第290話 顕さんの別荘

 ゴールデンウィーク。

 俺には真っ先に果たしたい約束があった。

 顕さんを別荘にお招きする。

 それだった。


 「本当に行っていいのか!」

 俺が電話すると、顕さんは喜んでそう言って下さった。


 「もちろんです。今年のゴールデンウィークは、まず顕さんと別荘に行きたくて」

 「そうかぁ。それは本当にうれしいよ。是非行かせてくれよ」

 俺たちは日程を合わせた。


 「他に予定はないんですか?」

 「全然ないよ。本でも読みながら酒を飲んでるしかない」

 「あっちでまた飲みましょう」

 「ああ、楽しみだ。土産に酒でも持っていくかなぁ」

  「いりませんよ! ああ、じゃあそのかわりに、俺のお願いを一つだけ聞いて下さい」

 「もちろん石神くんのお願いなら、何でも言ってくれ」


 「じゃあ、向こうで言いますから」

 「え、そうなのか? なんか怖いな」

 俺たちは笑いながら電話を切った。






 当日。

 俺たちは顕さんの家に寄った。

 途中で電話をしたので、顕さんは玄関で待っていてくれた。


 「石神くん、今日は本当にお世話になります」

 「いえいえ、俺の方こそ顕さんに来ていただいて嬉しいです」

 「「「「こんにちは!」」」」

 「はい、こんにちは。今日はお邪魔しますね」

 亜紀ちゃんが助手席のドアを開け、顕さんが乗り込む。



 双子が飛び出して、顕さんの家の玄関に行く。


 「おい、何やってんだ!」

 亜紀ちゃんが走って、双子を連れ戻す。


 「どうしたんだよ、お前ら」

 「「ごめんなさい」」 

 ヘンなことがあったが、すぐにいつもの双子に戻った。


 


 「皇紀! 顕さん歓迎の歌を歌え!」

 「はい!」

 皇紀は、モーツァルト『冬の旅』を歌う。

 いつもながらに見事だ。


 「皇紀くん、スゴイね」

 顕さんも驚いていた。


 続いて亜紀ちゃんが、俺のモノマネをした。


 「ニーチェかぁー」

 「おまえらー! よくきけぇー!」

 「かんべんしろー!」

 「俺の顔に泥をぬるなー!」

 「亜紀ちゃん、だいすきだー!」

 大爆笑だった。

 顕さんも大笑いしていた。


 「おい、最後のは言ってねぇだろう!」

 「いいえ、ちゃんと聞きましたー」

 みんなまた笑った。

 俺も笑った。


 双子が筋肉少女帯の『日本印度化計画』を歌う。


 ♪俺にカレーをくわせろ! 俺はいつでも、辛さにこだわーるぜ~!♪


 みんな大爆笑だった。

 亜紀ちゃんも皇紀も知らない。

 俺が双子との散歩で、仕込んだ。

 ネットで、PVも見せた。


 「じゃあ、俺も歌おうかな!」

 「え、顕さんもですか?」

 顕さんは、村下孝蔵の『ゆうこ』を歌った。

 お好きな曲らしい。

 みんな、拍手をした。

 素晴らしく上手かった。


 「すごいですね。俺も大好きなんですよ」

 俺は病院で「ゆうこ」という女の子のために、ライブをやったことを話した。

 子どもたちも知らないことなので、喜んだ。


 「じゃあ、最後は石神くんだな」

 「え、俺もやるんですか!」

 「だってみんなやったじゃないか」

 「顕さんに言われるとなぁ」

 俺は即興で、『亜紀ちゃん大好きソング』を歌った。


 ♪亜紀ちゃんは~ ちょっと大食いだけど、愛してるぜ~♪


 大爆笑だった。


 ♪亜紀ちゃん、君のためにー、バナナを買ったよ~ 大好きな、亜紀ちゃんー♪


 みんな大笑いだった。


 「もう、「亜紀ちゃん大好き」は俺の口癖だからなぁ」

 「やめてくださいー!」

 またみんなで笑った。





 途中のサービスエリアで食事をとる。


 「おい! 一人二つまでだからな! ホットドッグも「一つ」とみなすからな!」


 「「「「はい!」」」」

 子どもたちは、それぞれの店に散った。

 顕さんが笑っている。


 「顕さん、何を召し上がりますか?」

 「そうだな。ソバでも食べようかな」

 俺たちはそばの店に行った。

 食券を買う。

 顕さんがみんなの分も出すとおっしゃったが、俺が出させてもらった。


 「今日は徹底的にお客さんでいてください」

 顕さんは恐縮されていた。


 また物凄い量が集まった。

 ピザが二枚。

 寿司桶二つ。

 大盛りのソバやウドンが四つ。

 亜紀ちゃんの采配だ。


 「「「「いただきまーす!」」」」

 顕さんが驚いている。


 ♪ちょっと大食いの亜紀ちゃんが~♪


 俺が歌うと亜紀ちゃんが真っ赤になって抗議した。


 「ほんとに、もうやめてくださいー!」

 みんなで笑った。





 別荘に着いた。

 中山夫妻から鍵を預かり、お土産を渡す。

 顕さんは外から別荘を真剣に見ていた。


 「やっぱりいいなぁ。あのちょっと見える」

 「まあ、夜にしましょう。もったいないですよ!」

 「そうか。そうだな!」

 二階の応接室の窓がいいと、顕さんは言ってくれた。

 今回は二泊の予定だ。

 しかし、顕さんは明日に帰ると言っている。

 俺は是非一緒に帰りましょうと言ったが、頑なに固辞された。


 「君たちで楽しんでくれよ。俺はどうしてもアレが見たくて押しかけちゃったけどな」

 そう言われた。


 顕さんは少し疲れている様子だった。

 俺は部屋へ案内し、夕飯まで寝ててくださいと言った。

 顕さんは「そうさせてもらおう」と言い、部屋へ向かわれた。




 俺は、顕さんの背中を見詰めていた。

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