苦くて甘酸っぱい
草凪美汐.
第1話 二刀流
振られた。
ウイスキーにはジャムが合う。
と、俺は思っている。
琥珀色のいつもより苦い液体を口の中に流し込んでから、甘酸っぱいジャムで蓋をするように含ませる。
ふーっ。
「外で絶対やるなよ、それ」
隣で苦虫を嚙み潰したような顔をしている男なんて、軽く無視だ。
肴が無ければ、塩だけでOKの野蛮な奴には分かるまい。
この傷心のやるせない気持ちを……
ヨーコさん。
そういうつもりじゃなかったって、どういうつもりだったんですか?
俺と一緒にいると、嫌なことも忘れられるって言ったじゃないですか。
ヨーコさん、ヨーコさん、ヨーコさん…………
「はぁ、ヨーコさん……」
息を吐くと同時に愛しかった人の名前が零れる。
「声に出てんぞ」
今度は煩わしそうに眉間にシワを寄せた。
「聞くな、勝手に」
「ここ、俺んちな」
冷静に言い返される。
「少しは片付けろよ」
テーブルがジャムの瓶とジャムの瓶でいっぱいだ。
「お前が散らかしてんだろ」
「部屋、暑くないか?」
エアコンのほうに視線を向ける。
「もう酔ったのかよ」
「酔ったふりしてんだよ……」
いくら飲んでも酔えない。
隣の優しい友人が「そうか」と呟いて、エアコンの設定温度を下げた。
「散々、浮気されまくった元カレが、会社辞めて実家帰るからって、普通ついて行く?」
やっと酒が回ってきたらしく、さっきより饒舌に喋る。
お前も彼女にとっては都合のいい男だった気がするがな。
今は言わないけど。
「俺は女の子と二人きりで食事すらしなかったのに、何でそういう話になって、俺は相談に乗ってくれた可愛い後輩ってなってるんだ!相談に乗ったから、身体にも乗らせてくれたのかよ」
「はいはい、お前は悪くないよ」
こいつが下ネタ言い出すのは、深く酔ってきたサインだ。
俺は近くに寄って、肩に手を回した。
身体も熱い。
「水、飲むか?」
「いらない……」
一口分くらい残っていたウイスキーを飲み干して、ジャムの瓶に直接人差し指を突っ込んで、指についてきたジャムを舌で舐め取る。
ああ、やばい。
酔っ払いが姿勢を変えようとして、「おっと」と言いながら、俺の脚に手を置いた。
「大丈夫かよ」
倒れないように支える。
「……大丈夫じゃないって言ったら、お前どうしてくれる?」
とろんとした眼差しが、求めているものは、俺にとっても悪くない。
「じゃあ、俺が慰めればいいのか」
「……いいぜ、朝まででも」
太股から脚の付け根に手のひらをスライドさせる。
「明日もあるんだから、ほどほどにしろよ」
「それは、お前次第だろ」
グラスの中の氷が溶けて、微かな音を立てた。
苦くて甘酸っぱい 草凪美汐. @mykmyk
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