第299話 帰宅

 俺たちは起きて、シャワーを一緒に浴びた。

 栞が、丁寧に俺を洗ってくれる。

 服を着て、リヴィングへ行った。

 栞が食事を作ってくれる。

 温かな、和食の数々が並んだ。


 「身欠きにしんですか!」

 「石神くんが壊した実家から送ってきてくれたの」

 「アハハハ!」


 身欠きにしんは美味しかった。


 「ところでね、前から言いたかったんだけど」

 「なんですか?」

 「あの、名前ね。「はなおかバスター」って、どうなのかなって」

 二人で笑った。


 「でも、もう外で大々的に公表しちゃいましたからねぇ」

 「うーん、でも」


 双子の命名だった。

 以前は花岡の「虚震花」のことをそう呼んでいたのだが、自分たちが開発した新しい技に、それを流用した。


 「開発者が決めたことですから」

 「でも、最初は亜紀ちゃんじゃない」

 「ええ。でも理論的に組み上げたのはルーとハーですからね」

 「恐ろしいことよね」

 「そうですねぇ」

 まさに天才だった。

 亜紀ちゃんはそれを上回る超天才だが、双子は理論的に構築する才能を持っていた。

 特に、素数に関するセンスが抜群だった。

 そういう理論の基盤は、栞にも誰にも話していない。

 俺と双子だけの機密だ。


 使えるのは、亜紀ちゃん、俺、双子、栞の五人だけだ。

 出来た順番がそれだが、威力は別の順番になる。

 俺が購入した丹沢の山地は、地形が変わっている。

 理論的に構築されたため、「教える」ことができる。

 もちろん、特殊な才能が必要だが。








 

 俺は、ようやく家に帰った。

 長時間の走行で、ドゥカティは汚れていたが、洗車する余裕はなかった。

 便利屋に頼みたいのだが、なぜか怖がってやってくれない。


 「おっかねぇ。このバイク、人を殺してますよ」

 「新車だよ!」

 「じゃあ、旦那、ついに」

 「殺してねぇ!」

 「でも、何百人も殺してますって」

 「お前の頭の方が怖ぇよ!」


 ダメだった。

 仕方がない。

 週末までに時間を作るか。


 「お帰りなさい」


 亜紀ちゃんが出迎えてくれた。

 何も話してはいないが、俺の雰囲気で何かを感じていたのだろう。


 「お疲れですね」

 「ああ、疲れたよ。食事は済ませたから、風呂に入ってすぐに寝るからな」

 「はい」


 亜紀ちゃんが風呂の用意をしている間、俺はライダースーツを着替えた。

 ネルで丁寧に埃を拭う。


 「沸きましたよー!」

 亜紀ちゃんが呼んでいる。

 俺は浴室に向かった。

 ドアの前で亜紀ちゃんが待っていた。

 中に入り、鍵をかける。


 「はーなーおーかーバスター!」

 「おい! よせ!」


 ガチャリ。


 「ん?」


 亜紀ちゃんが入ってきた。


 「エヘヘ、合鍵作っちゃいましたー!」

 「お前!」

 亜紀ちゃんは、無視して服を脱いでいく。


 「やめろって!」

 「やめません」

 「おい、皇紀や双子が」

 「平気です」

 「俺が平気じゃねぇ!」


 「今日だけです」

 「なに!」

 「今日だけ、背中を洗わせてください」

 「なぜ!」

 「タカさん、また私たちのために、何かしたんですよね」

 「……」


 「私も、タカさんのために、何かさせてください」

 「……」

 俺は無言で浴室に入った。

 シャワーを浴びる。

 

 「おい!」

 「はい!」


 「早く洗ってくれ。全身だぞ!」

 「は、はい!」

 「オチンチンもだぞ!」

 「そこはイヤです!」

 俺たちは笑い、亜紀ちゃんは背中を洗ってくれた。

 座って、髪も洗ってもらう。


 「ああ、いい気持だ」

 「タカさんって、ハゲるんですか?」

 「不吉なことを言うな! 洗いながら「ガンバレ」と言ってやれ」

 亜紀ちゃんはクスクスと笑いながら、「ガンバレ」と言い続けてくれた。


 「じゃあ、はい! 私の番です」

 「かんべんしろー!」


 亜紀ちゃんは笑って軽くシャワーを浴び、浴槽に入って来る。


 「洗うだけじゃねぇのかよ」

 「うん!」

 楽しそうだ。

 俺は響子のために用意しているアヒルを持ってきた。

 そうでもしないと、間違いが起こりかねない。


 「カワイイですね!」

 良かった。


 「なあ、亜紀ちゃん」

 「はい」

 「単価の話なんだけどなぁ」

 「え? あ、ああ、はい!」

 「花岡さんの単価が一番だから。追い越さないでやってくれ」

 「アハハハ!」


 「じゃあ、「愛してるよ、亜紀」って言って下さい」

 「それはちょっとなぁ」

 「えぇー! こないだは言ってくれたじゃないですか!」

 「言葉に出してはいけない」


 「ずるいですよー」


 二人で笑った。

 湯が、気持ちよかった。


 ♪亜紀ちゃんは~ ちょっと大食いだけど、愛してるぜ~♪


 亜紀ちゃんが歌い出した。









 「エヘヘ、覚えちゃいました!」


 俺たちは、一緒に歌った。

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