第69話 クリスマス・パーティ
12月24日。
簡単に昼食を食べ、俺たちは栞と響子たちを待っていた。
双子は朝からそわそわして落ち着かない。
何度もリヴィングに飾ったツリーを見に行き、ライトの確認、飾り付けの追加などを検討している。
午後二時になって、チャイムが鳴る。
亜紀ちゃんが出迎えに行こうとすると、双子がダッシュで玄関へ走った。
「こんにちは」
栞だった。
淡いベージュのチェスターコートに、下は薄いブルーのセーター、下は白のパンツだった。
子どもたちを相手にするから、動きやすい服で来たのだろう。
それにコタツで鍋だと伝えてあるから、スカートでは支障がある。
ピンクのキャリーケースは俺が預かり、部屋へ運んだ。
亜紀ちゃんは栞の手を取り、リヴィングへ引っ張っていく。
双子はその前にダッシュで階段を昇っていった。
興奮が収まらないらしい。
三十分後、響子が六花と一緒に来た。
俺が迎えに行こうと思ったのだが、六花がタクシーで連れてくると言うので、任せた。
響子は六花に抱かれていた。
オフホワイトのフリルのたくさん付いたドレスだ。膝下から厚手のタイツが見える。
響子の身体にピッタリだが、オーダーメイドなのだろう。
六花は黒のシャツに黒のジーンズ、バーバリーのトレンチを着ている。
靴はごつい編み上げのレッドウィングだ。
シンプルな組み合わせだが、175センチの六花が着ると、モデルのようだ。
また双子がダッシュで来る。
子どもたちは六花は初めてなので、まず挨拶をした。
「きれい!」
「芸能人?」
双子は正直な感想を言う。
六花は不思議そうな顔をしている。褒められる理由が分からないのだ。
「あ、目の色が違う!」
ルーが気付いた。
「魔法使い?」
アニメで、そんなキャラがいる。
「びびびびびび」
六花が突然、右手を上に向けて謎の言葉を吐いた。
「お前、なんだそれ?」
「いえ、光線的なものを出せばよいのかと」
「「「「「「「…………」」」」」」
俺たちは無言になった。
とにかく入れよ、と勧めると
「石神先生、すみません」
と響子を預けてくる。
六花は丁寧にブーツの紐を解き、お邪魔しますと丁寧に頭を下げてから家に上がった。
自分の世界を持ってる奴だ。
俺が料理の下ごしらえを始めると、エプロンを付けて栞と亜紀ちゃんが手伝ってくれる。
クリスマスらしく、ターキーのローストを作るが、別途すきやき鍋もある。
俺はローストの下ごしらえをし、栞と亜紀ちゃんにはひたすらカナッペを準備してもらう。
本当はその場で食材を乗せても楽しいのだが、どうせ大量の食材を乗せて何を食べてるのか分からなくなるのが目に見えている。
だから、事前に見た目よく作っているのだ。
食事時には人格が変わる亜紀ちゃんだが、調理中につまみ食いをすることはない。
どういうシステムなのか、俺にも分からない。
見ていると、相変わらず仲良しで、二人でキャーキャー言いながら楽しんで作っている。
「花岡さん! それ辛子が多いですよ」
「大丈夫よ」
物騒な会話も聞こえるが、どうせ皇紀が食べるのだろう。
「あ、亜紀ちゃん、ワサビなんてダメよぅ」
「大丈夫です。肉大盛りにみせかけると、皇紀が食べます」
「えぇー」
皇紀、がんばって盛り上げてくれ。
栞が俺に近づいて耳打ちする。
「石神くんが食べそうになったら、私が止めるから!」
ありがとうございます。
リヴィングを見ると、ソファで双子が六花に付ききりで話している。
オッドアイのことを聞いているようだが、六花は丁寧に答えているようだ。
「ねえ、りっかちゃん。何で目の色がちがうの?」
「私にも分かりません」
「見えにくくないの?」
「別に何も問題はありません」
「左目だと、青く見えるの」
「そんなことはありません」
「どうしたら、そんなきれいな目になるの?」
「さあ、綺麗でしょうか?」
「「きれいだよぉ!」」
大変だな、六花。
外見の美しさのためが大きいが、性格がこれまでにないタイプで、大いに双子の興味を引いているようだ。
響子はその横でソファで寝ている。
六花のコートが響子の上に乗せられている。
響子は、心地よい温もりの中で、幸せそうに眠っていた。
午後五時。
テーブルに並べられた料理を前に、クリスマス・パーティを始めた。
コタツは別にあるが、どうせ鍋になれば戦場になることは目に見えている。
だからテーブルで、まずは会食らしい会食を、と俺が考えたのだ。
メインのすき焼きのために用意した霜降りは20キロ。
単純に一人当たり1キロを超えるわけだが、これが多すぎると言う奴は、うちの食事を知らない奴だ。
この量で下手をすれば殴り合いの喧嘩になる。
これまでに、皇紀は二度ほど亜紀ちゃんに顔面パンチを喰らい、10回以上は双子に蹴りを入れられている。
双子は亜紀ちゃんに20回以上頭をはたかれ、双子同士は百回以上掴み合をしている。
皇紀だけは手を出していない。
ターキーのローストは、最初はもの珍しさから子どもたちもせがんだが、好みの味ではなかったようだ。
大人たちでゆっくりと食べられる。
カナッペは100種類以上あるので、その組み合わせを求めて争奪戦になった。
同じ種類で20個ほどもあるのだから落ち着いて食べれば良い、と思うのが浅はかな大人の考えだ。
子どもたちは「至高の組み合わせ」の存在を信じ、さらに上位の組み合わせを独占しようとしているのだ。
響子はローストを少し口に入れ、カナッペを数枚食べた。
俺は響子にコンソメスープをよそってやる。
俺が作った辰巳芳子直伝のものだ。
俺は以前に辰巳先生のスープ教室に通ったことがある。
脳腫瘍で食欲の落ちたお袋に、最後の最後まで口に出来るスープを作ってやるためだ。
今はネットなどで簡単なレシピが見られるが、教室で教わるのはとんでもなく難しい。
食材が限定されるのだ。京都のどこそこの人参、大根は静岡の○○農場のもの。
それを手に入れることから始まる。
しかし、教えの通りに作ったスープは、絶品になる。
「おいしい」
響子はため息と共に漏らした。
ロックハート家ではさぞいいものを口にしていただろうが、このスープはそれに負けないはずだ。
辰巳先生の下には、多くの料理人が教えを請いに来る。
それほど食を極めた方なのだ。
大変手間がかかるので、量をそれほど作ってない。
大人達にカップ1杯ずつ配った。
「ほんとうに美味しい」
栞が感動した。
「ウガァ!、ゴオオオオゥッってぇ!」
六花が何言ってるのかわからない。
多分感動している。
俺は争奪戦の亜紀ちゃんを呼んで、残り少ないスープを飲ませた。
亜紀ちゃんは目でカナッペの減りを追っていたが、一口飲んでカップに釘付けになる。
「なんですか、これは!」
「もう、それで終わりだからな」
「エェー!」
「作るのが本当に面倒だから、もうしばらくは作らないからな」
「そんなぁ、死んじゃいますぅ!」
死なねぇよ。
子どもはまだ味蕾も未発達の上、味覚も覚束ない。
皇紀あたりならもう分かるかもしれないが、自分たちを差し置いて皇紀が美味いものを食べたと知ったら、恐ろしいことになる。
その時、皇紀が叫んだ。
「ゴフゥッー!!」
栞と亜紀ちゃんが目を合わせて笑っている。
自分のジュースを取りに、慌ててこちらへ戻る皇紀。
爆弾があることを知った双子は、手を止めた。
「亜紀ちゃんー!」
「いや、栞さんも作ってるのよ!」
「ちきしょー、でかいオッパイでわるだくみかぁー!」
ひでぇことを言う。
「もぐぞ!」
「え、なにをー?」
六花は幸せそうな顔でカップを握っていた。
響子が明るく笑っていた。
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