第380話 再び、御堂家 XⅠ

 昼前に、正巳さんたちも起きて来た。

 俺は柳に澪さんを起こしに行かせ、あとは御堂に任せた。

 昼食は子どもたちに作らせた。

 温かいソバだ。

 暑い季節だが、涼しい家で食べれば問題ない。

 正巳さんは召し上がらなかったが、他の人間は食べてくれた。


 午後は御堂と澪さんを誘い、河原に行った。

 ハマーだ。

 俺たちは外に出て、二人は車の中で寝かせる。

 家にいると、澪さんが休めない。

 釣竿を借りて来たので、皇紀と双子に釣りをさせた。

 俺は厨房から少しいただいてきた食材で、適当にホイル焼きを準備する。

 亜紀ちゃんと柳には薪を拾わせた。

 ルーが足を滑らせて川に落ちた。


 「石神さん!」

 柳が大声で叫んだ。


 「あ?」

 「アレ! ルーちゃんが大変ですよ!」

 「ああ」


 急流に流されている。

 のんびりと眺めた。

 次の瞬間、大きな水しぶきと共に、ルーが10メートルも飛び上がり、河原に立った。


 「!」

 「な?」

 「エェッー!」

 

 「ルー! 浮いている魚を全部拾え!」

 「はーい!」

 10匹ほど持って来た。


 「釣りの情緒がねぇなぁ」

 柳はいろいろ言いたいようだったが、結局黙った。

 亜紀ちゃんがルーの服を脱がせ、大きな岩に拡げて乾かした。

 暑いのですぐに乾くだろう。

 俺は柳に魚を裁かせる。

 亜紀ちゃんが教える。

 焼いたものを食べながら、俺たちは他愛のない話をした。


 「ああ、柳、お前別荘に行くことを御堂に話したか?」

 「はい! 許可はちゃんと得てますよ」

 「本当はお前じゃなく御堂に来て欲しいところだけどなぁ」

 「いいじゃないですかぁー!」

 俺は笑って悪かったと言う。


 「お前はすぐに自分自分って言うよなぁ」

 「そうですかぁ?」

 「だから俺にからわかれるんだぞ」

 「そうなんですか」

 「柳が小学5年生の頃か。俺が正利ばっかり可愛がったら焼きもちやきやがってなぁ」

 「やめてくださーい!」




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「正利はカワイイなぁ」


 俺に懐いてくれて、食事の時も俺の膝に乗って食べたがる。

 目線が大人と同じになるのが楽しかったのだろう。


 「ねえ、石神さん!」

 「あんだよ」

 「散歩に行きません?」

 「やだよ、暑いじゃんか」

 「いいじゃないですか」

 「正利、行くか?」

 「やだー」


 「な?」

 「もーう!」

 澪さんが笑って見ている。


 夜は正利と一緒に寝ていると、柳が潜り込んでくる。

 一応は女の子だから、と澪さんに言われても、こっそりと来る。

 暑くてたまらん。

 スイカを食べていると、俺がかじった部分を柳が喰いついて奪っていく。

 ニコニコして食べている。

 俺がスイカの種を柳の顔に吹き飛ばしたら目に入った。

 柳が泣いた。

 それでもいつも俺がいる間は俺から離れない。


 御堂が「柳は本当に石神のことが大好きなんだね」と言う。

 そりゃ分かってはいるが。

 ある朝、俺が正利と遊んでいると、柳がキレた。


 「あんたなんか生まれて来なきゃ良かったのに!」

 俺は御堂と澪さんの前で柳の頬を引っぱたいた。

 柳は吹っ飛んで畳に突っ伏した。


 「正利に謝れ!」

 柳は泣いて謝った。

 正利もびっくりして泣いた。




 その夜、柳を連れて散歩に出た。


 「私なんかと散歩は行かないんじゃなかったんですか」

 「バカ! 俺は暑いから嫌だと言っただろう」

 柳が俺を見た。


 「お前なぁ、いろいろ考えろ。相手の話をよく聞いて、相手の心を考える人間になれ」

 「私のことは嫌いですか?」

 「そんなわけあるか。どうでもいい人間なら殴ったりはしねぇ」

 「でも石神さんは暴走族のときに」

 「ああー」

 殴りまくっていた。

 

 「いまのナシな」

 「なにそれー!」


 俺は柳を肩に乗せた。


 「どうだ、目線が変わると世界も変わるだろう?」

 「うん。遠くまで見えるね」

 「俺も柳のお尻がこんなに臭いとは知らなかったぞ」

 柳が俺の頭を叩いた。

 夜の道は街灯も少なく、暗い。

 でも、満月が道を照らしてくれていた。


 「柳」

 「なに?」

 「人に好かれる人間って、どういう人だと思う?」

 「うーん、優しい人?」


 「そうだな。その「優しい」っていうのはどういうことだよ」

 「うーん、その人のためにいろいろする人」

 「その通りだ。だから自分が自分がって言ってる奴は嫌われるってことだな」

 「……」

 「柳はいいとこのお嬢さんだし美人だしな。嫌われるのはもったいないと思うぞ?」

 「うん」

 俺は柳のために、なるべくゆっくりと歩いた。


 「ねえ、石神さん」

 「なんだよ」

 「私は私に優しい石神さんが好き」

 「そうか」

 「私も優しくなるね」

 「そうだな」

 

 「ねえ、石神さん」

 「あんだよ」


 「石神さんって、いつもいい匂いよね」

 「柳のお尻と違って、いてぇ!」

 柳が俺の頭を叩いた。


 「ペンハリガンのクァーカス」

 「よく知ってるな」

 「お父さんが教えてくれた」

 「そうか」

 「じゃあ、今晩お前のお尻にかけてやろう」

 「もーう!」

 俺が全力疾走すると、柳が喜んだ。


 「大好きな柳のためなら、俺はどこまでも走るぞー!」



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 「石神さん」

 「あんだよ」

 「私って、全然成長してないですね」

 「ちょっとはオッパイが、いてぇ!」

 柳が俺の頭をはたいた。


 「こないだ、病院の石神さんの部屋で休ませてもらったじゃないですか」

 「ああ、そうだったな」

 「ペンハリガンの匂いがしました」

 「そうかよ。自分でつけてると全然分からないんだよな」


 「いい匂いです」

 「ありがとうございます!」

 「私のお尻って臭いませんよね?」

 「ちょっと嗅がせろ」


 「いやぁー!」


 子どもたちが笑った。 

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