第42話 決戦兵器は未使用です
うう、気持ち悪い。
トイレで3度、洗面所で1度、シャワーを浴びながら2度。
もう身体の中には何もない。
明日出勤すれば、石神から散々説教を喰らう。
でも、そのことで怯える自分はいなかった。
慣れているのと、それ以上に考えるべきことが一江の中にはあった。
「まあ、私が何でこんなことをしでかしたのかは、部長も分かってるだろうしね」
石神は、卑怯なことや惰弱なことでしか、部下を本気で叱らない。
やる気があっての失敗は、一応叱られはするが、むしろ褒められる。
そういう失敗の責任は、必ず石神自身が引き受けた。
そんな石神を一江は尊敬している。
「失敗だったなぁ」
一江はベッドに横になって呟く。
「花岡さんには本当に申し訳ない。でも、ロックハート財閥の思惑をかわすには……」
一江は石神がCNNの取材を申し込まれていることを、既に知らされていた。
オペに参加した人間の中でも、第二執刀医である自分も、取材の対象となりうることが予測できたためだ。
蓼科院長から直接教えられている。
「恐らく部長はアメリカで話題になり、それを足がかりにロックハート財閥に取り込まれる」
末期ガンで死ぬしかなかったアメリカ人の少女。
その少女を80時間を超える、人間の限界を超える長時間手術で、奇跡的に救った日本人医師。
それはアメリカ国民に好意的以上の感情で受け入れられ、マスコミの操作で一躍「時の人」となりうる。
石神は日本国内、アメリカのマスコミの圧力により、アメリカに招かれ、ますます情報操作によって高い地位に持ち上げられる。
恐らくロックハート財閥の力によって日本政府にも圧力がかけられ、石神はアメリカの大学なり研究機関なりで名誉職を与えられ、日本へ戻れなくなる。
「そして響子ちゃんと結婚させられる……」
一江は、ロックハート響子のことを調べていた。
彼女はロックハート財閥の唯一の跡取りだ。
あれだけ大きな財閥だから、他にも候補がいそうなものだが。
「他の候補者は一人もいない」
元々親族の少ない上に、不幸な事故や病気が重なり、後継者がいなくなった。
現在ロックハート財閥は存続の危機にさらされていた。
もちろん、財閥そのものは創始者の血筋が絶えても問題はない。
しかし、血筋が残っている限り、あらゆる手段が講じられ、響子ちゃんは必ず当主となるだろう。
「絶対に部長を奪わせない!」
一江は寝ながら拳を突き立て、また吐きそうになった。
「部長が結婚さえすれば」
それが一江が考えた石神を守る方法だった。
「最適解が花岡さんだったわけだけど」
花岡栞の心に、思った通り石神への熱い思慕があったことは確認できた。
もう十二分に。
「まさかあれほど好きだったとは思わなかったわ」
抉りすぎて申し訳ない。
「しかし、あのマグマみたいな思いを、学生時代からずっと持ち続けていたなんて、あの人もいい加減化物だわ」
昨夜のことを思い出し、一江は軽く震える。
一江は密かにICレコーダーで録音していた。
花岡が石神との進展に萎縮した場合、その録音が花岡を足踏みさせないものとなるはずだった。
「流石にアレを使うのは、私も気が退けるわぁ。人間辞めなきゃだもんね」
先ほど聞き直した録音は、一江に深い後悔を抱かせた。
その後は、まあ地獄だわ。
「それにしても、奈津江という人。部長にとっては呪いのたぐいよね」
一江は深いため息をつく。
石神の女性関係に対して、多分多くの人間関係の底には、奈津江という女性が関わっている。
石神が女性関係で何も無いというのは、奈津江の死が間違いなく関係している。
「忘れられない女かぁー」
一江は、自分には一生理解できないだろうけど、そういうものが確かにある、ということは分かっていた。
「でもねぇ、部長。花岡さんには十分な勝算があるんですからね」
一江は昨晩からの花岡を思い出す。
「でも、何よ、あの決戦兵器はぁ!」
「まったく頭にくる! あんなの、男であれば絶対に壊滅よ! 皆殺しよ!」
一江は朝方に一緒にシャワーを浴びたことを思い出している。
貧相な自分の身体は分かっているが、あれはあんまりだ。
小学生の運動会に、オリンピック金メダリストが出て来たようなものだ。
「なにアレ! あんなの『プレイボーイ』でだって見たことないわよ。人間の範疇じゃないわよね」
「それでいて、処女ってナニ?」
ICレコーダーに記録されたその言葉が、一江の中で甦る。
「顔もよし、高身長高学歴で、性格も抜群によし。決戦兵器アリ」
「もう無双じゃん。待ってろよー、ぶちょー!!」
花岡さんの胸には二つの超大型核弾頭ミサイルが備わっています。
無敵です。
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