第41話 「思えば、確かに宴だった」:ランボー『地獄の季節』
院長室に呼ばれた。
なんだろう、今日はいつにも増して嫌な予感がある。
戦場で感じる、「何か悪いこと」が起きる予感だ。
「石神、入ります」
院長は珍しく、応接ソファの横に立って俺を待っていた。
恐ろしく機嫌が悪い。
顔が引き攣っている。
「石神、警察から連絡があった」
「警察って、愛宕署ですか?」
愛宕署の管轄内にうちの病院がある。そのため、検死など様々な用件で交流がある。
「いや、池袋署だ」
「なんでそんなところから?」
「花岡と一江を引き取って来い!」
「はい?」
院長から二人が問題を起こして池袋署に留置されていることだけは聞いたが、一体何があったのか分からない。
俺はタクシーで池袋署へ向かった。
署員の方の話だと、泥酔した二人が店で暴れ、大層な汚損、破損などの被害があったたらしい。
信じがたい。
まあ、一江はありうるかもしれないとしても、花岡さんは絶対に無い。
薬物か?
誰かに狙われ、密かに盛られたか。
一江はありえないとして、花岡さんの肉体目当てか!
俺がそんな飛躍した推理を展開している間に、生活課の隅のテーブルに座らされ、身柄引き受けの書類に細々と記入させられた。
俺は、子どもの頃にお袋がよくこうやって警察に俺を引き取りに来てくれたことを思い出した。
申し訳ない。
あの時お袋は、一体どんな気持ちだっただろう。
俺自身は結構気楽なものだったが。
仲の良い刑事さんや婦警と楽しくやっていた。
俺が書類を書いているその間に、生活課の刑事から今朝聴取したという調書を見せられ、現場の写真も提示された。
ひでぇ。
女性二人が成し遂げたとは思えない惨状があった。
汚損はともかくとして。
真っ二つに割れた分厚いマホガニーのテーブルがあった。
「あんだ、これ?」
署員に連れられた二人は、憔悴しきっている。
三人くらい刺した凶悪犯が、正気に戻ったような感じだ。
そんな奴は知らんが。
二人は貸し出されたジャージを着ている。
一応シャワーも使わせてもらったことも聞いている。
花岡さんの髪は仄かにまだ濡れていた。
二人は俺に気付くと無言で頭を下げた。
カクテルを何杯かと、ウイスキーを4本に薩摩焼酎を2本。
それが調書にあった酒量だった。
泥酔は納得できた。
「おい、一江、帰るぞ。花岡さんも」
無言でよろよろと歩く二人に、出口で頭を下げさせる。
何人かの署員が見ているが、何も言わない。
酔っ払いの始末は慣れているのだろう。
池袋には繁華街もあることだ。
池袋署の玄関を出て、門へ向かう。
俺は振り向いて二人に話しかけた。
「おい、大丈夫かよ?」
その時、花岡さんがよろめいて転びそうになる。
俺は咄嗟に正面から抱き寄せた。
「石神くん、ほんとうにごめ……ウゴゥッ!」
次の瞬間、美しい花岡さんの口からシャワーが吹き出た。
大量の噴射物が俺の胸から下を、見る間に濡らしていく。
「おい、一江!」
助けを求め一江を見ると、彼女は引きずられて、足元に大輪の花を咲かせていた。
玄関で立ち番をしていた女性の警官が駆け寄ってくる。
「ああーあ、また掃除ですか」
昨晩から所内でも大騒ぎだったと、彼女は話してくれた。
「まだ出るとは思いませんでした」
ソーデスカ。
俺たちは正面は困ると言われ、裏口からまた署内に入った。
俺はブリオーニのスミズーラ(フルオーダー)のスーツだった。
200万円を超える。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
第54回「石神を嗤おう会」(ハーゲンダッテ他、反「石神」連合集会)
「ねぇ、聞きましたか。石神の奴がジャージで出勤したそうですよ!」
「え、あの気障野郎が?」
「そうらしいですよ。しかも、メーカー物でもない、安っぽいものだったそうです」
「それだけじゃありません! 下着も履いてなかったと」
「きみぃ、それは確かな情報かね! どうして分かった?」
「股間の形です。看護師たちが騒いでいました」
「あの馬並みかぁ!」
「はい、くっきりと浮かんでたそうです」
「いったい何が起きたんだろう」
「さぁー」
「なんにしても、これはマイナスポイント決定だな!」
「そうですね。我々は日々石神のマイナスポイントを集めてきましたが、今回は一気に10ポイントでもよろしいのではないでしょうか?」
「それはいい!」
「そうしよう!」
「「「「「ワハハハハ!」」」」」
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俺は一江と花岡さんを病院に連れ、処置室で休ませたあと、帰宅させた。
俺も一旦家に戻り、着替える。
院長には報告したが
「ご苦労さん」
と滅多にない労りを口にされた。
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