special thanks(2)

 翌日も彩音は学校を休んだ。病欠が続き少し心配になっていたところ、夜になって彼女自身から『夏風邪を引いてしまった』とのメールが送られてきた。既に体調は回復していて、明日から登校するとも書かれていた。その文面に愁眉を開きかけたが、すぐに冷静になる。今の自分に降りかかっている煩慮はそれだけではない。


 昨日と今日、彩音が休み、バンド練習が短縮されたことで、いつもより音楽から離れる時間が有った。それゆえ余計に、音楽以外の事柄について思索する時間が生まれてしまった。


 僕は一度その現実に向き合ってやろうと、自室の勉強机の前に腰を据える。机上には一枚の紙切れが置いてある。それは数多の夢と選択肢を持つ学生たちに、どうしようもなく現実的な数個の将来を決めさせようとする存在。食材の目利きをする料理人のように、繁々とその紙面を見つめた。


 進路希望調査票


 進学 就職 未定


 四年制大学 短期大学 専門学校


 学部 職種 県内 県外


 未定と答えた者はその理由


 それらの文字を追い終わった後で僕は嘆息を漏らす。現時点での回答は決まっているので記入するのは容易だ。しかしその選択肢を選ぶということは、今からまた別の答えを導き出していかなければならないということになる。


 まだ高二の九月。あるいは、もう高二の九月なのだろうか。


 僕には未だ、将来の道筋というものが見えていない。


 いつか親から聞いた話では大学に通わせてもらえる程度には家計に余裕はあるらしい。しかし高額な学費を払って貰いながら、目的も無く大学という道に進むのには、やや抵抗がある。


 かといって就職という選択肢を即決するのも憚られた。どんな職業に就きたいか、どんな仕事であればやりがいを見つけられるか、まったく想像がつかない。それならば選択の時を長引かせられる大学進学を選ぼうかと思ったり、思わなかったりする。


 漠然としたイメージの一つすら思い描くことができない。答えの無い懊悩の堂々巡りだ。思考に全く晴れる気配の無い靄が充満したまま、紙上にペン先を置いた。未定の文字を力弱い丸で囲む。そして僕は逃げるように、部屋の隅に置かれたギターを手に取った。

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