を割って入れ、オロチの口に持っていく。

 オロチが啜っている。


 「お前もこれが好きかぁ」

 夕べ、卵の他に新鮮な鯛や伊勢海老なども軒下に置いていた。

 しかし、卵しか食べられていなかった。

 オロチは三個ほども食べると満足したようだ。


 「おい、御堂の家を守ってくれな」


 オロチが口を開いた。

 俺の顔ほどもあった。

 そのまま俺の身体から離れ、軒下に帰って行った。

 8メートルほどかと、俺は目測で捉えた。


 正巳さんが、俺のグラスを取り、飲み干した。

 震えている。


 「うーん、ちょっと生ぐせぇな!」

 誰も笑ってくれなかった。

 子どもたちが寄って来る。

 「タカさん、大丈夫ですか?」

 亜紀ちゃんが言う。


 「ああ。いや、待て、なんか身体が……ぐあぁーーー!」

 俺は椅子から立ち上がり、蹲る。


 「石神ぃ!」

 御堂が叫ぶ。

 「イヤァーーー!」

 柳も叫んだ。






 「なんちゃって」


 子どもたちが笑った。

 御堂と柳は憤然としていた。


 「おい、柳! 笑えよ!」

 「笑えませんよ!」

 涙目になっている。


 「石神、僕と柳をいじめないでくれ」

 御堂が呆れた顔で言う。

 その後で笑った。


 「なんだよ、柳。折角オロチが挨拶に出て来たのに」

 「だって、突然すぎますよ!」

 「ヘビがチャイム押すわけねぇだろう」

 「そんなの!」


 「俺たちが帰ったら、柳の部屋で寝るように言っとくな」

 「やめてください!」

 「お前、ヘビは苦手か?」

 「爬虫類が好きな女の子はいませんよ」


 「俺のヘビはあんなもんじゃねぇぞ?」

 「もうちゃんと見て知ってます」

 御堂が大笑いした。

 正巳さんも笑っている。


 「じゃあ、今晩はこの辺でお開きにしよう」

 御堂が言った。

 俺は子どもたちに片づけをさせようとしたが、御堂が厨房の人たちを呼んでやらせた。

 俺たちに、風呂に入るように言ってくれる。

 俺は御堂家の方々に先に入ってもらった。

 今日は早く寝た方がいい。

 俺は座敷で御堂と飲んでいたが、風呂から上がった正巳さんが来た。


 「石神さん、どうかまた来てくださいね」

 「もちろんです。ここに来ると本当に楽しいですしね」

 「今回のことはどうやって報いればいいのか。本当にありがとう」

 「もう本当にやめてください。来にくくなっちゃうじゃないですか」

 正巳さんが笑った。


 「でも本当にオロチが石神さんに懐いていて、いなくなったらと不安で」

 「そんなもの。ああ、毎日卵でも置いておけばいいんじゃないですか? なんだか好物のようですし」

 「なるほど!」

 「まあ、だから菊子さんのお陰ですよ」

 正巳さんは頭を下げて部屋へ戻った。




 「御堂、話がある」

 「うん」

 俺たちは顔を突き合わせ、小声で話す。


 「今日、思いついて「α」の粉末を卵に混ぜて喰わせた」

 「!」

 「お前に残りを預ける。一応「でかくはなるな」と言っておいたが、まあ分からん。ヘビだからな。でも、悪くはない何かが起こるんじゃないかと思うぞ」

 「そうなのか?」

 「今日、オロチが来ただろう。あの粉末が原因じゃないかと思った。御堂の家を守るために必要なんだろう」

 「お前を信じる」


 「気づいたことがあったら、何でも教えてくれ。必要ならば追加で送る」

 「分かった」


 柳と亜紀ちゃんが来た。


 「石神さん、お風呂が空きましたよ」

 「そうかよ」

 「さー、早く入りましょう!」

 御堂が笑っている。


 「じゃあ、御堂、行くか!」

 「僕は後で入るよ」

 「お、お前ぇ!」

 御堂が大笑いした。

 柳と亜紀ちゃんも笑って俺の手を引っ張る。


 「タカさんのヘビを、今日はよーく観察しますね!」

 「勘弁しろぉー!」




 


 後ろで御堂の笑い声が、いつまでも聞こえた。 

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