第68話 クリスマスは家族で

 12月初旬の日曜日。

 俺は午前中の掃除が一段落した亜紀ちゃんに声をかけた。


 「なあ、亜紀ちゃん」

 「あ、タカさん、すいませんでした。すぐ、コーヒーを淹れますね!」


 いや。

 俺の前にコーヒーのカップが置かれた。

 亜紀ちゃんは来客のときは俺に聞くが、普段の俺がコーヒーを好むことを知っている。

 自分はホットミルクを作って来た。

 ニコニコして俺の前に座る。


 「相談なんだけど」

 「はい?」


 亜紀ちゃんは厚手の白のタートルネックに、ジーンズを履いている。

 スタイルのいい亜紀ちゃんに本当によく似合っている。


 「部の連中から打診されてるんだけど、もうすぐクリスマスじゃない」

 「あ、ええ」

 「それで、うちでパーティはどうかと言ってるんだよ」

 「えっ、ああ、いいんじゃないでしょうか」


 亜紀ちゃんは一瞬返答を詰まらせた。

 よくねぇんだな。


 「そういえば、去年まではクリスマスはどうしてたんだ?」

 「家で家族で祝ってました。安いケーキと鳥モモ肉とかだけですけど」


 俺はちょっと考えて言った。


 「ああ、だったらやっぱり、俺たちだけでやろう」

 「そうですか! あ、花岡さんなんかどうでしょうか?」

 「ん?」


 そうだった、亜紀ちゃんは栞が大好きだった。


 「それじゃぁ、予定を確認しておくよ」

 「あ、彼氏とかと過ごすんなら、こっちは遠慮してください」

 「ブフォッ!」

 「タカさん、大丈夫ですか?!」





 俺は翌日、薬剤部に行って栞にうちでクリスマスパーティをやることを伝えた。


 「絶対に、親が死に目でも行きます!」


 眼光鋭く、肉食獣が獲物を狙うかのように即答した。

 俺は思わず、一歩退がる。


 「じゃあ、そういうことでお願いします。うちの子どもたちとですが、響子も連れて行きますので」

 「え、うぅ…………モ、モチロン、ソノホウコウデ」


 猛獣は、一層眼光を鋭くして言った。

 俺は早々に薬剤部を出た。


 俺は響子にも伝えた。

 喜んで俺に抱きついてくる。


 「じゃあ、お祖父ちゃんにも連絡しなきゃ!」

 「おい、アビーは連れていけないぞ?」

 「違うの、新しい服をおねだりするの!」


 俺が買ってやってもいいのだが、アビゲイルも孫と過ごせて嬉しいだろう。


 「ああ、花岡さんも来るからな」

 「あ、そう」


 もうちょっと反抗するかと思った。

 俺と栞との関係は、なんとなく感じているようだったから。




 俺は六花にも伝え、アビゲイルと響子の買い物に同行できないかを聞いた。


 「はい、まったく構いません!」


 二つ返事で了承してくれる。

 ちなみに、六花の父親の葬儀以降、六花は俺に抱いて欲しいということは、あまり言わなくなった。

 非常にありがたいことだが、その代わりに忠犬のような態度になった。

 俺に会うとキラキラした目で見てくる。見えない尻尾が思い切り振られているような気がする。

 それと、あちこちで俺のことを褒め称えているようだ。

 そっちはありがたくもないが、その話題で他の人間と仲良くなっているようで、俺も止める気はない。

 まあ、他人からどう思われても構わないが。


 部下たちには計画は却下だと告げると、みんなしょんぼりしていた。


 「じゃあ、年末年始ですかねぇ」


 一江が言う。

 やらねぇよ。






 翌週の土曜日。

 病院へ来たアビゲイルに、俺は響子の扱いについて、簡単に説明した。

 体力がないので歩かせないこと、温かくすること、そして休憩をこまめに取ること。

 食事は消化の良いもの、冷たいものはダメ、など。

 そして、専任看護師が同行するから、必ず彼女の指示に従うこと。


 「一色六花です、宜しくお願いします」


 六花はアビゲイルに挨拶をする。

 今日は私服だ。

 薄い黄色のパンツスーツで、濃紺のネクタイまで締めている。

 意外と趣味がいい。

 ちょっと宝塚の雰囲気がある。


 「ほお、これはまたお美しい方ですね。こちらこそ、今日は宜しくお願いします」


 英語だから、六花は褒められたことが分からない。

 俺は響子に大事なことは通訳してくれと頼んであるが、8歳の子どもにどこまでできるか、不安はある。

 しかし、基本的には響子のためにならないことを止めろと六花に言っているので、そこは大丈夫だろう。

 何しろ、度胸だけは誰にも負けない。





 送り出した俺は、子どもたちにプレゼントを買いに行った。

 最初に帝国ホテルでケーキを注文し、俺はそのまま昼食をとった。

 早めに済ませたいので、レ・セゾンでサーロインのポワレを頼み、前菜を適当にと注文する。

 デザートを聞かれたので、白桃のジュレを頼んだ。


 次はプレゼントだ。

 亜紀ちゃんにはロロピアーナのマフラーを。

 皇紀にはゼニスのオープンハートを。

 ルーとハーにはそれぞれにファーバー・カステルの36色トリプルセットを買う。

 皇紀に時計はまだ早いかとも思ったが、まあいいだろう。

 響子はベッドで音楽を聴くことが多いので、ヘッドフォン「HIFIMAN / SUSVARA」を。

 栞はどうしようかと思ったが、ジャックマリーマージュの美しい青のグラスを入れたものを選んだ。

 

 ついでに食材なども手配し、俺は帰宅した。




 家に着いて間もなく、響子から電話が入る。


 「おう、どうかしたか?」

 「タカトラ、あのね、六花もクリスマスに一緒に行ってもいいかな?」

 「どうして連れて来たいんだよ」

 「あのね、なんかね、六花が一緒に行きたいって言ってたの」

 「アハハ、そうか。うん、いいよ。じゃあ、俺から誘っておこう」

 「お願いします」


 「今日はいい服を買ってもらったか?」

 「うん!」

 「じゃあ、楽しみだなぁ」

 「エヘヘ」


 俺は電話を切った。

 響子がここまで他人に気を遣うのは珍しい。

 余程、六花のことが気に入ったのだろう。


 そういえば、響子が前に言っていた。


 「六花だけが私を叱る」


 最初の頃、六花が響子の頭に拳骨を落としたことがあった。

 彼女にしてみれば、聞き分けのない子どもに軽く注意した程度だったろう。

 本当に軽く叩いただけだ。

 だが響子の身体は免疫系も弱っており、内出血が額にまで拡がり、しばらく消えなかった。

 もちろん、俺の指示ミスであったが、六花は響子に泣いて謝り続けた。

 それ以来、細心の注意で響子の身体を扱うようになったが、叱責だけは続いていた。

 響子はそれが嬉しいらしい。

 ワガママは言うが、六花が本気で叱る場合、響子はすぐにやめる。

 いい関係が築けているようだ。

 俺も六花を響子の専任にして良かったと思っている。




 俺は翌朝、六花に連絡し、土曜日の礼を言い、クリスマスに来てくれと言った。


 「響子が一緒に来たいと言うんで、少し驚いたよ。ずい分、仲良くなったなぁ」

 「はい、いいえ。私から頼んだんです、すみませんでした」」 

 「そうなのか?」

 「はい、病院内であれば少しは安心していられるのですが、外で響子の体調に万一があった場合、自分がついていた方が良いのではないかと思いまして。石神先生のお宅ですから、もちろんそんな心配も無いとは思ったのですけど、すみません」


 やはり、そういうことか。


 「分かった。響子のことをよろしく頼むな」

 「はい、お任せください!」


 俺は電話を切り、頭を下げた。

 あいつは英語が苦手なのに、休日でも買い物に付き合ってくれた。

 自分が呼ばれてもいないパーティで邪魔者になると思いながらも、響子のために行きたいと言ってくれた。

 ありがたいことだ。

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