第298話 終結、そして日常
翌朝、俺と六花は、またよしこが用意してくれた朝食を食べていた。
俺が美味かったと褒めたヨーグルトは、ボウル一杯あった。
俺たちは、また裸で食べている。
よしこがニコニコとして、出て行った。
「なあ、あの時は勢いもあったから聞かなかったんだけどよ」
「はい?」
「お前が「タイガー・レディ」なのは、まあいいや。でも、そうしたら俺は「タイガー」なんじゃねぇのか?」
「ああ、はい。英語は嫌いなので」
六花は、十枚焼いてくれた目玉焼きのうち、七枚目を食べている。
俺は一枚を食べて、六花のために残していた。
「じゃあ、なんで自分は英語なんだよ」
「だって、恥ずかしいじゃないですか」
「何が?」
「「虎のヨメ」だなんて。響子にも悪いですし」
六花は、ちょっと赤くなって言う。
よく分からんが、分かった。
まあ、ジェイは「虎のように凶暴な女」というニュアンスも含めていたのだろうが、それは黙っている。
「しかし、あの時のお前はカッコよかったよなぁ」
夕べも何度も言ったが、俺はまた六花を褒めた。
褒めるたびに、六花が強烈に締め付けてきた。
「「紅を見せろ!」かぁ。最高だよな。惚れ直した!」
「エヘヘヘ」
六花は嬉しそうに笑った。
でも、本当に六花のあの雄叫びで、全員が自分を取り戻したのだ。
斬の殺気は、弱い心を確実に破壊する威力があった。
俺たちはライダースーツを着て、部屋を出る。
ホテルの出口で、シーマが待っていてくれた。
タケの店では、「紅六花」」の全員が揃っている。
駐車場で各々のマシンの横に立ち、俺たちを待っていた。
「六花、みんなに最後に言ってやれよ」
「はい!」
六花と俺は、自分たちのマシンの横に立った。
「お前ら! お前らの「紅」は確かに見せてもらったぁー!」
『オォーーーゥ!』
「あの「紅」はぁ! 絶対に忘れねぇ!」
『オォーーーーゥ!』
「ありがとぉーーー!」
『オォーーーーーーーーゥ!』
俺はマシンの横で土下座をした。
それを見て、六花も同じくする。
俺たちは立ち上がり、マシンに火を入れて走り去った。
後ろで見送る連中の怒号と歓声がいつまでも聞こえた。
あいつらのことも、絶対に守る。
俺はそう誓った。
六花とはマンションの前で別れた。
握手を交わしただけで、お互いに何も言わなかった。
俺は家には帰らずに、栞の家に向かった。
「お帰りなさい」
門を開けて、栞は俺を引き入れてくれた。
「上がって」
リヴィングでコーヒーを出される。
挨拶以外には言葉はなかった。
「終わった」
俺がそう言った。
「そう。怪我人は?」
「一人もいません。花岡の家でも」
「そう」
栞には、俺が実家に行くことを告げていた。
六花を連れて行くことも、「紅六花」」を連れて行くことも、斬にけじめをつけることも。
命の遣り取りになるかもしれないことは、言葉にせずとも、二人とも分かっていた。
結果的には、誰も傷を負わず、誰も死ななかった。
「斬のじじぃが、凄まじい殺気を放ちましたよ」
「「虎砲」ね」
「そういう名前ですか。何人か気を失いかけた」
「そうならなかったの?」
「ああ、二度目のアレは、更に強烈でしたけど。六花が気合を入れて、みんな立ち上がりました」
「信じられない!」
栞は、あれは相手の意識を奪う技だと言った。
それに耐えるのは、命を捨てるつもりの人間だけだと。
戦場で言う、「死兵」だけだと。
「人間、動物はみんな自己保存本能があるよね。それを逆手に取る技なの。特殊な振動波で生命の危機を感じさせて、交感神経を激しく乱すのよ」
「なるほど」
「それ以外におじいちゃんは何もしなかったの?」
「俺が「した」からですね」
「まさか」
「「はなおかバスター」を使いました。悪いですけど、東の塀は今はありませんよ」
「……」
「花岡が必死に磨き上げた「虚震花」が、まさか他人に奪われ、しかも強化改良されるなんて」
「「はなおかバスター」は、広域殲滅が可能ですからね」
「一体、石神くんは……」
俺は電話をかけた。
「おい! 生きてるかぁ!」
『……』
「なんか言え! 俺のスンゴイ技でびっくりゲロか?」
『お前』
「なんだ、心臓が止まりそうか! 笑えるぜ!」
『あれはなんだ』
「あ? 教えてやっただろう。「はなおかバスター」だ」
『ふざけたことを』
「おい、けじめはついたぞ。これ以上はやめておけ」
『花岡を舐めるな。「虚震花」だけが奥義ではないわ』
「そうだな。でも、俺が簡単に奥の手を見せたと思うのか?」
『!』
「お前にも、何かできることがあるのかもしれん。でも、こっちはそれ以上のことをするからな」」
『……』
「教えてもいいぞ」
『なに!』
「俺たちの下につけ。そうすれば教えてやるし、今まで以上の力を持たせてやる」
『……』
「よく考えておけ。俺はじじぃのことは、それほど嫌いじゃないぞ」
『……』
俺は電話を切った。
「ありがとう」
栞が頭を下げた。
俺は栞を抱いた。
本音を言うと、夕べの六花に散々搾り取られて辛かった。
「これから、どうなるのかな」
ベッドの上で、栞がそう言った。
「さあ」
「石神くんは平気なの?」
「そうですね。何が起きても平気かな」
「どうなってるのよ、その頭は」
俺たちは少し笑った。
「みんな、絶対に守りますよ」
「できるの?」
「できなきゃ、みんなで死ぬまでです」
「……」
「双子がね」
「うん」
「顕さんの家で、奈津江の姿を見たそうですよ」
「えっ!」
「どういう女性だったか、詳しく後で確かめたんです。間違いなく、奈津江でした」
「そんな……」
「だから、死んだっていいんですよ。それが分かってれば、人生はオーケーです」
栞は泣きながら微笑んでいた。
俺たちは、唇を重ねた。
お互いに、自然にそう魅かれた。
「そういえば、こないだ亜紀ちゃんに「一オッパイ」と言われました」
「なんなの、それ」
奈津江が一度だけ、俺に胸に触らせた話をする。
「その話を聞いて、亜紀ちゃんが自分もどうぞって」
「触ったの!」
「アハハ、触りませんよ」
「そう。絶対にやめてね」
「はい。でも、毎日牛乳を飲んでいると言ってました。オッパイ単価を上げるんだそうですよ」
「?」
「花岡さんのアドバイスでしょう?」
「え、あ、ああ! 双子ちゃんにそんなことを」
「どうなるのかは分かりませんが、オッパイ単価が一番高いのは、きっと花岡さんのままですよ」
「……」
「「一オッパイ」してみる?」
栞は赤くなって、そう言った。
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