第29話 焦りは禁物
オーガっていうモンスターなのかな、当然私は知らない。けどゴブリンとは比にならないくらい強いのは分かる。
きっと、戦ったらダメだ。今すぐ逃げないと。
逃げないといけないのは2人も分かるよね? 意思確認のために視線を向けるとミレイユが「ふ、ふふ」と笑う。恐怖とかじゃなく、純粋に嬉しそうに笑っていた。
「これはチャンスですわ。ここでオーガを仕留められれば実力を認められ、早期ランクアップに繋がるはずですもの。2人共、奴はここで打倒しますわよ」
嘘、戦う気なの!?
無茶だよ、無茶だよね?
いくら2人が私より強くても勝てないモンスターには勝てない。直感が訴えてくる。逃げないと私達は……。
「だ、ダメだよミレイユちゃん! オーガはCランクの人達が4人がかりでようやく倒せるって話でしょ!? マヤさんから言われたよね、何かピンチに陥りそうなら逃げてって! 私達だけじゃ倒せないし逃げようよ!」
バンライさんの言うことが本当なら、マズい。
私達は3人共Dランク。それだけで判断するなら絶対に勝てない。
そもそも私はまだまだ見合った強さがないし、実質2人で戦うようなものだよね。遠くから魔法を撃ちまくれば可能性はあるかも。だけど、相手はもうこっちに気付いてる。ゆっくりだけど確実に歩いて接近して来てる。
まだ本気で襲って来ない内に逃走するべきだよね。
「ねえ、私もバンライさんに賛成する。逃げるのだって大事なことだよ!」
説得しようと叫んだら睨むような目で見られた。
緑の瞳の奥には焦りがあるみたい。そんな目で見られたせいか驚いて、息を呑む。
「バニア、あなたもですの? あなたも逃げるべきだと? 私があなたに強い興味を持ったのは人気もありますが、一刻も早く上に行きたいという向上心を感じたからでもあるのよ。少しの無茶が何です、上に行きたい気持ちは同じでしょう」
確かに、私も早くランクを上げたい。
理由は当然目的の情報を集めるため。これはミレイユと同じ。
……でも、無茶しようとは思ってない。まず何よりも大切にしなきゃいけないのは自分自身だもん。もし無茶して死んじゃったら、命懸けで守ってくれたケリオスさんの行動が無駄になっちゃうから。
「気持ちは分かるけど、分かるけど……無茶は良くないよ。心配する人がいるでしょ?」
「……そんな人はもういません。捜しに行くのです、父を。そのために情報を得る、そのためにランクを上げる。躓いている暇はありません。目標に向かって最短距離で駆け抜けるのです」
またオーガを見据えたミレイユが「ウィン! あの技を!」と叫ぶ。
止めたいのに。私って無力だ、見てることしか出来ない。
私なんかの援護なんかほとんど意味ないだろうけど、援護してあげたい。なのに動くのは頭の中だけで体は全く動いてくれない。
「合技〈
ウィンドドラゴンの細長く裂けた口が大きく開かれる。
またあの見えないブレスだ。それと一緒にミレイユが氷魔法を使用する。
傍にいるバンライさん曰く、合技とは人間とドラゴンが協力して放つ大技。今使用した〈氷塊風〉は氷魔法とウィンドドラゴンのブレスのタイミングをばっかり合わせきゃいけないらしい。
拳ほどの氷塊が大量に放たれて、見えない風によって勢いよく運ばれる。
相手がゴブリンだったなら、氷塊の衝突とウィンドブレスに引き裂かれて一瞬で絶命していたかもしれない。でも目前の赤い鬼には多少裂傷が付いただけ。立ち止まらせることは出来たけど命を奪うには程遠いダメージ。
「なっ、私とウィンの合技でもあの程度の傷しか与えられない……?」
赤い体に小さい傷がいくつも付けられて怒ったオーガは「グオオオオ!」と叫ぶ。
あまりの音量に私達は耳を塞ぐ。ウィンドドラゴン二頭も身を竦ませている。
咆哮が止まったと思えばオーガは鉄のトゲトゲ棍棒を振りかぶって走って来た。
速い、逃げないと。あんな棘が生えた鉄製武器で攻撃されたらひとたまりも……。
「危ないミレイユちゃん! バニアちゃんも!」
呆然としているミレイユと私をバンライさんが後ろに押し出す。
私達は尻餅をついちゃった後で顔を上げる。
もう近くに来ていたオーガのトゲトゲ棍棒がスイングされる。横に薙ぐように振るわれて、バンライさんの体を軽々と殴り飛ばす。
緑の鱗に覆われていたけど確かに女の子だった体が吹き飛ぶ。
衝突の際に棘が刺さったせいで体の右側から多くの血を噴出させながら、木の幹に体を打ちつけて地面に落ちた。ぐったりとして動かない彼女を見つめて私達は名前を叫んだ。
彼女の持ちドラ、ウィンドドラゴンのドーラが慌てた様子で駆け寄る。
言葉も感情も分からないけどドーラは泣いているように見えた。
嘘、嘘だよね? 死んでないよね?
動かない。あんなに血が出て。
あ、え、嫌だ、嫌だよ……。せっかく友達になれると思ったのに……。
また私、目の前で大切な人が奪われるの?
ママとケリオスさんみたいに居なくなっちゃうの?
そんなの嫌だ、絶対に、嫌だ。もう私の大切なものは誰にも奪わせない。
立ち上がってオーガを睨みつける。
今の私じゃ勝てない。優先するべきは逃走。
「クリスタああああああああああああ!」
天に向かって叫ぶ。
お願い届いて、私達を助けに来て。
パートナーの声が聞こえれば持ちドラは飛んで来ることがあるってどこかで聞いた。ここから聞こえるか分からないけどドラゴンの聴力は人間よりも凄い、きっとこの必死な声も届くはず。だけど森の入口からだとちょっと時間が掛かるかもしれない。
ただ待っているだけじゃ殺される。大切なものを、奪われる。
立ち向かえ。略奪者を許すな。大切なものを守るんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます